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■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第614回:目的は龍馬ではなく龍馬像 − とさでん交通バス桂浜線 −

更新日2017/01/26


桟橋通5丁目に到達して、とさでんの全線を踏破した。桟橋車庫から高知駅前行きの電車に乗って、はりまや橋に戻る。9時を少し過ぎた頃だ。次に乗る列車も決めてある。高知駅13時13分発の特急南風16号だ。明るいうちに徳島線に乗って四国の全鉄道路線を完乗する。日の入りの時刻から逆算すると、高知発13時13分となった。


はりまや橋に戻った

高知で4時間半の空白ができた。高知に来たからには桂浜へ行きたい。坂本龍馬像を拝みたい。そのために作った時間だ。夜明けからとさでんに乗った理由も、観光時間を作るため。幕末の志士は多いけれども、私にとって坂本龍馬は別格の人だ。桂浜と龍馬像は、四国で是非とも訪れたいところのひとつであった。

観光客向けに、高知市中心部と桂浜を結ぶバスがある。MY遊バスといって、高知港の東側を通るルートだ。MY遊バスのチケットは観光施設の割引券が付くほか、とさでんの一部区間に乗れる。高知港の西側を通って桂浜へ至る路線バスも1回だけ乗れる。ちょっと桂浜へ行ってみたいという旅には都合のいいチケットだ。1,000円の1日券と、1,600円の2日券がある。私は1日券を高知駅で買っておいた。


とさでん交通路線バスの旅

MY遊バスは高知駅前を発着する。中心街のはりまや橋にも停車する。だからはりまや橋で降りたけれども、惜しい、数分の差で乗り遅れた。次のバスは1時間後だ。MY遊バスの桂浜行きは五台山展望台を通る。きっと車窓も良かろうと思う。しかし、4時間半のうち1時間もバス待ちに使いたくない。路線バスは09時26分発。こちらに乗ろう。30分の節約だ。

路線バスに乗ってみると、いま路面電車で通った道を戻るルートだった。それなら高知港を見物する時間もあったか。いや、堤防の上を覗き込まずにすぐに折り返せば良かったか。好奇心のままに動いているから、悔やんでも仕方ない。それよりもいまの景色だ。


桟橋付近からトンネルに入る

バスは桟橋5丁目の五叉路を右折して、片側2車線の整った道を走る。モーターボートをたくさん並べた店があり、橋を渡れば工場と積み込み施設が見える。路面電車の前方にそびえた太平洋セメントだ。そして長いトンネルに入った。トンネルを出ると港湾らしい施設はなく、意外にも住宅地であった。都市郊外のベッドタウンという印象だ。

高知港は太平洋に面した浦戸湾に作られている。裏戸湾は南北に細長く、鏡川と国分川の河口から太平洋まで6キロメートル以上もある。奥行きが広く、天然の良港というわけだ。あまりにも広大だから、港湾部もあれば工業地帯もあり、宅地もある。東京湾がすべて港と工場ばかりではない道理と同じだ。そして桂浜はどこにあるかと言えば、浦戸湾の最南端、太平洋に接するところである。


太平洋沿いを東へ

坂本龍馬記念館前というバス停で降りた。10時前だけど開館している。受付の女性が声をかけてくれて、鞄を預かってくれるという。ありがたい。なにしろ車輪が壊れて歩きにくいし、床を傷つけるかもしれない。私は小さな肩掛けだけ取り出して身軽になった。坂本龍馬の暗殺2日前に書かれたという手紙、龍馬が姉の乙女宛に書いた手紙を拝読する。「日本を洗濯する」で有名な手紙もあった。どれも直筆で達筆である。解説文の方を読んだ。


坂本龍馬記念館

展示品は書類が多く、暗殺現場の近江屋の部屋を再現したセットのほかは文字ばかりという印象だ。龍馬が持っていたというピストルも模造である。美術館ではなく資料館。申し訳ないけれど、少々退屈である。熱心な龍馬ファンであれば、直筆の手紙のひとつ一つを読んで、当時の龍馬の心意気に思いを馳せるだろう。しかし私にはなぜかピンと来ない。人物相関図や、他の人物からの龍馬評、航海図など、視覚的に感じ取れる展示が欲しい。文章書きが言うことではないか。

屋上展望台から太平洋を眺め、預けた荷物を受け取って桂浜へ。椿の小道という散歩道を降りる。階段状だから、旅行鞄のストラップを引き出して背負った。次に買う鞄も背負える方式にしようと思う。車輪付きは便利だけど、空港とホテルと会議室を移動する人向けかもしれない。都会を離れると、エスカレーターやエレベーターのない駅も多く、車輪が役に立たない。私はそんな場所を選んで出かけている気もする。


椿の小道を歩く

小道は海に突き当たり、左へ進む。右手に太平洋を眺め、木立の合間から青空が見える。その空が大きく広がって、広場の真ん中に坂本龍馬像はあった。こちらに背中を向けている。彼は海を見ている。背の高い台座の上、松の背丈を追い越す高さで、彼は風を受けていた。

像の回りを一周してみる。像の脇で足場を作っている。像の改修工事でもするのかと聞いてみたら、足場を作っているのではなく、解体しているそうだ。龍馬の横顔越しに太平洋を眺めるイベントがあったという。毎年、春と秋に開催するとのこと。2年後(2016年)が生誕180年で、銅像の除幕から88年になる。盛大にやるから来てくださいと言われた。


坂本龍馬像に着いた。足場を解体中

その足場の側に解説文の看板がある。坂本龍馬の生涯と、坂本龍馬先生像建設由来記。幕末の志士として土佐と長州を結び、世界の中の日本の形を示した坂本龍馬。彼の人生は承前として、建設由来記も興味深い。像の建立は大正末期、高知県の青年たちの提唱と寄付がきっかけであった。龍馬の同志、政界引退後の田中光顕の賛助を受けた。当時25歳の秩父宮雍仁親王からも寄付金が下され、大いに励みになったという。

建立の55年後、70年後に修復が行われた。この時の費用も街頭募金や市民の寄付だったそうだ。いかに龍馬が人々から愛されているか。龍馬像の姿は「ありがとう。次は日本の洗濯ぜよ」と語っているようだと説明文は締めくくっている。

坂本龍馬が史実の人から幕末の英雄に昇華したきっかけは、司馬遼太郎作「龍馬が行く」だった。1962(昭和37)年から1966(昭和41)年まで新聞に連載。連載中から単行本として全5巻を刊行。1965年に民放でドラマ化、1968年にNHK大河ドラマとなって、坂本龍馬の人間像が作られていく。1974(昭和49)年に文庫化された。2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」はオリジナル脚本で原作はない。

さて、新聞連載が終わり単行本が揃った1967年秋。当時18歳の少年が古書店で「龍馬が行く」を立ち読みし、坂本龍馬に心酔する。19歳の龍馬に自分を重ねたという。翌年春、彼はこの銅像の前で感激して泣いた。その少年こそ、後にフォーク歌手、俳優として活躍する武田鉄矢さんだ。

武田さんは1979年のドラマ『3年B組金八先生』で、坂本龍馬に心酔する国語教師、坂本金八を演じていた。私は小学6年生だった。これから進む中学校はどんな世界だろうと思いつつ、ドラマに引き込まれた。

あ、そうか。私は坂本龍馬像の前で理解した。私がここに来たかった理由は、坂本龍馬に興味があったからではない。武田鉄矢さんが好きだからだ。私にとって、坂本龍馬への興味は、金八先生と、武田氏が心酔する人物としての坂本龍馬だった。坂本金八からさかのぼり、映画『しあわせの黄色いハンカチ』を観て、レコードで海援隊を聴いていた。

「龍馬が行く」も読んだけれど、龍馬像に武田鉄矢さんを重ねていた。私にとって坂本龍馬と言えば武田鉄矢さんであり、武田鉄矢さんと言えば坂本龍馬であった。1960年代は司馬遼太郎さんだった位置に、私の世代では武田鉄矢さんがいる。もっと若い世代なら福山雅治さんかもしれないけれど。

それで合点した。坂本龍馬記念館の展示物で心が動かないわけだ。私はここに、武田鉄矢さんの史跡としてやってきた。いやあ、龍馬さん、ごめんなさい。私は銅像に礼をして辞した。


桂浜まで降りてみた

-…つづく

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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