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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第573回:空疎な陸と穏やかな海 - 岩手県交通バス 釜石駅~道の駅やまだ -

更新日2016/01/21


釜石駅前のバスのりばに佇む。釜石駅は三陸鉄道南リアス線と、JR東日本の釜石線、山田線が乗り入れる。ここまで南リアス線でやってきて、釜石線に乗れば山岳路線で東北本線の花巻駅に至る。山田線は沿岸路線で宮古駅に至る。しかし被災しており代行バスもない。興味としては未乗の釜石線だけど、今はバスで宮古駅へ向かう。それがどうにも悔しい。

今回の旅は趣味と取材を兼ねている。どちらかというと取材の意味合いが強い。ラジオに出演して、三陸地域の鉄道の今後について意見する。わざわざ不通区間の山田線を平行するバス路線で辿り、鉄道存続の是非を見極めておきたかった。


山田線不通区間の途中まで行けるバス

山田線の起点は東北本線の盛岡駅だ。そこから東進して北上山地を越えて宮古に出て、海沿いに南下して釜石に至る。その海沿いの区間が津波の被害に遭った。55.4kmのうち21.7kmが水を被り、13駅の駅のうち四つの駅が流された。線路は1割、鉄橋や築堤など10数ヵ所が破壊されている。

宮古と釜石の間はバス路線がある。ただし同じ会社ではない。釜石側は岩手県交通の釜石船越線という。終点は道の駅やまだ。そこから北へは岩手県北バスが走っていて、宮古駅に至る。所要時間は乗り継ぎも含めて合わせて約2時間かかる。


トンネルの向こうで線路と合流する

新日鐵住金釜石工場の薄緑の壁に向かい、ぼんやりと時を過ごす。バスの発車時刻は08時50分だけど、その時刻を過ぎてもバスが来ない。遅れているか、すでに通過してしまったか。いや、そんなはずはない。10分も前から私はここにいる。釜石駅は重要な停留所のはずで、10分も早発はありえない。早く到着したとしても、定時まで待つはずだ。

もしかしたら、バス停はここではないのだろうか。周りを見渡すけれど、ほかにバスが停まりそうな目印はない。バス停の標識を確認する。「道の駅やまだ」行きの時刻表がある。どうなることかと不安になる。まぁいいや。30分ほど待ってバスが来なければ、取材旅は中止。釜石線に乗って新幹線に乗り換えて帰ろう。歳のせいか、運命に逆らわず身を投げ出す気分になる。


補助金で運行されているバスの乗客は数名

結局どうなったかというと、バスは4分遅れでやってきた。バスで5分程度の遅れなど誤算の範囲だ。都会のバスに比べれば優秀といえる。しかし見知らぬ街で不安にバスを待つ4分間は長かった。鉄道ならこんな不安はない。遅れたってお客に何らかの情報は提供される。構内放送でもネットでも。そういう漫然とした不安が、鉄道の復旧を望む声の源ではないか。バスがダメというわけではない。日本の鉄道が盤石なのだ。

鉄道の山田線は釜石駅を西へ向かい、釜石線と別れて山道を行くルートだ。しかしバスは東へ向かい、市街地を通り抜けてから国道45号を北上する。早くも鉄道線路とは違うルートである。バスの自動放送が「このバス路線は補助金で運行している。乗客が少ないと打ち切られる。バスをご利用ください」という内容を告げた。そして長いトンネルに入る。半島の岬へ降りていく尾根の下だ。鉄道は内陸の川沿いを通り、後からできた国道は最短距離をトンネルで貫く。


列車が来ない線路と交差

トンネルを出ると海が見えた。南リアス線と同じ、湾の奥の街をトンネルで結ぶルートになっている。左の車窓に山田線の線路も見えている。しかしその姿は無残だ。橋桁がなかったり、線路の部分が途切れていたり。不通区間と言うよりも、廃線跡のようだ。右の車窓もしかり。海沿いなら海の景色、しかし海岸から離れると不自然な更地。ショベルカーが、餌の虫を探す鳥のように地面をついばんでいる。

ときどき現れるプレハブの事務所。鉄骨だけが残った建物や、壁に大きな空洞を抱えたビルもある。BRTで仮復旧した地域に比べると、復興が遅れているようにも見える。気のせいだろうか。


崩れた路盤、鉄橋……痛々しい風景が続く

山田線について、JR東日本の社長は被災直後、すべての線を復旧させると明言し、多くの人々を勇気づけた。しかしその社長が翌年に退任し会長に退くと、新社長の下で方針が変わった。被災不通路線の再開は地元自治体との調整が長引くとして、BRTによる仮復旧を提案する。市民の交通確保を急ぎたいという地元の意向を受けて、気仙沼線と大船渡線の仮復旧は了承された。

しかし、山田線被災区間は自治体が鉄道復旧を強く求めた。頑固に見えるけれど、これには事情がある。BRTにしたところで、鉄橋が復旧しなければ国道で迂回となる。そうなると既存のバス路線と競合する。そのバス路線も自治体が補助金を出して維持している。そこへBRTを参入させるわけにはいかなかった。


津波の水圧で壁が破れたようだ

話し合いが膠着する中で、ついにJR東日本が鉄道復旧へ譲歩した。ただしそれは、JR東日本が線路を復旧させた上で、路線そのものは自治体へ譲渡するという案だ。たとえば三陸鉄道に経営を移管したい。当面の赤字負担として数億円を提供するとまで言った。巨額な手切れ金、追いカネを渡して手を引きたいという考えである。現在、この提案を自治体側が検討中。ボールは自治体側にある。

JR東日本がしびれを切らして、カネにものを言わせて手を引こうとしているように見える。しかし私は良い案だと思った。この路線がJR東日本の所有である限り、国は黒字企業の施設に対して復旧の補助はしない方針だ。ならば路線ごと自治体に渡せば、国の支援を受けられる。だから、JR東日本が自治体に線路施設用地を譲渡するところまでは予想できた。しかし、自社費用で復旧させた上で譲渡し、さらに赤字負担金まで用意した。JR東日本の提案は意外にも手厚い。


仮設コンビニ

いまのところ自治体側は沈黙している。応諾すれば話は早い。これを拒否すれば、JR東日本は匙を投げるしかない。何を迷っているかと言えば、自分たちで負担してまで鉄道が必要か否か、というところだ。鉄道の維持はおカネがかかる。その負担に見合う人口が必要だ。自治体が未来へ大きく発展していこうと思うなら鉄道が必要。過疎に歯止めがかからぬ、と、あきらめるなら不要。さて、どうするつもりだろうか。


バスの停留所名は「吉里吉里」

整地作業とプレハブが散在する景色は単調だ。思いにふける中で、アナウンスが「次は吉里吉里」と言った。ああ、吉里吉里はここにあったのか。井上ひさしの小説『吉里吉里人』はおもしろかった。1985年のベストセラーだ。私にとっては高校受験の年だけど、一気に読んだ気がする。吉里吉里の人々が日本政府に反発し、独立国を宣言する痛快な物語だ。実在の吉里吉里とは違う場所が舞台だったと後に知った。あの時、吉里吉里という駅名も知ったはずだけど、それをすっかり忘れていた。

その吉里吉里から先、バスは海岸沿いを走る。海はおそらく、震災前の景色に戻っている。地ならしが終わって整った、どこか空疎な陸上とは対照的で、海はなにも変わっていない。ただ、きらめく水面があった。なにも知らない旅人にとっては美しい海。しかし、この水面は津波となって沿岸に襲いかかり、多くの命を連れ去った。残された人々から恨まれているだろうに、なぜ海はこれほど穏やかでいられるのだろう。


悔しいほど穏やかな海


道の駅やまだに到着

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
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