第583回:天保山フラッシュバック - 大阪市営地下鉄堺筋線・中央線 扇町~コスモスクエア -
2014年9月10日。品川駅発07時07分の東海道新幹線“のぞみ203号”に乗った。関西で放送するテレビ番組に出演するためだ。今日一日は原稿を書けないから前日から徹夜した。頭が重い。満腹になれば眠れるだろうと駅弁を買って、新横浜駅を出てから包みを開いた。隣の席は空いていた。少なくとも名古屋までは窮屈な思いをしないですみそうだ。この列車は新大阪止まりだから、名古屋から乗る客も少ないかもしれない。
品川駅新幹線コンコースで買った“鳥照焼き重”
テレビ局は大阪環状線の天満駅のそばだ。10時に参上し、14時少し前に収録が終わった。私は講師役で、アイドルグループに観光列車を紹介する役回りだった。10代、20代の美女と正対して、私は視線の置き所がなかった。つい目線を泳がせて、そのたびにスタッフさんから「前を向いてください」とご指摘をいただく。
これで良いのかと思う一方で、どうにでもなれとも思う。数あるライターから私を選んでいただき、大阪へ呼んでもらったけれど、期待に添えなかったかもしれない。でも録画収録だから、編集の方になんとかしていただこう。歳を取ると、若い頃とは違う厚かましさが発現する。自覚しているからタチが悪い。
初秋の午後である。私がこのまま東京に帰るわけがない。大阪には未乗路線が多い。少しでも消化したい。東京大阪の往復の交通費をいただいて、新幹線に乗れた上に、余った時間で他の路線に乗れる。実はそれも出演承諾の大きな理由であった。図々しいにもほどがある。さて、何処へ行こうか。夕食は大阪在住の友と約束している。遠出はできない。
いまどき真四角な電車は珍しい
そうだ。未乗の地下鉄路線を消化しよう。テレビ局の並びに、大阪市営地下鉄堺筋線の扇町駅の入り口がある。このあたりはまだ乗っていない。きっぷ売り場の路線図を眺める。よし、決まった。まずは堺筋線で堺筋本町へ。そこから中央線に乗り換える。
二つ先の阿波座駅を出ると高架区間になった。高速道路の下を走る。大阪の街が見える。高層マンションが多い。グラウンドと木々のあるところは学校だろうか。観光地でも歓楽街でもない大阪の街は、私が住む東京と変わらない。普段の暮らしの街だ。
高速道路の下から街を覗く
次は弁天町と放送があった。聞き覚えがある。交通科学博物館があった駅である。車窓の上から高速道路が降りてくる。その隙間から博物館の跡地が見えた。工事用の囲いの向こうに茶色い客車が見えた。京都駅を模した屋根は取り払われている。車両を搬出する準備が整ったようだ。ここに保存されていた車両は、京都に作られる新しい鉄道博物館で展示予定となっている。
交通科学博物館の跡地が見えた
弁天町駅を過ぎると高層マンションは減り、遠くに大きな倉庫。手前にアパートや瓦屋根の戸建て住宅が増えてきた。細身の三階建て住宅が同じ形で並んでいる。もとの広い家が売りに出され、土地を分割して分譲された。都会の広い土地は細切れになるか、高層建築になる。西も東も同じ現象だ。
建物が低層になっていく
上空を覆っていた高速道路が離れて朝潮橋駅。空が広くなった。駅に隣接して大きな公園があって、ドーム状の建物がある。銀色の屋根に灰色の文字。読み取りづらいけれど、大阪プールと書いてあった。駅に直結していれば、冬の温水プールの時期も風邪を引かずにすみそうだ。
大阪プール
見晴らしが良くなった。乗客も減った。私は先頭車へ向かって歩いた。運転台の後ろの定番ポジジョンだ。まっすぐな線路。第三軌条方式だから架線がなく、景色がスッキリとしている。この路線を選んで正解だった。この次に乗る路線の景色を期待していたけれど、その手前から遊覧できた。
前方の線路上空を高速道路のインターチェンジが横切っている。その下をくぐり抜けて大阪港駅。そうか、ここが大阪港か。いや、大阪港はもっと広範囲だから、大阪港の中心か、あるいは大阪港発祥の地か。地図を眺めると、駅の北側に天保山の文字を見つけた。あっ、と小さな声を出してしまった。記憶の底に触れた。
第三軌条の線路は景観が良い
天保山は訪れたことがあった。もう10年ほど前だろうか。夜中にバイク仲間から電話で誘い出された。バイクと言っても大型スクーターだ。私たちは仲間と情報交換のWebサイトを作り、全国規模で仲間を増やしていた。毎週末の夜は横浜あたりのパーキングエリアに集まっていた。缶コーヒーを片手に雑談をする程度の、静かな中年暴走族である。
その日はバイクではなく、ワゴンタイプのクルマで深夜のドライブ。どこかのファミリーレストランに行くつもりだと思った。しかし私は後部座席でうっかり眠ってしまい、目覚めたら大阪の街を走っていた。若い頃の無茶のひとつ。懐かしい思い出だ。
天保山は日本一低い山として知られている。大阪の仲間と合流して頂上の三角点標識を踏んだ。山の頂上なのに、高速道路の橋と観覧車に見おろされていた。山岳会もあって、登頂証明書を出してくれるという。山岳救助隊もあるそうだ。助けられてみたいなあと大笑いしたものだった。そうか。ここが天保山か。おぼろげな記憶と地理感覚がつながっていく。
天保山には観覧車と海遊館という大きな水族館がある。行ってみたいと思っていた。しかしここは寄り道の想定外だった。ふたたび視線を前方に向ける。ここから先は海底トンネルである。暗く口を開けたトンネル入り口の上に海がある。コンテナ船がこちらを向いている。まさに大阪港であった。

トンネルの上に貨物船が見えた
電車はトンネルに潜り込み、トンネルのままコスモスクエア駅に着いた。ここから新交通システムのニュートラムこと南港ポートタウン線に乗れる。天気が良いし、高架だからきっと眺望も良い。海も見える。ここまでの中央線も景色が良かった。そしてニュートラムの先は地下鉄四つ橋線に乗り換えられてムダがない。思いつきにしては上出来なルートだ。
終点は地下駅
-…つづく
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