第635回:水鏡の駒ヶ岳 - 寝台特急カシオペア 2015 3 -
函館湾の夜明け。茂辺地駅を過ぎると海岸は遠ざかり、木立と農村とトンネルを繰り返す。駅の近くの街は眠っていて、青い景色の中、街灯の明かりが流れている。私たちはまだラウンジにいた。函館に着くまでは最後尾の展望車である。これは最後まで楽しみたい。
結局のところ、私はラウンジが好きらしい。振り返れば、開放寝台に乗っても、個室に乗っても、ラウンジがあれば、眠る以外の時をラウンジで過ごしている。窓は大きく、乗り合わせた人との語らいもある。夜行列車の醍醐味はラウンジにあり。カシオペアの最後の乗車でやっとわかった。
ラウンジの憩いは続く
どこかの駅で貨物列車を追い越した。赤い電気機関車、三灯ヘッドライトが遠ざかっていく。車窓が少しずつ明るくなって、数人まで減っていたラウンジの客が増えてくる。誰ともなくおはようの挨拶を交わす。ひとつ屋根、いや、ひと列車を共に過ごした、細い連帯感だ。もうすぐ函館に着く。そこでまた向きが変わる。この展望車側に機関車が連結される。カシオペアの儀式のひとつだ。列車旅の好きな人なら見過ごせない。
五稜郭駅を通過すると、カシオペアはポイントをわたり、左隣の線路に移った。正面に青い凸型のディーゼル機関車が現れ、こちらに向かってヘッドライトを浴びせている。函館で連結される機関車はあれだろうか。番号を見ておけば良かった。五稜郭駅は函館駅の手前で、いままで走ってきた江差線と函館本線の分岐駅だ。機関車の基地がある。
函館駅構内に入った。左の車窓に車両基地がある。特急スーパー白鳥の黄緑色の先頭車が並ぶ。凸型ディーゼル機関車、青い客車は50系だったか、かつて青函を結ぶ快速“海峡”に使われた。いまはもう役目がないはず。北海道新幹線が開業すると、スーパー白鳥もなくなり、青い機関車の出番もない。
これらの車両がいなくなれば、この広い構内も持て余す。再開発されるかもしれない。大きなビルが建つか、公園のようなショッピングモールになるか。工場が誘致されるか。函館の景色は変わるだろうな、と思う。函館山から見た夜景が、少しばかり賑やかになるかもしれない。
函館駅に到着した。ここでは乗降客の扱いがあり、機関車の連結作業を見込んで14分停車する。お別れ乗車ムードの中で、ここで降りる人はいないと思う。しかし、ホームに降りて展望車付近に人が集まってきた。連結風景を眺めたい人たちだ。そして遠くから二灯ヘッドライトが近づいてくる。
函館駅で非電化区間用機関車を連結
青い機関車。やはりこの列車を追ってきたようだ。こちらと同じ線路に入り、ゆっくりと近づいて停止。ラウンジ内の人々も機関車に近づく。DD51型ディーゼル機関車。ここから見ると鼻を伸ばした犬の顔のようだ。ふと、家で留守番させているダックスフントを思い出した。アイツが口を舐めに来ると、ちょうどこんな角度になる。
機関車が連結されて視界が塞がれると思っていたけれど、意外にも景色は見える。機関車のボンネットの高さは展望窓の半分まで。その先に運転台があるけれど、鼻が長いから遠くに感じる。個室に戻って朝食まで眠ろうと思ったけれど、やめた。ラウンジに残って景色を眺めて過ごす。
五稜郭駅構内の急行形気動車
五稜郭駅構内に、旧国鉄型のディーゼルカーが放置されていた。キハ56形かな。本州ではキハ58系と呼ばれた形式の北海道版。急行形気動車の導入は北海道が先だったという。なんだか貴重なものを見た。JR北海道に余力があれば、函館駅構内に博物館を作って安置するところだろう。事故の連続、新幹線と安全の投資が優先になった結果、残念なことが増えている。
水鏡の駒ヶ岳
大沼国定公園にさしかかる。晴天の朝、水鏡に駒ヶ岳が映った。薄く延びた雲も上下に見える。清々しく、美しい。何度かここを通ったけれど、今回がもっとも良い景色かもしれない。そして列車は原生林に突入した。木立の隙間と空の青色が模様を作っている。こんな景色を見せてくれて、ありがとうカシオペア。
先頭ラウンジの視界も良好
8時頃に食堂車へ。寝台特急の楽しみは食堂車。それも朝食だ。朝の景色は始発列車でも眺められる。しかし、ゆったりとした気分で温かい食事を楽しめる。これは食堂車付き寝台特急だけだ。カシオペア亡き後、寝台特急は東京と出雲市・高松を結ぶサンライズだけになる。しかしサンライズに食堂車はない。
食堂車の車窓から
JR九州のななつ星in九州に続いて、JR西日本とJR東日本もクルーズトレインを運行するそうだ。そこにも朝食はあるだろうけれど、列車自体が私には縁遠い存在である。カシオペアの終わりは北海道行き寝台特急の終わり。ちょっと奮発すれば楽しめる食堂車ディナーの終わり。温かい朝食の終わりだ。すべて終わり。終わりも終わりにしてほしい。
最後の朝ごはん
朝食後、ゆっくりとコーヒーを楽しんだあと、個室で少し休憩。M氏が横になったので、私は再びラウンジで過ごした。車窓は広大な北海道の景色が広がる。9ヵ月前、北斗星で通ったルートだ。北斗星マイスターのS氏の言葉を復習し、馬の放牧、ネピアアパートを眺める。
馬の放牧
これ、個室にいるM氏に教えてあげたかったな。携帯電話で知らせようか。いや、眠っているかもしれない。ベッドの朝寝も寝台特急の楽しみのうちだ。遠慮しよう。
ネピアアパート
車窓に新千歳空港が現れた。もうすぐ札幌だ。個室に戻ると、M氏がぼんやりと窓の景色を眺めていた。カシオペア初体験、彼の目的は達した。札幌からは私の目的にお付き合いいただく。彼は、ひとりの時間を楽しめただろうか。
札幌駅に到着
-…つづく
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