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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第556回:きっかけはラジオ出演 - はやぶさ1号 東京~仙台 -

更新日2015/07/23


2014年4月8日。06時32分。東北新幹線はやぶさ1号は定刻で東京駅を発車した。私の座席は2号車5番A席。海側である。もっとも東北新幹線から海は見えない。ただし景色を楽しむならE席がいい。安達太良山ほか、北関東や東北の名山が見える。A席のメリットは、すれ違う列車が見える。そして東向きだから朝日を浴びる。それが気持ちいい。ホットの缶コーヒーを開けた。微かな香り。旅の始まりである。


東京駅、“はやぶさ1号”が入線

車窓から建物が減り、列車は首都圏を脱しつつある。07時ちょうど。私は朝食の駅弁の包みを開く。東京から北へ向かう列車で、なぜか私の選択は“小倉のかしわ飯”だ。東京駅の駅弁屋は品数が豊富で楽しい。しかし、東京駅の名物駅弁は何だろう。そういえば深川飯もあったな。私は魚介類が苦手だから買えない。好物は山形県米沢駅の牛肉系だけど、これも東京駅では定番になりつつある。今回の選択は、私が牛肉よりも鶏肉好きであり、珍しいからであった。鶏肉駅弁はハズレがない。うまい。


東北・上越新幹線は編成の種類が多い。停止標識の数字が5枚

駅弁の箱を片付けて、私は財布からきっぷを出し、テーブルに並べた。乗車券は東京都区内から女川まで、女川から盛まで、八戸から東京都区内までの3枚。盛の文字の前に小さくBRTの文字がある。新幹線特急券は東京から仙台まで、八戸から東京までの2枚。緑色のカードが5枚である。そして私はため息をつく。すべて定価である。周遊きっぷは廃止され、該当地域の割引きっぷもなかった。青春18きっぷの有効期間内だけど、今回の旅のルートはJRの各駅停車区間が少ない。悔しい。


“はやぶさ1号”は盛岡まで“こまち1号”を併結。
こまちは4列シートで最新型のE6系。こまちにすれば良かった……

今回の目的地は三陸鉄道である。2011年3月の東日本大震災で壊滅してから3年あまり。少しずつ復旧作業が進み、2日前に北リアス線の小本駅と田野畑駅間が復旧して全線開通となった。長い道のりであった。しかし、北リアス線と南リアス線に挟まれた山田線は不通のまま。南リアス線に接続する大船渡線、その南側の気仙沼線はBRTで仮復旧、仙石線と石巻線の一部区間もバス代行という状態だ。

東日本大震災のあと、私は三陸方面への旅を遠慮していた。復興ボランティアとして現地に赴く人々は立派だ。私には時間も資金も余裕がない。忸怩たる思いであった。復興ツーリズムと称して、積極的に現地を旅しようという動きもあった。それなら私も、と思ったけれど、私の旅は列車に乗るだけの物見遊山の旅である。そんなつもりで被災地を旅すれば、すなわち冷やかしであり野次馬ではないか。


小倉のかしわ飯。うまし。東筑軒ではなく北九州弁当製

正直なところ、現地を観たいという気持ちはある。ただしそれは、悲しみを乗り越えて復興に立ち向かう人々に対して失礼だ。だいいち、その旅は楽しいだろうか。私の旅にふさわしいだろうか。以前、伊豆急行に乗ったときは大嵐の翌日だった。青い海の手前に壊れた家がいくつもあり、ブルーシートが掛けられ、屋根に上って修理している人がたくさんいた。なんだか、見てはいけないものを観てしまったと思った。災害から立ち上がろうとする人の力強さを感じつつも、これは旅ではなく、見学だと思った。

列車に乗って風景を愛でる。それが私らしい旅だと思う。それならば、三陸の旅はすべての路線が復旧してからにしよう。何年かかるかわからない。日本の鉄道全線踏破の、最後の路線になってもいいと思った。


曇天の空から朝日が差し込む

そんなとき、都内のラジオ局からメールをいただいた。5月5日に三陸鉄道に関する特番を放送するから出演願いたいとのことであった。三陸鉄道が全線復旧した。しかしまだ三陸の復興には課題が多い。まだ復旧しない路線を含めて、今後の鉄道復旧はどうあるべきか。アナウンサーと対談してほしい、という内容だった。

私が以前、ネットメディアのコラムで、東日本大震災の鉄道に関するコラムをいくつか書いた。まず鉄道を復旧し、貨物列車を増発して、がれきと復興資材輸送を実施すべきだ、とか、JR東日本が黒字のために国の復興支援を受けられないなら、いっそJR東日本は三陸の路線から撤退し、国の支援を受けやすくすべきではないか、とか。それがラジオ局のプロデューサーと、看板アナウンサー氏の目に止まったようだ。

私の作文を読んでいただいてのご依頼とあれば承りたい。お世話になっているネットメディアの宣伝になるし、書いた責任もあるし、書き切れなかった思いも話したい。そして、相手をガッカリさせたくないという気持ちもある。私も取材する立場で、相手に断られて悲しい気分になることがある。向こうも初めての相手に緊張しているはずであった。

ただし、出演しようにも、私は三陸には行ったことがない。それも無責任である。書いた以上のことを話す資格はあるだろうか。打ち合わせの電話で、私はそれを正直に話した。話しつつ、いやまて、そういうことなら、現地を観てくればいいと思いなおした。これは巡り合わせである。旅の神様が「そろそろ行ってこい」と背中を押していると思った。

「やっぱり、三陸鉄道の開通後に乗ってきます」
「えっ、わざわざ取材していただけるんですか」
電話の向こうで恐縮されてしまった。
「いえ、そのうちに行こうと思っていましたから。きっかけをいただいて良かったです」


仙台着。“はやぶさ1号”はすぐに扉を閉めて新青森へ

いざ行くと決まれば、やはり気持ちは高まる。BRTにも興味がわく。仙台から仙石線で石巻へ、そして女川駅へ。そこから三陸海岸沿いに北上する行程にした。1泊2日、宿は気仙沼にした。

はやぶさ1号は宇都宮から最高時速320kmになる。速い。そして安定している。仙台着08時04分。こちらも定刻だ。東日本大震災で屋根が崩れ落ちた新幹線ホーム。なにごともなかったように復旧している。2面4線のホームにE5系が3本も並んだ。東北新幹線の新時代の姿である。

そういえばこの“はやぶさ”も、2011年3月5日にデビューして、6日後の地震で全面運休となった列車であった。東北新幹線は1ヶ月半後に運行を再開している。それから約3年。東京と東北を結ぶ“はやぶさ”は、復興に携わる人々をどれだけ運んだことだろう。首都と東北を結ぶ新しい列車は、東北の希望の象徴かもしれない。


上りホームに並んだE5系。すっかり東北新幹線の主役になった

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
<<杉山淳一の著書>>

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■鉄道ニュース(レポーター)
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■著書
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