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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第558回:線路がない - 仙石線代行バス 松島海岸~矢本 -

更新日2015/08/07


仙石線代行バスは線路から離れ、海岸寄りの国道を走っている。乗客は20名ほどだ。左右の二人掛け席にひとり、あるいは空席。4両編成の仙石線の代行としては少ない。平日の下り便だからだろうか。石巻へ行く人は小牛田経由の快速に乗るからだろうか。

国道から右折して県道27号線に入った。景色は市街地、漁港、市街地、そして田畑、枯草の大地である。まだ作物は植えられていない、いや、そもそもここは田畑だろうか。荒地のようにもみえる。仙石線の乗車は7年前。車窓の記憶がない。とくに印象に残る景色ではなかった。道路沿いの景色も初めて見る。ここが震災前にどんな景色だったか覚えていない。比較のしようがなかった。ずっと前からこの景色だと言われても納得してしまいそうだ。


赤い代行バスとすれ違い。使えるバスをかき集めたという印象だ

すれ違う車は大型で背高荷台のトラック。そして赤い観光バス。仙石線の代行バスの上り便だった。各地、各社のバスを集めたのだろう。塗色がそろっていない。スマートホンに表示された地図によると、代行バスの手樽駅停留所は線路のそばであった。しかし車窓はただ荒れ地が広がるだけだ。よく見ると石作りの路盤らしき跡がある。真新しいビニールハウスがあって、周りに草が生えている。雑草だ。植物は強い。


代行バスから眺める松島
紫外線カットガラスからのブルーな風景

県道27号線は小山を超える。この小山の下に仙石線のトンネルがあった。バスは線路の内陸側を進み、また海岸沿いに戻る。海の向こうは松島の小さな島々である。その景色は覚えていた。早朝の仙石線電車から松島を眺めた区間。透き通った空気と静寂な水面。眼下に海が迫り、線路際に小さな堤防があった。つまり道路と海の間には線路があった。


護岸工事が進む。線路は消えた

しかし、代行バスからは見えるはずの線路がない。ここが被災区間だ。建設用クレーンがいくつも立っている。護岸工事や堤防建設の現場だ。海沿いは更地の工事現場。海を離れると民家がある。家を建て直して住んでいる人がいる。あるいは流されずに残ったか。二階建てのプレハブは工事関係者の住居だろうか。仮設住宅かもしれない。震災から3年経って、まだ仮設住宅に住む人も多いと聞く。


運河沿いを行く。両岸に建物は少ない

海岸に沿って南下したバスは、東名駅の代行バス停を過ぎて左に曲がる。運河沿いの道、両岸に民家はない。この運河は津波を内陸へ導いたのだろうか。それとも、運河の有無にかかわらず、津波はすべてを飲み込んだか。その車窓左手に、忽然と駅が現れる。ホームの屋根とコンクリート製の架線柱。そして駅舎。


突然車窓に現れた野蒜駅 ()。3年経っても当時のまま

野蒜駅だ。鉄道被災の象徴となった場所。とんがり屋根の駅舎は残り、その周辺に集まった瓦礫の様子が報じられていた。ここから600メートルも離れた場所で、流された電車が見つかっている。3年後の今、周囲の瓦礫は片付けられ、仮設トイレやプレハブ倉庫、ミドリ十字の旗がある。仙石線はこの付近には復活せず、内陸部への移設が決まっている。駅舎はしっかりしているようにみえるから、再利用するための工事かもしれない。


仙石線のコンクリート橋が残っていた

道路は川に突き当たる。バスは川沿いに遡上していく。仙石線のコンクリート橋は残っていた。線路の両側に三角山のガードが続く美しい橋だ。線路の移設は決まっているとなると、この橋はどうなるだろう。安全が確認されたら、歩道橋として整備されるかもしれない。バスはこの橋からもっと上流へ進む。震災前の道路橋はもっと河口にあったのだろうか。

やがて車窓に道路橋がみえた。橋の上に工事車両があって、交互通行になっている。修復工事か補強工事か。代行バスもこの橋を渡る。吉田川と鳴瀬川、ふたつの川が並んでいる。橋を渡り終わると、次は陸前小野駅という案内があった。線路の不通区間は終わり、ここから石巻行きの列車が発着する。しかし、陸前小野駅代行停留所で降りる人はいない。駅までそんなに離れていない気がするけれど、松島海岸駅で案内されたとおり、矢本まで行く人が多いようだ。


県道の橋は工事中

道路沿いに中古車屋がある。大型セダンが21万円、ワゴン車が16万円。破格である。車検付きかどうかはわからない。程度の良い被災車だろうか。それとも全国からワケありを集めたか。外観はまともである。クルマを流されて困っている人も多いだろうから、ワケあり承知で日常の足として買う人もいるだろう。


復旧した陸前小野側。保線係員が確認中

バスが坂を上って橋を渡る。下に線路が通っていた。こちら側は県道と線路が近い。線路と道路が並び、代行バスらしい風景になっている。この区間の列車側の眺めも覚えている。私は運転台の真後ろからこの風景を眺めていた。今回は道路側から。瓦礫済みのトラックが行き交う。線路を保線係が歩いている。新しい架線柱、線路の砂利も新しい。この線路は生きている。そう思うとうれしくなってくる。やっぱり陸前小野で乗り換えれば良かった。もっとも、全線復旧したら、また乗りに来ると思うけれど。

代行バスは終点の矢本駅に到着した。橋の上の交互通行のせいか、約10分遅れだった。バスは駅前の小さなロータリーに乗り入れている。なるほど、陸前小野よりも乗り換えは便利だ。こちらにも1台のバスが待機。通勤通学時間帯の増車用だろうか。


矢本駅に到着

小さな駅舎をくぐり抜けてホームに向かう。ホームにはキハ110形が停まっている。あれに乗るのかと思ったら、右手へ出発していった。陸前小野行きだった。あの車両が折り返して石巻行きになる。列車が去って行く方向を眺めていたら、バスで見かけた保線職員さんたちがやってきた。徒歩で線路を確認してきたようだ。こういう人々のおかげで鉄道の安全は守られている。


陸前小野行き列車を見送る

4月8日のホームを冷たい風が吹き抜ける。今日は強い日差しに救われている。しかし3年前、3月11日のこの時間、地震と津波の四時間前。東北にはもっと冷たい風が吹いていたと思われた。

 

 

※野蒜駅舎はこの旅の1ヵ月後にコンビニエンスストアが入店し、地域の交流拠点となった。野蒜駅ホームは2015年7月に震災遺構として保存されると決まった。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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