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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第577回:白い築堤 - 三陸鉄道北リアス線 宮古駅~田野畑駅 -

更新日2016/02/25


三陸鉄道北リアス線という名前から、ずっと海沿いを走ると思っていた。NHKの朝のドラマでも海の景色を走る北リアス線が映し出されていた。しかし、宮古を出たディーゼルカーは、海を背にして走り出した。山田線の線路と並んで山へ向かう。こちらの線路が高くなって右カーブ。山田線と別れるとすぐにトンネルに入った。


山口団地駅。ここからトンネルが断続する

やれやれ、実際は山道で、ほとんどトンネル区間のようだ。なにしろ鉄建公団が作った高規格線路である。それでも山口団地駅までは地上区間の景色がある。時間がゆっくりと流れそうな里山の風景。その先、一の渡駅、砂羽根駅、トンネルに挟まれたような線路だ。駅に停まるたびに、二人、三人と降りていく。鉄道を必要とする人がちゃんといる。


里山の中の砂羽根駅

田老駅は北リアス線の前身、国鉄宮古線の終点だった。北リアス線は旧国鉄の宮古線と久慈線、さらに、両線を結ぶ建設中の線路を第3セクター会社の三陸鉄道が引き受けて開業した。間を結ぶ線路は建設中とはいえ、線路は完成していたという。しかし国鉄の経営悪化問題で建設中の線路は工事中止、宮古線も久慈線も第一次特定地方交通線のリストに入り、真っ先に廃止される予定だった。

ところが、三陸鉄道北リアス線として開業してみれば黒字経営だった。国鉄だから赤字、第3セクターは黒字。要するに国鉄経営がダメなんだと、他の国鉄赤字路線の多くが第3セクター経営に切り替わった。しかし、残念ながら、成功の後を追うように過疎化が始まり、11年目から赤字転落となった。

そこに追い打ちをかけるように東日本大震災が起きた。ただし、トンネルが多かったため被災した距離は短かったそうだ。被災から5日目に陸中野中と久慈の間で手信号による運転が再開。この宮古と田老の間も9日目には運行再開。さらに9日後、田老から小本までが再開。

しかし、そこから全線開通までは2年を要した。鉄橋や築堤など、局所的にお金がかかる部分ばかりやられたからだ。線路は無事でも、津波に流された漂流物が被さった。駅周辺の被害も大きかった。この田老駅の周辺も、まだ更地である。


田老駅で女子鉄さんがカメラを構えていた

対向列車を待つホームで、私と同じ年頃の女性が一眼レフカメラを構えている。ポシェットを下げた軽装で、取材ではなく旅行客のようだ。あまちゃんブームで三陸鉄道も観光の対象になっている。次の摂待駅にもカメラを持つ男性がいる。彼は鉄道ファンであろう。

いや、田老の女性も鉄道好きかもしれない。鉄道趣味ブームのおかげで、女性の鉄道ファンが堂々とカメラを構える時代になった。良いことだ。そして、私に良い出会いはないものかとも思う。女性より列車や景色のほうを観たがるから、これは自業自得でもある。


田老駅から海方向を望む

田老から先もトンネルと里山だ。あまちゃんの景色はどこだろう。小本という駅で30人ほど降りた。小本川沿いの集落がある。岩泉町の代表駅でもある。山田線の茂市から分岐した岩泉線は、この駅に接続する予定だった。しかし、こちらも国鉄の赤字を受けて工事は凍結されたままになった。そして、東日本大震災より半年以上前に土砂災害が起き、岩泉線自体が廃止になっている。私は乗り残しを悔いた。


摂待駅。家はどれも新しい

小本でごっそり降りた。しかしまだ乗客は30人ほど残っている。半分は観光客のようだ。私のように、平日でも観光する人はいる。年配の夫婦が多い。退職後の悠々自適な暮らしなのだろう。そして私と同類の鉄道ファンが数名。それぞれひとり旅のようだ。グループで会話をしているかと思ったら、それぞれひとり言だった。気持ち悪い。思っていることが声に出てしまう。私も気をつけたい。


小本川を渡る橋。コンクリートのトラスは残っている柵が新しい

次の島越駅は、もっとも被害が大きかった場所である。海のそば。トンネルに挟まれた、わずか300メートルの線路が津波に奪われた。この部分の復旧を待って、三日前の4月6日に北リアス線の全線復旧開業となった。防災堤防を兼ねた築堤は、真っ白なコンクリートで固められている。新しいホームと駅舎が建設中だ。旧駅舎のシンボルだった八角形の屋根が再現され、展望台になるという。


島越駅の手前で海が見えた

停車中の車窓から、海と、その手前の工事現場が見える。仮設の事務所と大きな砂利の山。白い消波ブロック。クルマも白いワゴン車やトラックばかりで、海の青さを引き立てているようにも見える。またのんきな感想が浮かんでしまった。この先、トンネルが連続する。トンネルの間の短い区間はすべて路盤が新しい。つまり流されたところである。被災した総距離は短いとしても、被災した場所は100メートル、200メートルほどの場所がたくさんあるようだ。復旧に時間がかかるわけだ。


島越駅。駅舎は建設中。築堤は堤防を兼ねる

田野畑は列車交換が可能な駅で、駅舎も大きい。漁港で栄えた集落だ。ここからドラマ『あまちゃん』ロケ地が始まる。ドラマではまだ北リアス線、いや、北三陸鉄道は全線再開していなかった。久慈からこの駅のまでが復旧しており、畑野駅として登場している。ドラマの中で、地元のアイドルの主人公とその親友がイベント列車でここまで来ている。そして、この駅の手前のトンネルがラストシーンのロケ地だった。


田野畑駅の手前、水門が三陸鉄道の車両のようにデザインされている

いままで寡黙だった運転士さんが語り出す。ドラマに因んだ観光案内をしてくれるようだ。しかし、トンネル内では走行音に遮られる。話はトンネルを出てから。震災前は海が見えるところで列車を停めて景色を楽しんでいただいた。しかし今は、あまちゃんゆかりの駅の停車時間を長めにとっている。海の景色はご容赦願いたい、という主旨であった。

トンネルばかりの北リアス線で、海の車窓はとても貴重なはず。しかし今は『あまちゃん』観光のほうが人気というわけだ。それでもいい。列車に乗って観光客が来てくれる。時間をかけても全通させた意味がある。母は朝、BSと地上派、そして昼の再放送と、1日に3回も同じ話を観ていた。私も『あまちゃん』を楽しみにしていた。そのロケ地を通るとなれば、これからの景色も楽しみである。


田野畑駅に到着 山の中の佇まい

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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