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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第574回:生せんべいの誘惑 - 道の駅やまだ -

更新日2016/01/28


道の駅といえば国道沿いの公設ドライブインである。高速道路のサービスエリアの国道版といえる。ここ「道の駅やまだ」も国道45号線のサービスエリア。売店があり、食堂もある。そしてここは「バスの駅」でもある。南の釜石からの岩手県交通バスはここまで、北の宮古駅からは岩手県北バスの路線が到達する。


道の駅やまだのシンボルは三角屋根

つまりここはバス会社の縄張りの境界だ。山田線の海岸区間が不通だから、共同で釜石と宮古を結ぶ直行バスを出せば良いと思うけれど、そんな移動需要はないのだ。そうなると山田線海岸区間の存在価値も疑わしい。JR東日本が鉄道復旧に難色を示したわけだ。

鉄道の不通期間だけど代行バスもない。岩手県交通バスと岩手県北バスがあるからだ。しかし振り替え乗車は定期券保有者だけに認められている。鉄道の切符は発行されないし、青春18きっぷでも乗れない。もうすこし仲良くなれないものか。


道の駅やまだ全景、トイレの前のおばちゃんたちはバス待ち?

釜石からの岩手県交通バスを降りる。売店や食堂の前にベンチがあり、お年寄りが座って談笑している。折り返すパスには関心がなさそうだ。きっと、岩手県北バスで宮古へ向かう人だろう。つまりお仲間である。バス便の接続はちょうど良く、次の宮古方面は10分後の09時48分発だ。


バスの境界線

10分あれば、売店の見物はできる。私はまずトイレに行き、売店に寄ってみた。意外と広い建物だ。農産物や乾物が多く、土産物が少ない。地元のスーパーマーケットを兼ねているかもしれない。ビニール袋に黄色いリンゴが3個入りで230円。手ごろな値段だ。品種は“金星”という。東京の自宅付近では見かけない。おやつ代わりに囓るとするか。かごに入れた。


名産のリンゴ“金星”関取にあげたい

プチケーキや饅頭、瓦せんべいのような、包装を変えればどこにでもあるお菓子はつまらない。そんな定番土産から少し離れたところに、“山田生せんべい”があった。生のせんべいとは、すなわち餅ではないか。いや、ちょっと雰囲気が違う。円形の黒いシート状で、重ねて袋に入っている。


謎の食べ物“生せんべい”

食べ方は……そのままでも良いし、焼いても揚げてもいい。揚げたサンプルがあった。かじってみる。ほんのり甘い。揚げたて、焼きたてならうまいかもしれない。黒と白をふたつずつカゴに入れた。冷蔵ケースには“山田生せんべい餅”があった。これは饅頭というか、すあまというか、生せんべいの生地を丸めて、きなこと砂糖をまぶしている。これはそのまま食べられるだろう。ひとつカゴに入れた。


さらに謎の食べ物“生せんべい餅”

さて、ずいぶん時間が経ってしまった。レジに行きお金を払いつつ、「宮古行きのバスはまだですか、遅れてますか」と聞く。
「あら、さっき出て行きましたよ」
「えっ?」
そんなはずはない。私は品定めをしつつ、入り口の方向をチラ見していた。バス待ちのお年寄りたちはずっとそこにいた。
会計を済ませて外に出る。お年寄りがいる。
「あの~、宮古行きのバスはどこでしょう」
「バス、あら、行っちゃったよ」
「あら~、みなさんはバスを待ってるんじゃないんですか」
「あたしらはいつもここにいるもの」
なんだ、この人たちは常連さん、というより、道の駅で憩っている人たちだった。病院の内科の診察室みたいなものか。

バスに乗れなかった。取り返しが付かない。まず「今日中に帰宅できるか」と不安になった。ギリギリの日程を立てている。予定通りなら、宮古発11時03分の北リアス線から、久慈発14時56分の八戸線へ乗り継ぎ、八戸発18時12分の“はやぶさ32号”で、21時04分に東京着だ。

最終便まであと1本か2本はある。久慈で町歩きのために2時間の乗り継ぎ時間を取っている。バス停留所の時刻表を見た。次のバスは10時41分だ。約1時間のロス。どこかでなんとか遅れを吸収できそうだ。もっとも、日没時刻を考えると、八戸線の車窓は見られないかもしれない。

時間ができたと知ったら腹が減った。空いているベンチに座り、リンゴをかじる。イモのようなやわらかな果肉。フジや王林ならすこし鮮度が落ちた感触だけど、私はむしろこの食感が好きだ。金星はもともとこういう果肉だろうか。そして生せんべい餅。せんべいは煎餅だから、生煎餅餅。煎る餅が生の餅。不思議な食べ物だ。しかしうまい。自販機で日本茶を買った。バスに乗る前にトイレだな。


待望の宮古駅前行きバス

宮古行きの岩手県北バスは観光バスの車体だ。よかった。旅気分に戻れる。BRTも岩手県交通バスも街の路線バスの車体だった。やっぱり長距離移動は大型観光バスが良い。宮古駅前バス停の到着予定は11時44分。約1時間の旅である。それはいいとして、山田線海岸区間の復旧は是非着手してもらいたい。やっぱり列車に乗りたい。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
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ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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