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■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第607回:マドンナたちのロープウェイ − 伊予鉄道 本町線 −

更新日2016/11/10


環状ルートの1号系統で本町6丁目に戻った。交差点に6号系統本町線の電停がある。城北線を交差しないで、ここが終点だ。時刻表を見ると、なんと、日中は30分おきの運行だった。20分も待ち時間がある。
「路面電車にも閑散区間がある、か」
ぼそっとつぶやいて、周囲を見渡す。単線の両側をクルマが通り過ぎるだけで、人の姿はない。誰にも聞かれていない。ほっとする。
「ハラが、減った」
もう一度、つぶやいてみる。


本町線の本町6丁目電停から

次の電車は13時ちょうどの発車だ。昼飯時である。そう考えると20分しかない。ドラマ『孤独のグルメ』のように、歩き回って定食屋を探す時間はなかった。ファストフードの店も見当たらない。スーパーマーケットに入ってみた。見知らぬ土地の日常を体験するようで興味深い。しかし商品棚をじっくり検分する時間もなく、惣菜コーナーに直行だ。

国産鶏つくねのチーズ焼き、中巻、穴子巻きを買った。買ったけれども食べる場所がない。ベンチも公園もなさそうだ。雨も小降り。しかたなく、消防署の軒先で食べた。つくねも手づかみ。休憩時間の消防士さんたちと目が合う。幸いにも緊急出動はなかった。現場に急行する人の前で、大口を開けて海苔巻きをほおばるなんてできない。


新型電車がやってきた

発車時刻が近づくと電停に人が集まってきた。路面電車のリズムで生活している人々だ。10人ほどが電停に並ぶ。雨だから乗降に時間がかかるようで、電車は1分遅れで発車した。最初に通過した交差点の名前が消防署前だった。そりゃそうだ、と思う。

本町線は環状線の内側を横断する路線だ。ただし環状線の中央ではなく、かなり西よりである。郊外線と並行していると言ってもいい。片側3車線の大通りを、ひたすらまっすぐ進んでいく。両側は10階建てくらいのマンションと、その半分くらいの高さの雑居ビル。信用金庫など。道路幅が広いから、空も大きい。しかし景色も空も灰色である。


視界良好、景色はちょっと地味

車窓左手が森になった。紅葉もある。そうか。これは松山城だ。城がある。植栽がある。こちら側は堀も残っている。城下町はいい。町の中心に緑がある。戦国時代は殺伐としていたかもしれない。されどいま、天下太平の世に憩いの場が残された。


松山城公園の横を走る

単線だった線路が複線に変わった。右からも複線が合流して交差点を左へ曲がった。本町線区間の終わり。ここまですれ違う場所はなく、それが30分間隔運転の理由だとわかった。どこかにすれ違い設備を作ってあげたくなる。ともあれ、さっきの交差点は西堀端で、今朝、坊っちゃん列車で通った線路に戻ってきたわけだ。


大街道電停で新旧の電車を撮った

次の南堀端で松山市駅へ向かう支線が分岐するけれど、本町線の電車はすべて道後温泉へ直行する。松山市駅へ寄りたいけれど、その前に観光タイムとしよう。大街道電停で降りる。ここまでの所要時間は30分であった。しばらく町を歩き進むとロープウェイ乗り場がある。

その道すがら、城門のような建物があり、太い門柱に英語が書いてあった。
「LET ONLY THE EAGER THOUGHTFUL REVERINT ENTER HERE」
直訳だけど「熱心で思慮深く、敬虔な者だけが入りなさい」だろうか。その下に日本語で「松山東雲中高等学校」とある。明治19年に創立した松山女学校がルーツで、翌年の開校式で生徒代表として祝辞を読んだ人物が、『坊っちゃん』のマドンナのモデルとなった遠田ステだという。スマホは便利だ。通りすがりの建物の歴史も教えてくれる。


マドンナが祝辞を読んだという学校

松山城ロープウエイの乗り場は近代的な建物の中に収まっていた。8年前に建て替えられ、市民交流と観光の拠点となった。現在は松山市が所有、伊予鉄道が運行するという上下分離式である。ロープウェイで往復するだけでいいと思ったけれど、切符売り場の女性が袴の学生姿で「天守閣もオススメですよ」という。なんとも柔らかい言葉遣いに釣られた。中年男は若い女性の誘いに弱い。


近代的な建物に収まるロープウェイ駅

荷物を預けてロープウェイに乗ってみれば、こちらも女学生さん風で、年齢も相応であった。ああ、なんだっけ。『はいからさんが通る』か。いや待て、マドンナである。坊っちゃんだからな。駅ではいからさんに手を振られ、車内でもはいからさんが流暢に説明する。その声が心地よくしみわたる。

ロープウェイの敷地は樹木が整えられて、庭園のようだ。近景の建物を隠し、遠景の町並みと重って、良い景色であった。ロープウェイと並行して一人乗りのリフトもある。こちらは停まっていた。雨が降っている日は運休するようだ。爽快感はありそうだけど、地表の手前に落下防止ネットがある。なくては困るが殺風景で残念だ。


庭園をゆくロープウェイ

ロープウェイの下の駅は東雲口。東雲中高等学校もあったから、東雲が地名か。上の駅は長者ヶ平。ちょうじゃがなる、と読む。降り立ち、場内を散策して、天守閣に上がってみた。なるほど、松山市をぐるりと見渡せる。良い眺めであった。はいからさん、いや、マドンナたちに感謝だ。


ガイドさんもはいからさん

帰りのロープウェイ乗り場で、坊っちゃん列車に乗り合わせた女性とすれ違った。観光目的であれば訪問地は重なるとはいえ、これは運命ではないか。しかし相手は気づかなかった。きっと私が荷物を預けて身軽になったせいだ。さよならマドンナ。しかし、もう一度出会えたら、本物の運命だ。そのときに話しかけてみようと思った。先に書いてしまうけれども、残念ながらこの先、運命の出会いは叶わなかった。


天守閣から望遠レンズで電車を撮る

-…つづく

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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■著書
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