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第637回:北の国で日が暮れて - 富良野線 富良野~旭川 -

更新日2017/07/06


富良野駅から富良野線に乗る。1両のディーゼルカーキハ150形に乗り込んだ。出入り口付近がロングシート。中央部はボックスシート。ただし片側は一人掛け座席の向かい合わせで、通路を広く取っている。通勤通学の混雑と、日中の乗客数を考慮すると、こんな配置になるのだろう。そういえば八高線もこうだったっけ。近年の定番配置かもしれない。


富良野線は1両のディーゼルカー。奥の病院にヘリが降りた

座席は埋まる程度に混んでいて、私たちは前寄りのロングシートに座った。運転席からの展望を楽しもう。M氏は富良野線には乗ったことがあるという。夜通しカシオペアでがんばったようだから、昼寝休憩かもしれない。遠くまで付き合わせてしまって、申し訳ないと思う。いまさらだけど。

それにしても、ついに富良野線である。M氏のカシオペアにお付き合いして北海道に来て、私のもっとも大きな目的は富良野線だ。富良野線に乗ればJR北海道の全路線完乗になる。来年3月に北海道新幹線が開業するまでの看板だけど、ひとつの節目にはなる。旭川到着予定は17時03分。日の入りは16時ちょうど。行程の最後の30分は真っ暗だろう。それでも乗っておきたかった。

静かに発車を待っていると、バタバタと騒々しくなった。線路の隣で工事かと思ったら病院だった。音源は上空から降りてきたヘリコプターだった。ドクターヘリ。広大で除雪も間に合わない場所なら、ヘリコプターの方が速い。北海道らしい光景かもしれない。そのうちに誰もがタクシー代わりにヘリコプターや小型機を使うようになって、鉄道はますます役割を失う。


畑と民家。空が広い

JR北海道は8月に留萌本線の留萌~増毛間の廃止を発表している。富良野線は観光需要もあるから廃止まで至らないかもしれない。しかし、ドラマ『北の国から』から始まった富良野人気は、ドラマの終息とともに落ち着くだろう。ドラマのセットとして作られた建物も老朽化していると言うし、今のうちに観ておきたい。今回も、可能ならば1泊したかった。記録は残した。いずれ再訪したい。

15時40分。ディーゼルカーは定刻に富良野を発車した。やや上り勾配ののち、川を越えた。これは空知川の支流である。本流の方では『北の国から』でイカダ下り大会の場面があった。ふたつの堤防を越えると下り坂。線路は低い築堤のゆるいカーブを右へ。


運転席の横で展望を楽しむ。棒線駅に停車

車窓右手に畑が広がり、民家が散在する。遠くに見える山は旭岳と富良野岳。昨夜の雪が山肌を立体的に見せている。畑の隅に残る雪。なぜ畑の中央は土が見えるのか。作物を育てる命の源が熱を持っているのだろうか。理由はわからないけれど、こういう景色は覚えていたい。絵を描くにも、模型で再現するにも、こういう観察が現実感につながる。

学田駅、鹿討駅と小さな駅が続く。板を打ち付けただけの簡素なプラットホームしかない。客もいない。線路は藪に入って上り坂になり、乗り越えるとガラス張りの跨線橋が見えた。中富良野駅だ。列車のすれ違い設備がある。本線係がこちらに手を振っている。ポイントの点検かもしれない。全貌の信号は青。つまりすれ違いはない。


中富良野駅の跨線橋が見える

真っ直ぐな線路。ディーゼルカーはスピードを上げる。板張りの駅を通過した。これはラベンダー畑駅といって、観光シーズンにトロッコ列車が停まるための駅だ。富良野のラベンダー畑、一面の紫。『北の国から』の風景場面や、前田真三の写真を思い出す。いまは季節外れで、荒涼とした茶色の土と草ばかり。しかし、これもまたリアルな富良野線の風景である。

まだ直線である。西中駅が見えてきた。ホームに夫婦らしき二人連れがいる。男性がカメラを構えた。観光客だろうか。この駅に何か見どころがあったか、あるいは全駅訪問が目標か。駅の周りは畑と民家である。右の車窓の奥に建物が並ぶ。地平線うかぶ蜃気楼の如く。あのあたりが国道で、その賑やかさは線路まで届かない。

日没の時刻を過ぎた。外は未だ明るいけれど、街路灯や踏切の赤いランプ、残雪の白が目立ってきた。暖房が強めでやや暑い。私たちは寝台特急、レンタカー、列車、飛行機を乗り継ぐだけで、屋外滞在はほとんどないから、東京の気候のままの服装である。防寒対策をしていない。それでもすこし汗ばむ。居眠りには適温だ。M氏は下を向いている。

日没後の空が暗さを増していく。街路灯や民家の明かりが目立っている。光の数も増え、建物が線路に近づいた。この列車で初めての左カーブの先が上富良野。大きな町だ。ここも出発信号が青で、対向列車はない。運行本数が少ない路線である。半分くらいの人数が降りた。


美馬牛駅でしばらく停まった

上富良野から次の美馬牛駅は約9km。富良野線でもっとも長い駅間である。自然の境界なのだろう。ゆるいカーブ、上り坂である。しだいに民家が減り、木立の中に入った。山の中だろうか。防雪林のようでもある。一瞬、林が途切れて車窓が明るくなった。何か、思い出を呼び起こすような瞬間だった。

美馬牛駅にもアマチュアカメラマンがいた。今日はなにか特別な日だろうか。今年初の積雪で、珍しい景色かもしれない。私にとっては駅名の美馬牛のほうが興味深い。北海道の珍しい駅名は、たいていアイヌ語の当て字である。それにしてもよい字を当てたと思う。元の地名はピパ・ウス・イ、カラス貝の多いところだ。淡水のカラス貝はイシガイの仲間。ムール貝の和名のカラス貝はムラサキイガイの俗称とのこと。

美馬牛にはしばらく停まった。出発信号機が赤で、やっとすれ違いが行われる。前方から2両連結のディーゼルカーがやってきた。この駅はプラットホームの位置が千鳥配置で、ちょっとホームに降りただけで対向車の写真をうまく撮れた。


ブルーに染まる丘。夏は花畑

車窓は深い青に変わった。群青色の空、雪も青く染まっている。建物は眠りにつき、街灯が強い光を放っている。窓ガラスは室内を映し、もう景色がよくわからない。運転席周りはやや暗くて、前方の景色が見える。線路が1本から2本に分岐して、さらに別れて4本になって、すこし大きな駅に着いた。美瑛である。


美瑛駅。昼間に改めて訪れたい


美瑛駅で対向列車を待つ

美瑛も花畑の丘の風景で知られるところだ。駅名も似合いの字である。しかし元のアイヌ語はピイエ、油という意味である。ちなみに富良野の語源のフーラヌイは臭い泥。漢字を当ててこれだけイメージアップになった場所も珍しい。都市近郊のニュータウンもお花畑のような地名だけど、富良野線のセンスに比べれば野暮ったく見える。

美瑛から先は真っ暗だ。暗いなりの車窓の楽しみは千代ヶ岡駅の先にある。旭川空港にもっとも線路が近づくところ。空港の夜景を期待したけれど、残念ながらそれらしき灯りは見えなかった。


旭川駅に到着

旭川到着まであと30分という頃、列車無線が緊急事態を告げた。どこかで線路内立ち入りがあり、列車が緊急停車したようだ。この列車は順調に走っているから、他の列車らしい。大音量だからすべて聞こえる。続報では侵入者は80歳の老人で、道に迷ったとのこと。現場は川のそば。富良野駅の近くで渡った川のそばだろうか。この列車の運転士はかまわずに走り続け、西神楽駅で対向列車とすれ違って、定刻で旭川駅に着いた。


旭川駅は木のインテリアが印象的。ここからバスで空港へ

これにて、めでたくJR北海道完乗である。しかし祝杯を挙げるまもなくバスに乗り、旭川空港に向かった。19時35分発のエアドゥ最終便で羽田へ向かう。低気圧の関係で揺れるという機内放送があった。確かに小刻みな揺れがある。気にならない程度だ。しばらくするとドスンと大きな衝撃があり、これはまずいぞ、落ちるかもしれない、と身構えたら、羽田空港に着陸したところだった。

もうすぐ22時。M氏がメシを食おうという。昼飯で膨らんだ腹がようやく空いてきた。空港内の蕎麦屋に入り、旅の無事終了と私のJR北海道完乗を祝った。北海道、残す未乗路線は市電のループ区間、地下鉄の延伸区間である。新幹線開通後にまとめて乗ってしまおうか。

第637回の行程地図



2015年11月23-26日の新規乗車線区
JR: 54.8Km
私鉄: 0.0Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):21,034.9km (93.70%)
私鉄: 6,271.2km (88.26%)

 

 

 

 

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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