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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第559回:落ち着いた被災地 - 仙石線 矢本~石巻 -

更新日2015/08/13


陸前小野へ向かった気動車が15分ほどで帰ってきた。ヘッドライトが点灯している。力強い光が届く。10時44分発の石巻行である。2両編成のキハ110形。女性の車掌さんが停止位置を確認してドアを開ける。乗客はいそいそと乗り込んでいく。前面の運転席の下に「奥の細道」というマークがある。奥の細道号、というわけではない。この車両には見覚えがある。2008年に乗った陸羽西線だ。


仙石線の気動車が戻ってきた

陸羽東線と陸羽西線は、東北本線の小牛田から新庄を経由して日本海側の余目に至る。陸羽東線が“奥の細道湯けむりライン”、陸羽西線が“奥の細道最上川ライン”の愛称を与えられ、観光客にアピールしている。そのための特別塗装である。

その車両が仙石線で働いている。被災した仙石線が車両不足な上に、石巻側の電気設備がまだ使えないようだ。陸羽東線の小牛田は石巻線が通じているから、仙石線の応援にやってきた格好である。JR東日本も被災者のひとつ。それでも車両をやりくりして、できるだけ列車を動かしている。運行本数が少ないなどと文句を言ってはいけない。


運転台窓下に“奥の細道”

幸いにもキハ110は比較的新しい車両である。もともと仙石線を走っていた電車と遜色はないし、むしろ乗り心地は良い。二人掛けとひとり掛けのクロスシートで旅気分だ。趣味的には、仙石線をクロスシートの気動車で乗るという珍しい体験だ。不謹慎ながら、うれしい。そういうところが私の脳天気な性分である。やっぱり被災直後にこないで良かったかもしれない。

列車が動き出す。線路沿い、車窓右手には新築のアパートが並んでいる。左手も新しそうな戸建て住宅が並ぶ。この景色だけを見れば、仙台近郊の新興住宅地だ。線路の壊滅区間から4キロほど離れており、比較的被害は小さい地域かもしれない。


新しい家が多い

隣家の敷地を隔てる壁が汚れているから、家屋の新しさがわかる。更地も多い気がする。早めに建て替えできた家と、時間のかかる家がある。いや、この地へ戻る意思の隔たりかもしれなかった。このあたり、以前の景色を覚えていないから、震災後の比較ができない。比較ができるところは石巻、そして石巻線の女川だ。石巻は街を歩いたし、女川は駅も線路も消えたという。

三陸縦貫の旅を計画したとき、南側の石巻から北上する案と、北側の八戸から南下する案の日程を作った。南から北上すると決めた理由は、震災前後を先に比較したかったからであった。八戸線も三陸鉄道の初乗車である。景色も初めて眺める。被災前の景色がわからないと、被災の様子がわからない。


石巻駅は変わらぬ佇まい

仙石線と石巻線は乗車したから、被災前の景色を知っている。仙石線の車窓は自信がなかったけれど、石巻と女川は被災前の記憶がある。被災後の景色を見て、この地域の痛みを少しでも理解したかった。そうでなければ、三陸鉄道に乗っても、車窓から痛みが伝わってこないと思った。

気動車は10時58分に石巻駅に着いた。定刻である。コンテナ貨車の長い編成が出発していった。駅の様子は覚えている。改札口の手前に仮面ライダーとサイボーグ戦士の立像がある。駅舎の外側も変わらない。サイボーグ戦士たちは元の場所で戦うポーズをしていた。駅舎の壁は白く、屋根は青い。駅前の時計塔もある。記憶通りの佇まいであった。

ただし、その周囲の木々に葉が付いていない。2009年の6月、2回目に訪れたときは茂っていた。落葉樹の冬模様か、あるいは津波の影響で傷んでしまったか。


津波の水深が示されている

駅前通を直進する。街路灯の柱に青い看板があり“東日本大震災、津波浸水深ここまで”と書いて、下に線が引いてある。私のヘソのあたりだろうか。しかし、そのくらいなら歩けると思ってはいけない。津波は常に強い水圧がかかっている。以前、どこかで広い川を渡ろうとしたとき、深さは膝下までだったけれど、水流に足を取られそうになって断念した。この深さで流されたらおぼれる。流された物体に当たるかもしれない。

石巻市の震災の死者は約3,200名。行方不明者は約400名という。3,200名の死者といわれても想像しがたい。新幹線はやぶさ号の定員なら4編成ぶんを超える数である。津波の死者だけではなく、燃料の引火による火災も多かった。街並みはすっかり整っているけれど、郊外にはまだ、全焼した建物が残っているらしい。


仮面ライダーも健在

どれだけの無念、どれほどの悲しみがあっただろうか。しかし、それを感じさせるものは青い看板だけだ。交差点を左へ。石ノ森萬画館を見に行こう。入館する時間はないけれど、あそこは旧北上川の中州にある。震災後のニュース映像で、川岸の船がすべて“上陸”している様子に驚いた。いまはどうなっているか。

旧北上川への道は片側1車線の国道だ。両側の歩道には商店街が並ぶ。マンガロードという庇もそのままである。ところどころに建てられた石ノ森キャラクターたちも健在。建物は整っているし、町の建物のいくつかは壁に漫画が描かれている。それも以前のままだ。そこかしこにポスターがあって、石ノ森萬画館では『超時空要塞マクロス展』を開催中らしい。好きな作品である。見たいけど時間がない。


建物の壁に漫画がある街

石ノ森萬画館が見えた。玉子形というか、遊園地で配っている銀色風船に似た建物だ。その周辺の佇まいも落ち着いている。川岸も異常はない。乗り上げた船も片付けられている。なにしろもう3年経っている。町は生きていて、人の傷が癒える様に、惨状という景色が消えた。

それはそうだろう。3年も経って被災時のままだったら悲しすぎる。瓦礫を片付ける人すら消えてしまったことになる。生き残った人、ボランティアで訪れた人たちが、町をここまで回復したのだろう。だから今ごろやってきた私は、この街の景色を見ても平常心でいられる。

石巻、まだ私は大丈夫だ。しかしこの先の景色はどうだろう。


石ノ森萬画館、その対岸が大きな被害を受けた。手すりはまだゆがんだまま

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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■著書
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