第596回:広見川に沿って - 予土線 宇和島~江川崎 -
宇和島発窪川行きの普通列車は1両のワンマン運転だ。車内はロングシート。2時間以上も乗り続ける列車に通勤電車のような座席でがっかりする。しかし空いていれば真横に座って足を伸ばせるし、正面に座って向かいの窓を眺めると、連続した窓で広い視界になる。それよりトイレがないほうが問題だ。途中でトイレに行きたくなったらどうしよう。単線だから、どこかで待ち合わせの長時間停車をするだろうか。
乗客は多く、ロングシートの8割は埋まっている。私の向かい側にセーラー服姿の女の子。スーツケースと大きな手提げ袋を傍らに置いている。宇和島では父親らしき男性が見送りに来た。どこかで下宿していて、冬物を取りに帰ったか。女の子から少し離れて座っている男性は挙動不審だ。あちこちのシートを指さし、ときどき私を睨むような目つきをする。かかわりたくない。観光客が数名、男子高校生が数名。そしてお遍路装束の男性。四国らしい情景だ。1両の乗車率が高くても大人数ではないし、運行本数も少ない。予土線はJR四国でもっとも利用者が少ない路線である。
予讃線と別れて上っていく
北宇和島で予讃線と別れ、気動車はゆっくりと勾配を上る。稜線が少しずつ低くなる。つまり高度が上がっていくから見晴らしはよく、景色の移り変わりも大きい。都会の人々があこがれる、ローカル線の旅らしい風景であろう。速度はひどく遅い。自転車の旅のような速度感である。ペダルを踏まないから楽だ。旅する列車はこれで良い。しかし実用面で考えると、これは厳しい。クルマより遅い列車に価値はない。
宇和島から高知まで、地図を見れば予土線経由が素直な経路だ。しかし時間帯によっては多度津経由で特急を乗り継いだ方が早く着く。バスも瀬戸内側の高速道路経由である。四万十川流域は交通の難所かもしれない。予土線に急行を走らせ、都市間連絡の役割を満たせたら、利用者はもう少し増えるかもしれない。いや、そんなことはもう経験済みで、予土線は長閑なまま残されたか。
上り詰めて分水嶺越え
急カーブと急勾配で分水嶺を通過し、列車がやや下って谷を出ると務田駅に着く。ここから先は四万十川の支流、広見川沿いの盆地、河岸段丘である。気動車はちょっと停まっただけで、走り出してすぐ停まる。伊予宮野下駅だ。ここでエンジン音が小さくなり、休息モード。列車交換ができる線路配置で、鉄道ホビートレインとすれ違う。
新幹線モドキが来た。こちらは平面顔
今回は三兄弟の乗り継ぎを検討するときに、列車の動きを調べておいた。私の旅にはめずらしく予習済みである。私は席を立ち、運転席の真横に立った。田舎の気動車は運転室が半畳ほどで真横は空いている。座席のない展望スペースだ。しばらくして新幹線0系モドキの鉄道ホビートレインがやってくる。片側だけがダンゴ鼻の造形になっている。残念ながらその顔は窪川向きについていて、こちらには平面の顔を向けていた。私は車両の後部に行き、すれ違いざまにダンゴ鼻を撮った。1両単行の気動車だからできる技である。
後ろ側がダンゴ鼻
景色は水田と畑が多く、川沿いの水の豊かさが現れている。平野部ではあるけれども、列車の速度は低いままだ。どうしたキハ32よ、キミは軽快気動車ではないか。本気を出せと言いたい。近永という駅で制服姿の少年少女がごっそり降りた。今日は月曜日だけど、昨日が勤労感謝の日だから振替休日だ。昼からクラブ活動といったところか。
盆地、広見川に沿って走る
川を渡って次の駅が出目。いずめと読む。サイコロを連想する。水源のイズミが転じたかもしれないし、目は境目の意味もある。車窓には大きな家が増えてきた。大家族が住むのだろう。2階の物干し台が大きく舞台のようだ。車窓にときどき姿を見せる広見川の幅が広くなっていく。逆に平地は狭まって、山が近づいている。
ロングシート車のパノラマ
松丸駅は大きな駅舎があり、地図を見ると近くに松野町の役場もある。挙動不審の指さしおじさんほか5人が降りて、車内は9人になった。吉野生とかいてよしのぶ駅。ここで二人が下車。真土でおばあさんが降りる。ここで盆地が終わり、列車は谷間に入っていく。車窓は広見川沿いの渓谷だ。川岸の西が坊駅で向かいの女の子が降りた。川岸に水田と民家が並ぶところ。彼女にどんな用事があるか不明である。ここが家なら、宇和島駅の見送りは何だったか。
ふたたび谷間を行く
広見川の対岸に国道381号線があって、クルマが気持ちよさそうに走っている。同じ向きに走る列車の窓から眺めると、新車のテレビ広告のような走りっぷり。つまりクルマの交通量も少ない。西が坊駅周辺に民家が密集していたけれど、川を渡る橋を境に、民家は国道側に移った。広見川の左岸と右岸で道路と線路が交通を分担している。駅間の線路沿いに道はない。対岸の近所づきあいはどうしているかと思う。
豪雨で崩れた沈下橋
江川崎駅はすれ違い可能な構造だ。特急型の気動車がこちらの到着を待っていた。ホームに赤づくしの服の女性と緑づくしの服の男性がいて、その後ろには子どもたちがいて、こちらの列車を旗振りで歓迎してくれている。なにかのイベントか。そもそも、この路線に特急はないぞ。あれは何だ。ヘッドマークは青地に白文字で「よど」と書いてある。車体に“Island
Express”の文字。時刻表にはない列車だ。
江川崎駅の先客
ホームに降りて見物しに行く。あちらの乗客に団体旅行かと尋ねたら、“予土線40周年”の記念列車だという。予土線は宇和島軽便鉄道が発祥で、1914年に宇和島から近永までを開業した。その後延伸し、1933年に国有化されて宇和島線となる。1974年に江川崎と若井の間が開業して全通し、予土線と改称された。なるほど、だから予土線としては40周年というわけだ。しかし宇和島線の100周年も祝ってあげて欲しい。
団体列車“よど”
無料招待客が乗る予土線40周年記念号
江川崎駅はホームが長く構内が広い。島式ホームの両側のほかに留置線が2本、つまり4本の線路を備えている。私が乗った列車は、本来はすれ違いはなく発車時間が短いけれど、なんとなくホームはお祝いムード。のんびりした空気を読み取って、私は運転士さんに声をかけてトイレに行かせてもらった。そういう客も少なくないと思われる。トイレから戻って運転士さんに挨拶すると扉が閉まって発車となった。記念列車はまだ停まっていた。私の列車は速度を上げている。私を待った遅れを取り戻すつもりかもしれない。
-…つづく
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