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■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第604回:物語がいっぱい − 高浜駅・梅津寺駅 −

更新日2016/10/21


身軽になって高浜駅に戻る。駅舎に液晶モニターの発車案内装置があった。次の電車を確認しようとしたら、バスの案内表示だ。次は10時07分発、その次は22分発、37分発、52分発。次に電車の表示に切り替わる。次は09時58分、10時13分。続いて松山観光港からのフェリーに切り替わる。こちらは呉経由広島行き、スーパージェットとフェリーと合わせて6本の表示であった。なぜか電車は2本分だけだ。充分だが。


高浜駅。船と連絡する時代からの立派な駅舎

松山観光港は松山港湾エリアの北端だ。呉経由広島行き、小倉行きのフェリーがある。高浜駅から1kmほど離れている。もともと高浜駅前のターミナルを使っていたけれど、船の大型化に対応するために新しいターミナルを作ったという経緯らしい。高浜線も松山観光港まで延伸する計画があるという。しかしバス連絡のままだ。費用対効果がない、ということだろう。こういうことは港を作るときに一緒にやらなくちゃダメだと思う。


玻璃ヶ浦駅の看板があった

発車案内を見上げて視線を移すと「玻璃ヶ浦駅」という看板が掲げられている。そのとなりに映画『真夏の方程式』のポスターだ。福山雅治さんが何かを見つめる表情である。『真夏の方程式』は東野圭吾原作の小説、ガリレオシリーズがドラマ化されて、その劇場版である。東野圭吾ファンの私は昨年の封切り直後に映画館で観た。ロケ地は伊豆と聞いていたけれど、駅の場面はここがロケ地だったか。今度観る機会があったら確かめてみよう。というより、映画を観ていながら、この駅に見覚えがなかったとは悔やまれる。

09時58分の高浜線の電車に乗り、複線区間の始まりの駅、梅津寺で降りた。下りホーム越しに海が見える。その海を背景に写真を撮ると、海側のホームの柵に赤い看板だ。なんの注意書きだろうと、カメラの望遠レンズを使ってみた。「東京ラブストーリーロケ地」と書いてある。1991年のドラマ。主演は鈴木保奈美と織田裕二。最終回で白いハンカチを結ぶ場面だという。


梅津寺駅、海側の柵がドラマのロケ地

かなり話題になったドラマだけど、私は観ていない。1991年といえば社会人2年目。仕事を覚え、やっと一人前になった頃だ。最終電車で帰り定時出社。いまならブラック企業扱いの環境だけど、当時の私は仕事が楽しくて仕方なかった。バブル景気だし、仕事で遊んでいたと思う。機会があったらDVDを借りてみようか。この駅はどんな風に映っているだろう。

さて、この駅で降りた理由はロケ地訪問ではない。目的は二つある。まずは駅前の梅津寺公園へ。ここに坊ちゃん列車の実物の機関車が保存展示されている。いま、路面電車区間で走っている坊ちゃん列車はレプリカだ。これから乗るつもりだけど、その前に実物を見たい。そう思って来てみたら、入り口の看板に残念なお知らせがあった。ただいま1号機関車はお化粧直し。12月13日に完了予定。あと3週間は観られない。絶句する。今回の旅で四国の鉄道を完乗するつもりだったから、次はいつ訪れるかわからない。


梅津寺駅舎 かつて遊園地の最寄り駅だった

化粧直しとは塗装工事だろう。埃を避けるために覆われているはずだ。保存機関車はしっかり整備しないと錆びていく。腐食が進めば崩れてしまう。だから、1号機関車にとって手入れをされていることは良い。ここまで来たからには、その貴重な「覆われた機関車」を見てやろうじゃないか。むしろ貴重な経験だ。窓口で入園料50円を支払い、公園を散策する。機関車の展示場所は、ゲートを入って右側にあった。覆われている。しかし、細かい網のような囲いだから、機関車の姿はなんとなく透けている。


坊ちゃん機関車は修繕中

貧乏根性が出て、入園料を払ったからには隅々まで観てやろうと思った。梅津寺公園は線路と県道に挟まれており、先へ進むほど両者は近づき、並んだところで公園は終わり。小さな公園だ。これで50円も取るか。いや、これは時期が悪かった。梅津寺公園の紹介文によると、梅が110本、桜は120本も植樹され、ツツジや椿も多いらしい。今日は何も咲いていない。この公園の価値は春と夏だ。紅葉樹くらいおいてくれたら秋も楽しただろうけれど、もう植える場所はなさそうである。

梅津寺公園はかつて梅津寺パークという遊園地で、線路のある場所から海までの一帯に遊園地があった。ジェットコースターや観覧者もあったという。そこはいま、サッカー用のグラウンドが作られている。閉園は2009年3月。つまり『東京ラブストーリー』の頃は遊園地があった。栄枯盛衰である。曇天の平日、客は私だけ。寂寥感しかない。


梅津寺公園は寒々としていた

公園を出ようとして、もう一度覆われた機関車に立ち寄った。パイプで柱を立て、網の粗い布を貼り合わせている。少し隙間があれば見えるんだけどなあ。1センチでも開いていれば、そこからスマートホンのカメラで撮れる。あきらめの悪い子どものように、機関車の囲いの巡っていると、作業服を着たおじさんがこちらへ歩いてくる。見つかってしまったか。潮時だな。


坊ちゃん機関車をのぞき見

「すみませんねぇ、ご覧いただけなくて」
叱られるかと思ったら、お詫びされた。
「いえ、私の間が悪かったです。そういうこと、慣れてますから」
わかっている。丁寧な対応で追い出すつもりだ。態度が変わらないうちに退散しよう。
「どこかから見えると良いんだけど」
私の言葉ではない。おじさんの言葉だ。
「え」
「どちらからいらっしゃいましたか」
「あ、東京からです」
「それは気の毒だ。あ、ここなら少し開きますよ」
少しどころではない。かなり力を入れて布を広げてくれた。
「これくらいなら、カメラのレンズくらい入るでしょう」
前方から、そして背後から。何枚か撮らせていただく。

「真横から見て欲しいんだけど、無理ですね。申し訳ない」
「いやいや、ありがとうございます。充分です」
「でもね、もしかしたら、幸運かもしれません。ほら」
機関車の正面に戻って、もう一度、布を開いた。
「正面のタンクの扉が開いてるでしょう。塗装して、内部を乾燥させているんです。ふだんは閉じていますから、いまだけしか観られない姿ですよ。ちょっとカッコ悪くなっちゃいますけどね」
ああ、そうか。これは貴重だ。ありがたい。
「また、来てくださいね」
「ありがとうございます」
私は深くお辞儀をした。旅先では、こんな幸運もある。


こちらは“マッチ箱のような客車”

梅津寺公園の次の目的地は、秋山真之、秋山好古の銅像だ。どちらも梅津寺駅から徒歩で数分のところにあった。秋山真之は帝国海軍の軍人で、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃退した。秋山好古は真之の弟で、帝国陸軍の騎兵部隊を率いてロシア軍を撃退した。


秋山好古像

どちらも功績ある人物であるけれども、私にとっては史実より、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の登場人物である。2009年から2011年にかけて、NHKがドラマを放送した。高浜線は映画やドラマにゆかりのある路線だ。物語の宝庫かもしれない。


秋山真之像

駅の戻ると、先ほどのおじさんが梅津寺公園の入り口あたりを掃いていた。帰る前にもう一度礼を言う。公園を出た私が、秋山兄弟の像を観てきたと察したようだ。松山市と砥部町の境にある松山市生涯学習センターと、愛媛人物博物館の訪問を薦められた。坂の上の雲にも登場した正岡子規が、子規号を名乗りはじめた時期がわかる年表があるという。

たったひとりの公園の管理人さんが、これほどまでに松山市の観光スポットに詳しい。松山市の観光施策のレベルはかなり高い。

-…つづく

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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