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■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第612回:旅行鞄の運命 − 土讃線 後免駅〜高知駅 −

更新日2017/01/12


とさでんの詳細な時刻は市販の時刻表に掲載されていない。しかし、インターネットの "えきから時刻表" というサービスは全列車の時刻が掲載されている。行き当たりばったりのように走っている路面電車だって運行計画がある。その時刻がすべて掲載されている。

えきから時刻表によると、私が乗った路面電車の後免町到着は07時39分だ。それを私は過信した。路面電車である。渋滞や交通信号のタイミングで遅れる。もうすこし余裕を見ておくべきだった。デジタルカメラの時計表示は07時42分だ。土佐くろしお鉄道の後免行きは07時46分発だ。私の見立てでは、7分間の乗り継ぎ時間だった。


土佐くろしお鉄道の後免町駅。立派な構えだけど無人駅

4分は微妙な数字である。はりまや橋の見物は、もっと早く切り上げるべきだった。とさでんの後免町駅と、土佐くろしお鉄道の後免町駅は50メートルほどの距離だ。しかし私はさらに50メートル手前で電車を降ろされた。線路脇の道は細くて前を行く人を追い越せない。広場に出で、いったん振り返ってとさでんの電停を撮影し、また振り返って急ぎ足だ。


漫画家のやなせたかし氏が「ありがとうえき」と名付けた

土佐くろしお鉄道の後免町駅は高架駅だ。ずいぶん高いところにあり、エレベーターもある。しかし私は階段を駆け上がる。公共施設のエレベーターは極端に速度が遅い場合があるからだ。どうせ乗り遅れるなら、機械のせいにしないで、自分の足を使った上で悔やみたい。しかし、後悔はしないで済んだ。土佐くろしお鉄道の列車も遅れていた。


とさでんの駅を見下ろす。ため息が出そうになる

3分遅れでやってきた列車は1両単行の気動車だ。高校生で満員。旅行鞄を抱えて背中から乗り込む。肩身が狭い。でもひと駅の辛抱だ。後免着07時55分。4分遅れである。高校生たちが一団となって階段を上がり、隣のホームへ移動する。私はその中に入りづらく、エレベーターを使った。ホームに降りると、高校生たちを載せた普通列車が発車した直後である。土佐くろしお鉄道との接続を待って、少し遅れて出発したようだ。


高校生で満員の単行気動車。2両にしてあげればいいのに

私はあの普通列車に乗り遅れた訳ではない。08時09分発の特急しまんと1号に乗る予定を組んでいた。しまんと1号は高松を6時頃に出発し、土讃線で四国を縦断、さらに高知県を横断して中村まで、4時間も走る列車だ。しかし私は次の高知で降りる。乗車時間は8分。贅沢なチョイ乗りだ。特急を使えるフリーきっぷはありがたい。


やなせたかし作、ごめん駅の唄

そして、この8分の特急乗車が私にとって重要だ。土讃線の後免と高知の間が未乗区間である。心をただして景色を見届けたい。トイレに行きたいけど、ここは我慢だ。

8年前の2006年、バースデイきっぷで初めて四国を巡ったとき、多度津から土讃線に乗って後免で降りて、土佐くろしお鉄道に乗り換えた。今回の乗車で、やっと土讃線を完乗できる。私はジャバラ折りの地図で、乗った路線を黒マジックで塗りつぶしている。その取り残された区間が黒くなる。吊り橋をかけて両岸をつないだような達成感だ。


1区間だけ特急しまんと1号に乗る

車窓右手前に田畑、奥に低い山なみ。その間を仕切るように住宅が並ぶ。あのあたりに国道がある。人々の暮らしは道のほうにある。車窓左手は建物が多い。道路が近い。そうだ、とさでんの軌道もこちら側にある。路面電車のあるほうに街が続いている。鉄道と国道と路面電車、そして街並みの関係を、ぼんやりと考えている。便利なほうに人は住む。鉄道が不便という話ではない。役割が違うのだ。高校生たちは路面電車ではなく鉄道を選んでいた。


遠くに四国山地を望む

街が途切れ、国分川を渡ると車両基地があった。高知運転所だ。高知駅とは少し離れている。高知駅を高架化する前に、車両基地機能はこちらに移転した。建物の壁は適度に使用感があるけれど、架線柱は新しく見える。銀色に水色帯の車両が並ぶ。JR四国の定番色だ。


高知車両センターの側を通過する

しまんと1号は土佐一宮駅を通過。大きな道路を潜ると建物が増えた。薊野駅を通過するあたりで市街地になった。薊野はあぞうのと読む。見慣れない文字だけど、薊はアザミ。紫色の花を公園や河原で見かける。東急にあざみ野という駅があるけれど、薊野という漢字のほうが風雅だ。昔はこの駅の周囲にアザミが群生したということか。今は草原もなさそうだ。


久万川を渡ると高知市街

建物がだんだん高くなって、久万川を渡ると線路も高架になる。単線の高架は、車窓の左右の視界が広く、低空飛行のようだ。列車は速度を落とし、左手に留置線が通り過ぎて高知駅に到着する。08時17分。約3時間でひとまわりだ。


高知駅に到着。泊まったホテルが見えた

ホームを歩く。なんとなくキャスターバッグの滑りが悪い。気になって立ち止まり、車輪を見たら壊れていた。左右とも、二枚貝が口をぱっくり開けたように割れている。この鞄、いつから使っていたんだろう。ブログに書いていたかもしれないとログを探したら、2006年の4月20日に買っていた。始めて四国を旅する直前だ。四国の旅で使い始めて、8年後の四国の旅で引退か。なにか因縁めいている。これも運命ってやつだろう。

-…つづく

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
〜書き言葉のマーケティング
 
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デジタル時事放談
〜コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 〜日本全国列車旅、達人のとっておき33選〜』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
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