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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第557回:痛恨のフラッシュ - 仙石線 仙台~松島海岸 -

更新日2015/07/30


仙台駅。仙石線のホームは地下にあって、新幹線から最も遠い。新幹線の乗り換え改札口を通過したのち、在来線の跨線橋を端まで歩く。8本の線路を超えていく。突き当たりに仙石線ホームの案内があって、そこからエスカレーターで地下へ降りる。

仙石線がもともと宮城電気鉄道だったという由来だけど、この乗り換えは地方の駅としてはかなり面倒だ。東日本大震災で仙石線が不通になってから、仙台と石巻間で、東北本線と石巻線経由の快速列車が運行されている。仙石線より遠回りだけど、これなら東北本線のホームから乗れて便利だし、代行バスを乗り継ぐ必要もない。その快速列車も乗ってみたいけれど、今回は仙石線の代行バスに乗ってみたい。


マンガッタンライナーは健在

地下ホームに降りると、東塩釜行きが発車するところだった。この電車は松島海岸の手前止まりだから見送り、次の高城町行きに乗る。08時03分。あおば通方向から列車がやってくる。電車を撮ろう。地下駅は暗いから、オートモードではシャッタースピードが遅くなってしまう。私はコンパクトデジカメの撮影モードをシャッター優先にして、到着した電車に向けてシャッターボタンを押した。ピカッ! えっ?

なんと、私のカメラがフラッシュ発光した。運転士さんに直撃させてしまった。大失態だ。危険行為でもある。いや、発光禁止にしたはずだぞ……とカメラを確認する。確かにオートモードでは発光禁止していたけれど、シャッター優先モードでは設定していなかった。モードごとに設定する必要があるらしい。


バス代行区間が示されていた

以前、従姉妹の夫の電車運転士に「フラッシュってホントに困る?  実は鉄道ファンの仕切りたがりが言ってるだけで、実際は平気なんでしょ」と言ったら、「いやホントに困るのでやめてください。たいていは直接見ることはないですけど、うっかり直視すると、その後は数秒くらいメーターを確認しづらくなるし、目に影響はなくても、気をとられて判断力が落ちるときもあります」と言われた。

運転士さんに向かってフラッシュ発光してはいけない。鉄道写真のキホンではないか。失敗した。後の祭りである。これは気まずい。地下区間だし、先頭車両に乗ったから、運転台の後ろに立っている。どこかでひと言お詫びしたい。そのチャンスはあるだろうか。

仙台駅からふたつ目の宮城野原駅で、上り電車が「マンガッタンライナー」だった。沿線にゆかりの漫画家、石ノ森章太郎さんのキャラクターを装飾した電車だ。ああ、君は生き残っていたのか、と思う。石巻にある石ノ森萬画館は震災でも壊れなかった。空飛ぶ円盤のような建物で、津波で浮いてしまいそうだと思った。報道映像では、あの建物は残った。しかし周辺の建物が壊滅していた。あれから3年。


二度目の仙石線……まだ景色は変わらない

苦竹駅から地上区間となる。複線区間。対向列車とすれ違う。あちらもお客さんがたくさん乗っていた。今のところ、3年前の震災を思わせる光景はない。電車の扉の上の路線図は代行バス区間を青い線で示している。電車基地を通過。通勤時間帯だから、電車は出払っているようだ。7年前に仙石線を初乗りしたときは、多賀城駅付近は高架工事中だった。その工事は完成していた。あの頃とは違う景色だ。


高架化された多賀城駅

前方を注視していると、運転士さんがこちらを見た。私はカメラを胸の位置に持ったままだ。ゴメンナサイのつもりでお辞儀をする。初老の運転士さん、目が険しい。お詫びの気持ちは伝わらなかったようだ。降りたときにちゃんとお詫びしようと思ったら、東塩釜駅で交代してしまった。引き継ぎ事項に「困った鉄道マニアがいる」と言われていないだろうか。


何気なく見えた工事の風景。被災地だろうか

線路は単線になった。松島海岸駅で降りる。私が乗った電車は次の高城町まで行くけれど、代行バスの乗り換えは松島海岸の方が便利だとアナウンスされている。実際に、他のお客さんもほとんど降りてしまった。代行バスの本数は少なく、次の発車まで約40分の待ち時間だ。駅前は小さな売店があるだけ。


松島海岸駅着 マンガッタンライナー2本目も健在

駅前の道路は国道45号線だ。片側1車線の道には不釣り合いな大型トラックが何度も横切る。荷台は箱型だけど、屋根は開いていて、そこから錆びた鉄筋や板のようなものが出ている。被災地域の瓦礫を運んでいるようだ。そうか、3年も経って、まだ片付いていない。少しずつ復興の現実が顔を出している。

その道路の向こうは公園になっている。公園の奥は松島海岸である。30分程度の散歩にはちょうどいい。公園を横切り、護岸に行ってみた。修復工事のクレーンがある。もうすぐ稼働するようで、作業員が朝の挨拶をしている。海に向かって右手に遊覧船のりばがあった。営業しているらしい。乗ってみたいと思うけれど、今回は時間がない。


松島海岸を眺める

駅へ戻る道すがら、観光案内板を見つけた。島の数が多い。遊覧船は楽しいだろうと思う。仙石線が全線復旧すれば、迂回復旧区間に乗りに来る。仙台市営地下鉄東西線も開業予定。そのときは遊覧船も予定に組み込んでおこう。

代行バス発着所には案内係が3人もいる。初めて乗る私に親切にいろいろと教えてくれた。向こう側は陸前小野で列車が折り返している。しかし、バスからの乗り換えは、ふたつ先の矢本で乗り換えた方が楽だという。駅前にバス停があるそうで、そこが代行バスの終点でもある。


代行バスは大型観光タイプ。ボディに「旅」の文字

09時40分発の109便。ここから約30分のバス旅である。代行バスは立派な観光バスだった。乗り込むと旅の気分が盛り上がってくる。しかしこのバスは線路が壊れた代わりに走っている。楽しいと思ってしまう自分が悔しい。

走り始めてすぐに、車窓からパン屋が見えた。カレーパンと大書したノボリがある。こんな店があるなら歩いてくれば良かった。ここも遊覧船に乗るときに寄ってみよう。ネットで調べると、牡蠣カレーパンが名物らしい。牡蠣は食べないけれど、ずんだメロンパンも美味しそうだ。

さらに進むと、ベルギーオルゲールミュージアムという建物があった。オルゴールの博物館だ。しゃれた建物で気になる。ここも調べてみると、残念ながら震災から1ヵ月後に再会を断念したという。3年間も放置されていた。

風景の中に少しずつ、東日本大震災の影響が現れている。もう私は踏み入れてしまった。多くの命が失われ、深い悲しみに包まれた場所に。ここから先、私はどのくらい悲しみと向き合うだろう。しかし、もう後戻りできない。片道きっぷの旅は始まってしまった。


代行バス停留所、駅から離れた県道上にあった

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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■著書
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