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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第561回:無慈悲な境界線 - 石巻線代行バス 浦宿~女川 -

更新日2015/09/03


浦宿駅着12時20分。JR東北バスが1台待っていた。これが列車代行バスだ。JR区間の代行はJRバスがやる。それがスジだけど、仙石線では違った。車両は観光バスだ。新しいようで古い。窓が開くタイプだし、座席の背面には灰皿もある。天井から下がったブラウン管式テレビが重そうで、揺れて落ちないかと不安になる。バスも数が足りず、各社からかき集めたり、古いバスを再稼働させているようだ。


浦宿駅。付近に建物があるけれど、ホームは新しい。ここも被災地

座席は新しくて気持ちよい。乗客は私を含めて数人。12時25分の定刻で発車した。フワフワした乗り心地。バスは線路に沿った国道を走る。やがて線路のほうは築堤を上がり、バスは鉄橋の下を通り抜ける。道路が南側になる。もっともここは牡鹿半島の付け根にあたり、線路も道路も海から離れている。

線路も道路も被害は小さかっただろうけれど、道路のほうが早く復旧した。鉄道のほうは線路ではなく、女川駅の被害が大きい。駅がなければ列車を使えない。鉄道も道路も線を描くけれど、鉄道は点を結ぶ乗りもだと思わせる。


代行バスのりばから浦宿駅を見る。食品店の品数は少なかった

三陸鉄道が全通するから、この機会に三陸海岸を縦断してみよう。それが今回の旅の趣旨であった。三陸縦断の日程はふたつ。八戸から南へ、仙台から北へ。いくつも日程を作って検討して、仙台から八戸へ向かう北上コースにした。その理由を挙げると、ひとつは日照の問題、ひとつは宿の問題、もうひとつは、比較できる地域を先に見たかった。

東京を朝から出発するなら、なるべく早く現地の旅を始めたい。そこで日照の問題となる。今回の旅の目的は仙石線から八戸線までのルートだ。東京発06時32分の"はやぶさ1号"に乗ると、仙台着は08時04分。北上ルートはここから始まる。南下ルートは八戸発である。"はやぶさ1号"の八戸着は09時21分。つまりスタートが1時間ちょっと遅い。明るい時間を現地で使いたいから、この1時間がもったいない。


代行バスは少し古いタイプ。窓が開き、テレビは重く、灰皿が付いている

帰りも、北上ルートなら日没までに八戸に着けばいい。南下ルートだと日没に仙台着となる。2014年4月8日の日没は、青森県が18時09分、宮城県が18時06分。新幹線で帰る場合、八戸発は18時12分の"はやぶさ32号"で東京着21時04分。仙台発は18時19分発の"はやぶさ104号"で東京着19時52分となる。つまり、明るいうちに現地まで滞在し、東京までの移動は暗くても良しとすれば、八戸でゴールして新幹線に乗るほうが、日中の時間を有効に使える。

次に宿の問題だ。北上コースの場合、気仙沼あたりで日没となる。気仙沼市は宿がありそうだ。南下コースの場合は釜石で日没となる。ただし釜石で泊まると、翌朝からの行程で女川周辺散策を考慮し、仙石線の代行バスに乗る頃に日が暮れてしまう。もう一泊したいところだけど、予算も時間もなかった。こうなると、北上ルートの気仙沼泊がちょうど良い。もっとも、気仙沼なら、という見込みは甘かったと、宿の手配の時に思い知らされた。


浦宿付近は住宅も多く被災を感じさせない。山に緑が戻ってきた

最後の理由は、三陸鉄道沿線よりも先に、女川の町を見たかった。三陸沿岸ルートで、私が震災前に訪れた町と言えば、仙石線沿線と女川町だった。女川に行けば、東日本大震災後の変化を実感できる。三陸鉄道は初めて乗るから、震災前後の比較ができない。ふだんの旅と同じ、こんな景色かと思うだけだ。女川の変化を先に知れば、三陸鉄道沿線の変化を想像できるはずだ。そうでなければ、沿線の人々の思いに寄り添えない。

車窓は市街地だったけれど、ふいに建物が消えた。道路の歩道部分にパイプで柵が作られて、沿道は更地。ブルドーザーが地ならしをしている。道路は下り坂。そうか、ここが被災地だ。東日本大震災を知らなければ、都市近郊の新興住宅地整備だと思うだろう。しかし、低いところが更地で、高いところに家がある。


下り坂になると、景色が造成地に変わる。まるで新興住宅地のよう

住宅地は道路のそばから家が建ち、奥に更地が開拓される。ここは新興住宅地とは順番が違う。津波の被害の境界は標高である。ここが牡鹿半島の中心線、稜線部分であった。私は後ろを振り返った。隣の家は無事で、自宅は壊れる。残酷な風景があったに違いない。無慈悲な境界線はもう遠ざかっていた。

坂道が終わり、平地になった。広大な更地の中で、3階建てくらいの壊れたビルが残っている。壁は緑色。窓はない。いや、違う。壁と思っていた面は屋上だ。ビルが横倒しになっている。緑色は屋根の防水用塗料であろう。その建物の横を通り過ぎる。ひしゃげた非常階段がある。上り下りできない方向に曲がっていて、だまし絵のいつまで経っても上り続ける階段のようだ。


ここも多くの家がひしめいていたのだろう。丘の上と同じように

ビルの1階部分に基礎のコンクリートが板状に貼り付いていた。地中まで基礎の杭を打たず、地面に建物を載せただけ。関東大地震や東海大地震の備えを欠かさない地域から見れば、考えられない工法だ。この地域が、いかに地震や津波と無縁だったかを物語る。いや、津波はこれまでもあった。施主が忘れていたか、費用を惜しんだか……。

この建物が解体されない理由は、震災の教訓として残そうとしているからだろうか。そして、この建物以外は全壊し流されてしまった。そう考えるほうが自然だ。この建物がなければ、ここは新規開拓された希望の地のようにも見える。


窓のないビルと思ったら、横倒しになっていた

整地工事のエリアが続いたまま、バスはとうとう海岸に出た。小さな瓦礫の山があるほかは、ほとんど片付いている。瓦礫の山の横に白く新しい砂利の山がある。土をならしたところに砂利を敷き、水はけを良くして、ダンプや重機を走りやすくしようという状態だ。土嚢が並んだ海岸に船が泊まっている。艦橋に魚集め用の投光器があるから漁船だと思うけれど、甲板はブルーシートで覆われていた。工事用の資材を運んでいるらしい。


護岸工事が続く。このときはまだ、ここが海岸だと思っていた

バスは海岸を離れ、川沿いの坂道を上っていく。迂回が終わり、やっと線路に近づける。女川駅は流されてしまい、標高の高いところに新駅を作って復旧させると聞いている。だから代行バスの女川駅は丘の上だ。急カーブの上り坂をふたつほど通過すると、新しいコンクリート製の建物が見えてくる。郊外に建てられた、丘の上の新築マンション。だとしたらどんなにいいだろう。新しい建物だから、震災後に建てられた復興住宅である。


代行バスはJRバス東北が運行していた

浦宿駅から10分ほどの乗車であった。バスは復興住宅の敷地の手前で停車し、ドアを開けた。小さな待合所があり、停留所の看板がふたつ。ひとつはミヤコーバスの女川運動公園バス停、もうひとつはJR東日本のマークが入って、“女川駅 列車代行バス停留所”と書いてあった。ここが女川である。かつて私が訪れた女川駅とは風景が違う。場所も違う。

さて、女川の町はどうなっているか。ここは高台である。まずは港を見下ろせる場所へ行ってみよう。私は折り返すバスを見送った。庭の物置小屋のような待合室に入り、バスの時刻を確認する。調べておいた予定表と同じだ。予定通り14時30分発のバスに乗ると再確認。約2時間の滞在は、町を理解するには足りないかもしれない。しかし、本当に理解しようと思ったら、たぶん3日でも1週間でも足りないだろう。

この2時間で何を感じるか。それでこの旅の心構えが決まる。


女川駅バス停留所は復興住宅の前にある。
入居が始まったばかりのようで、引っ越しのトラックも多かった

 

# 横倒しのビルは女川町の「江島共済会館」とのこと。震災遺構として残す提案もあった。
 しかし倒壊の危険があるため2014年12月に解体された。
# 石巻線の浦宿~女川間は、この旅の約1年後、2015年3月21日に復旧した。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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■著書
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