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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第640回:旅の使命 - 木次線 加茂中~木次 -

更新日2017/07/27


加茂中駅を発車してすぐ。街並みの向こうに、ドーム型の白い建物が見えた。ドームのてっぺんに羽ばたく鳥の像がある。プラネタリウムかと思って地図を調べたら、雲南市の文化ホール「ラメール」だった。スタジオや会議室、コンサートホールもある。劇団四季も公演にやってきたようだ。そういえば、雲南市は演劇が盛んと聞いている。


雲南市の文化ホール「ラメール」

4ヵ月前に雲南市の地域振興課長さんから連絡があり、上京された時にお話を伺った。奥出雲町の方も同席されていた。木次線は2016年10月に開通から100年を迎える。百周年を迎えるにあたり、ローカル線の活性化について考えたい。現在運行中のトロッコ列車"奥出雲おろち号"の車両も寿命を迎える。次の手立てを考えなくてはいけない。そこで、「雲南市で勉強会をしたい。全国の事例などを教えていただきたい」という。

畏れ多い話で、私には教えるというほどの見識はない。列車に乗ってぼんやりと景色を眺め、たまに思索にふけり、路線図を塗りつぶして満足しているだけだ。趣味が嵩じてネットメディアで書き散らしているけれども、その都度、文献をあたるなど四苦八苦して言葉を紡ぐ。それを見識というならそうかもしれない。身についたという自信はない。私はその程度の人物だという自覚はある。


低い山に囲まれた景色が続く

ただし、組織の看板を持たない私にとって、沿線の自治体や鉄道存続活動をする人とお話しできる機会は貴重だ。そこで、「木次線に乗りに行くときに立ち寄るので、お茶会でも開いていただけませんか」と提案した。課長さんは承諾してくださり、その後はメールで連絡を取っていた。ただし、参加者の都合があるので、私がぶらりと立ち寄ったついで、では済まなくなった。

日程を決めると、「せっかくおいでいただくので、市内をご案内します」という段取りとなった。それはありがたいことだ。そのうちに参加者が増えて、お茶会の話が講演会という規模になった。戸惑いつつも、市内のご案内というご褒美のお話のあとである。さらに講演料をいただけるという話になり、さすがに固持したけれど、お願いしておいでいただくからには交通費を受け取ってほしいという。

これは大変なことになった。お金をいただくとなれば丸腰ではいけない。出発の10日ほど前から講演用のスライドを作り、事例を集めるなど準備した。出発前にいただいたメッセージだと、講演会には80人くらい集まるらしい。これはもう旅のついでではない。仕事だ。

いつものように未乗路線に乗り、風景を楽しみつつも、だんだん緊張が高まってきた。加茂中駅の先は河谷が少し開けており、民家も畑も多い。近いところに低い山が並び、中から山裾あたりに水蒸気が立ち上る。早春の快晴で、気温が上がっているようだ。


出雲大東には大病院がある

車窓右手に川が寄ってきた。赤川という。一級河川の斐伊川の支流だ。線路が右に曲がり、赤川の鉄橋を渡ると出雲台東駅。単線でホーム1本の小さな駅だけど、駅前に大きな病院があって、降りる人が多い。こんな情景を見かけると、この線路は大切だな。なくしてはいけない、と思う。


出雲大東駅の桜、つぼみが膨らみかけている

谷間は線路と道路が寄り添う。道路は片側1車線の県道で、舗装が新しい。列車は道路に沿う部分でゆっくりと走り、道路から離れると速度を上げる。クルマに追い越され、道路が見えなくなり、また道路に並ぶとき、さっきのクルマに追いついている。道路と線路の勾配の違いが理由だろうけれど、列車が人目につかないところでがんばっているようにも見える。中学高校時代にもそんな友人がいた。みんなと遊んでいるけれど、成績は良い。夜中に勉強する隠れガリ勉タイプ。木次線を擬人化するなら、そんなイラストになるかもしれない。


県道と併走区間、クルマに抜かれる

水色の屋根の木次ソーイングセンターを通り過ぎて、しばらく走ると列車が左へ大きく進路を変えた。右、つまりカーブの外側に大きな吊り橋の柱だけが見える。斐伊川を渡る橋だ。奥出雲から流れ出し、このあたりで西へ流路を変えて出雲市付近まで進み、宍道湖の西側に注ぎ込む。地図上の蛇行からもわかるように、治水が行き届かぬ時代は大暴れした。ヤマタノオロチ伝説もこの川を大蛇に見立てたという。


木次まではお客さんが多い

それはともかく、木次線が開通する100年前まで、このあたりは斐伊川と赤川の水運に支えられていたのだろう。木次から出雲市までは、斐伊川が直行ルート、木次線は遠回り。ラフティングで川を下れば列車より早そうだ。そんなことができるのか。川沿いを自転車で下ってみても楽しいだろう。列車の旅が好きなくせに、そんなことを考える。きっと快晴の青空のせいだ。


先頭展望の春の景色

自動車学校のコースのそばを通った。その向こうには堤防があって、車窓から斐伊川を眺められない。次は木次という車内放送があり、列車は速度を落とした。09時45分、木次駅到着。国鉄型2面3線の駅。島式ホームの2番線に到着した。


斐伊川に架かる橋

木次は雲南市の中心部。かつての木次町、大東町、加茂町などが市町村合併をして雲南市になった。雲南市役所も木次駅の付近にある。地域振興課長、N氏との待ち合わせは11時45分ごろだった。それまでの2時間で町を歩いてみよう。くたびれた靴を買い換えるつもりだったから靴屋を探そう。


木次駅、出雲の伝説の看板

そんなひとり旅を楽しむつもりだったけれど、列車を降りて、車両と駅名を撮影していると、私を呼ぶ声が聞こえた。駅舎のある1番線乗り場から、スーツ姿の男性がやってくる。N氏だ。もともと列車の運行本数が少ないから、待ち合わせの時刻に間に合う列車は、私が乗ってきた09時45分着しかない。

もしかしたら、2時間も持て余すと思って、わざわざ仕事を切り上げてくださったかもしれない。こんどの旅はひとり旅ではない。お仕事である。わたしはやっと、自分の役割を自覚した。私の旅がここで終わり、いままで経験したことのない、新しい形の旅が始まる。


木次駅舎とキハ120形200番代

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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