第574回:生せんべいの誘惑 - 道の駅やまだ -
道の駅といえば国道沿いの公設ドライブインである。高速道路のサービスエリアの国道版といえる。ここ「道の駅やまだ」も国道45号線のサービスエリア。売店があり、食堂もある。そしてここは「バスの駅」でもある。南の釜石からの岩手県交通バスはここまで、北の宮古駅からは岩手県北バスの路線が到達する。

道の駅やまだのシンボルは三角屋根
つまりここはバス会社の縄張りの境界だ。山田線の海岸区間が不通だから、共同で釜石と宮古を結ぶ直行バスを出せば良いと思うけれど、そんな移動需要はないのだ。そうなると山田線海岸区間の存在価値も疑わしい。JR東日本が鉄道復旧に難色を示したわけだ。
鉄道の不通期間だけど代行バスもない。岩手県交通バスと岩手県北バスがあるからだ。しかし振り替え乗車は定期券保有者だけに認められている。鉄道の切符は発行されないし、青春18きっぷでも乗れない。もうすこし仲良くなれないものか。

道の駅やまだ全景、トイレの前のおばちゃんたちはバス待ち?
釜石からの岩手県交通バスを降りる。売店や食堂の前にベンチがあり、お年寄りが座って談笑している。折り返すパスには関心がなさそうだ。きっと、岩手県北バスで宮古へ向かう人だろう。つまりお仲間である。バス便の接続はちょうど良く、次の宮古方面は10分後の09時48分発だ。

バスの境界線
10分あれば、売店の見物はできる。私はまずトイレに行き、売店に寄ってみた。意外と広い建物だ。農産物や乾物が多く、土産物が少ない。地元のスーパーマーケットを兼ねているかもしれない。ビニール袋に黄色いリンゴが3個入りで230円。手ごろな値段だ。品種は“金星”という。東京の自宅付近では見かけない。おやつ代わりに囓るとするか。かごに入れた。

名産のリンゴ“金星”関取にあげたい
プチケーキや饅頭、瓦せんべいのような、包装を変えればどこにでもあるお菓子はつまらない。そんな定番土産から少し離れたところに、“山田生せんべい”があった。生のせんべいとは、すなわち餅ではないか。いや、ちょっと雰囲気が違う。円形の黒いシート状で、重ねて袋に入っている。

謎の食べ物“生せんべい”
食べ方は……そのままでも良いし、焼いても揚げてもいい。揚げたサンプルがあった。かじってみる。ほんのり甘い。揚げたて、焼きたてならうまいかもしれない。黒と白をふたつずつカゴに入れた。冷蔵ケースには“山田生せんべい餅”があった。これは饅頭というか、すあまというか、生せんべいの生地を丸めて、きなこと砂糖をまぶしている。これはそのまま食べられるだろう。ひとつカゴに入れた。

さらに謎の食べ物“生せんべい餅”
さて、ずいぶん時間が経ってしまった。レジに行きお金を払いつつ、「宮古行きのバスはまだですか、遅れてますか」と聞く。
「あら、さっき出て行きましたよ」
「えっ?」
そんなはずはない。私は品定めをしつつ、入り口の方向をチラ見していた。バス待ちのお年寄りたちはずっとそこにいた。
会計を済ませて外に出る。お年寄りがいる。
「あの~、宮古行きのバスはどこでしょう」
「バス、あら、行っちゃったよ」
「あら~、みなさんはバスを待ってるんじゃないんですか」
「あたしらはいつもここにいるもの」
なんだ、この人たちは常連さん、というより、道の駅で憩っている人たちだった。病院の内科の診察室みたいなものか。
バスに乗れなかった。取り返しが付かない。まず「今日中に帰宅できるか」と不安になった。ギリギリの日程を立てている。予定通りなら、宮古発11時03分の北リアス線から、久慈発14時56分の八戸線へ乗り継ぎ、八戸発18時12分の“はやぶさ32号”で、21時04分に東京着だ。
最終便まであと1本か2本はある。久慈で町歩きのために2時間の乗り継ぎ時間を取っている。バス停留所の時刻表を見た。次のバスは10時41分だ。約1時間のロス。どこかでなんとか遅れを吸収できそうだ。もっとも、日没時刻を考えると、八戸線の車窓は見られないかもしれない。
時間ができたと知ったら腹が減った。空いているベンチに座り、リンゴをかじる。イモのようなやわらかな果肉。フジや王林ならすこし鮮度が落ちた感触だけど、私はむしろこの食感が好きだ。金星はもともとこういう果肉だろうか。そして生せんべい餅。せんべいは煎餅だから、生煎餅餅。煎る餅が生の餅。不思議な食べ物だ。しかしうまい。自販機で日本茶を買った。バスに乗る前にトイレだな。

待望の宮古駅前行きバス
宮古行きの岩手県北バスは観光バスの車体だ。よかった。旅気分に戻れる。BRTも岩手県交通バスも街の路線バスの車体だった。やっぱり長距離移動は大型観光バスが良い。宮古駅前バス停の到着予定は11時44分。約1時間の旅である。それはいいとして、山田線海岸区間の復旧は是非着手してもらいたい。やっぱり列車に乗りたい。
-…つづく
|