第580回:街の味 - 八戸線 久慈~侍浜 -
まめぶ。
ドラマ『あまちゃん』に何度も出てきた郷土料理である。ドラマでは片桐はいりさんが演じた海女さんが普及役を務め、東京までワゴン車で出張販売をしていた。まめぶは白玉団子の中に甘い餡が入っている。そのまま食べればおやつだろう。中華の四川料理にも似たようなデザートがある。甜湯圓と書いてティエンタンイェン。父が生前、どこかから冷凍物を手に入れていた。茹でると甘い団子スープができあがる。

まめぶやさん、お休み
しかし、久慈のまめぶの食べ方はちょっと違う。甘い餡入りの団子をけんちん汁のような塩味のスープに入れて食べる。これをまめぶ汁という。塩気のある汁に、甘味の団子である。ぜんざいに塩をひとつまみという程度ではない。甘さ塩気のどちらが勝るか、気になる。
そういうば『あまちゃん』にはもうひとつ、駅弁の“ウニ丼”が何度も登場する。北三陸鉄道の列車内で、宮本信子さんが演じる“夏ばっぱ”が売り歩いた。鉄道ファンなら駅弁を気にすべきだけど、私は海産物が苦手でウニは受け付けない。うにあられも食べられない。だから、なおのこと、ご当地グルメとしてまめぶ汁を食したい。

北三陸鉄道北三陸駅。駅長さんの杉本哲太さんと助役さんの荒川良々さんは、
そのまま三陸鉄道久慈駅の名誉駅長、名誉副駅長に就任した
あまちゃんハウスの美女の言うとおり、まめぶ発祥の店は閉まっていた。しかしアテはある。JRの久慈駅に立ち食いそば屋があって、たしか、まめぶ蕎麦を出している。さすがご当地グルメ。意外と手軽に食べられる。私は町を戻りつつ、まめぶ……まめぶ……と唱えながらJR久慈駅に入った。
ところが立ち食いそば屋のおばちゃんが素直ではない。いや素直なのか。道の駅で出すまめぶ汁のほうが美味いから行ってきな、という。道の駅はどこかと訊ねたら、歩いて5分くらいらしい。17時の発車まであと45分。往復の徒歩を合計10分として差し引いて、残り35分だ。間に合うのかな、と思う。道の駅はロードサイド。たいていは駅から遠い。

道の駅くじ。久慈駅から徒歩5分
しかし、おばちゃんはまめぶ蕎麦を出すつもりはないようだ。本当は品切れじゃないか、うっかり仕入れを忘れたかと邪推する。いや、それならそう言えばいいわけで嘘をつく必要もない。旅人に、より美味しいものを食べてほしいのだ。私はキャスターバッグを引いて駅を出た。田舎の人の5分はアテにならない。15分くらい歩いて、たどりつけなかったら引き返そう、なんて思っていたら、もう見えた。道の駅くじ。駅から近かった。私の心は淀んでいる。帰りの新幹線で反省しよう。
道の駅くじは街なかにあり、駐車場が50台分ほど。少し大きめなスーパーマーケットの規模だった。土産屋と食堂がある。平日のせいか、クルマも人も少ない。食事時を外しているせいか、食堂の客は私だけだ。注文すると数分で出てきた。手作り感のある丼に、根菜が入った汁。色の濃いだし汁の底に、丸い玉が沈んでいた。

まめぶ汁。あったまる
まずは汁をすすり、まめぶをすくい取った。噛むと甘みが生まれて、塩気のあるだし汁と混ざる。出汁の香りと甘味。黒砂糖のクセの強さがだし汁で丸くなる。根菜と合わせて食べると歯ごたえもあり、ちょっと甘みの強い煮物を食べているようで、おもしろい風味であった。
土産物を覗く時間もあった。駅に戻ってそば屋のおばちゃんに「美味かったよ」と言う。おばちゃんはそうだろう、と嬉しそうな顔をする。私を鉄道ファンだと見破って、もっと街を歩いてほしいと考えたかもしれなかった。久慈の街。すこし足を伸ばせた。窓口で新幹線のきっぷを変更する。窓際の席を出してもらったけれど、新幹線に乗る頃は車窓も暗くなっているはずだ。

八戸線の八戸行き
八戸線のディーゼルカーは国鉄時代から走っているキハ40形だ。車体の色は白地に赤帯。2両編成である。三陸鉄道の輸送力の2倍。東北本線に接続する支線であり、八戸は大きな街なのだろう。発車15分前に改札が始まる。16時45分。日差しがやや弱くなり、ホームには車体の影。薄く長く伸びていた。発車時間が近づいて、高校生がたくさん乗ってきた。2人、3人のグループごとにボックスシートにおさまった。

久慈市内の住宅街
私はボックスを独り占めだ。ドア横のロングシートに座っている高校生たちが、いつもはこの席の主かもしれない。私は進行方向の右側に座っている。海側である。発車して、さあ海かと思ったけれど、しばらくは山道だった。車窓は田畑と住宅。陸中夏井駅あたりで宅地が終わる。かなり日が傾いてきた。勾配の上り。車窓は林の中だ。

山道に入った
エンジン音が高くなる。しかしスピード遅いまま。今回の旅で、もっとも遅い乗り物かもしれない。旧型のキハ40ではなく、新型のキハ110を走らせたら、もっと速く走るだろうか。この調子では八戸の道半ばで陽が落ちてしまいそうだ。もっとも、速度の遅さが幸いして、風景をゆっくりと眺められる。荒れた山林。折れた木がそのままになっている。津波にやられたかと残念になる。しかし地面に草の青が見えて安心する。

上り勾配にさしかかる
侍浜という駅に着く。ここで車掌が「2分ほど時間調整をします」と放送した。行き違い設備のない駅で、なぜだろう。静かな駅である。山の上だけど浜の名が付く。違和感があるけれど、街の名前が侍浜町で、海辺から山の中まで範囲が広い。実家の東急田園都市線沿線も横浜市にかかっている。世間的な横浜の印象とは異なるから、横浜といっても山奥のほうで、などと説明したりする。

侍浜駅
侍浜という地名は、南部藩の兵士が開拓したからという説がある。駅周辺は住宅が多い。そこも横浜と似ている。もちろん規模は違うけれど。こっちは鉄道が作った街かな、とも思う。
侍浜を発車すると下り坂だ。列車の速度が上がる。陽向の木々がオレンジ色に変わりつつあった。

緯度も標高も高いせいか雪が残っていた
-…つづく
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