第594回:山ある伊予灘線 - 伊予灘ものがたり 2 -
観光列車、伊予灘ものがたりは小さな谷を通り抜ける。私の朝食は始まっている。サラダの野菜を噛めばシャキシャキと音を立てる。そして温かい味噌汁に癒やされる。ほんのりと甘い味噌汁だ。お品書きには、宇和島市伊予醸造萬年味噌使用、と書いてあった。どこかで見つけたら買おう。

市街地から海へ行く間に小さな谷を通り抜ける
味噌汁の甘さで味覚が目覚める。サラダの野菜それぞれの味も濃いように思った。ドレッシングの風味が控えめで、ひと口ずつ、ゆっくり食べているせいかもしれない。味わうとはこういうことだ。そしてメインの皿が届いた。白い大皿に朴葉を敷き、その上に玉のようなご飯、焼き魚、小さな丸いガラスの鉢に、ひじきの煮物とお新香。なんとなく、玉、あるいは鞠を並べた小舟の情景である。
レシピと皿の内容を付き合わせてみる。わからない言葉を調べる。携帯端末を見ながらの食事は、すこし行儀が悪い。
焼き胡麻豆腐田楽 赤田楽味噌
柿と占地春菊の白和え
鰆の味噌漬け
だし巻き玉子 (美豊卵使用)
肉じゃがコロッケボール
豚肉と白菜のハリハリ煮
鹿尾菜の甘煮
じゃが芋と塩昆布のこむすび
ベッタラとカリカリチリメン

大洲編の朝食メニュー
占地はシメジだ。美豊卵は国産品種のもみじという鶏が産む玉子。通販サイトで調べると、20個で700円。私がふだん食べる玉子に比べると、かなり高級品だ。ハリハリ煮は関西の料理のようだ。肉と葉物野菜。ハリハリは野菜の食感に由来する。白菜に火を通しすぎない煮物ということだろう。
鹿尾菜はヒジキのことであった。こんな字を当てるとは知らなかった。漢字の音とは異なる呼び名だ。鹿のしっぽに似ているのだろうか。鹿なんてしばらく見ていない。奈良、京都あたりの雅な人が名付けたか。
どれもひと口サイズである。初めは物足りないかと思ったけれど、ゆっくりと腹に入れると満たされていく。とくに味噌汁が効いている。ゆっくりと食べているうちに、車窓に海が広がっている。これが伊予灘。朝の青色が優しい。空の水色に近く、水平線が淡かった。

海と花
しばらく海沿いを走る。今年(2014年)の春から、伊予市―伊予大洲間のふたつのルートの海側に、愛ある伊予灘線という愛称が付いた。時刻表の索引地図にも記載されている。伊予灘はわかるけれど、愛あるとう言葉の由来が不明である。しかし、食後のコーヒーを楽しみつつ、海の車窓を眺めていれば、もう理屈など考えたくない。海を見ながら愛を語れと言うことだろう。ひとり旅には無縁の言葉。アイでもティーでも好きにしやがれ。

下灘駅に停車
海沿いを行く列車が減速し、駅に停まった。松山を出て最初の停車駅。下灘である。ホームから広大な海を見渡せる駅として、旅行雑誌などでたびたび紹介される。戦後、昭和後期の日本映画『男はつらいよ』などのロケ地にもなった。鉄道ファンにとっては青春18きっぷのポスターに採用された駅としても知られている。駅舎の改札通路の向こうに駅名標、その背景に青い空と海。そんな写真を覚えている。あの写真が話題になってから、テレビドラマやCMのロケ地にもなった。
全国的に有名な下灘駅の停車時間は短かった。ホームから海をのんびり眺めたいと思ったけれど、単線で線路は海側、ホームは山側。列車の停車中はホームから海を見渡せないかもしれない。観光列車で通り過ぎるより、各駅停車でゆっくり訪ねたい駅である。

記念撮影してもらった
まだ海の景色が続いている。食事の提供が終わったけれど、アテンダントさんは休まずに車内を巡回。記念撮影サービスだ。カメラを預け、日付が入ったプレートを抱えるとシャッターを押してくれる。調子に乗って、アテンダントさんの記念写真を撮らせていただく。笑顔。かわいいなあ。息子の嫁にしたいくらいだ。そういうと、息子さんはおいくつですかと尋ねられた。いや、息子どころか妻もいない。しかし彼女は恋人募集中かもしれない。

喜多灘駅に運転停車 ここから大洲市
伊予長浜駅を10時11分に発車すると、列車は進路を変えて海を離れた。残り乗車時間は20分ほど。ここからは川沿いの車窓になった。この川は肱川という。ひじかわと読む。腕の関節のように曲がってるからという説と、ぬかるみの古語ひじに由来するという説がある。一級河川で水源までは103km。川向こうは山、反対側の車窓も山。愛ある伊予灘線には川もある。山もある。

伊予長浜駅 海沿い区間の終わり
もうすぐ終点だけど、アテンダントさんはまだ働く。こんどはワゴンにお土産を積んでやってきた。伊予灘ものがたりのマークが付いた帽子やシャツ、伊予定番のお土産、タルトもロゴ入りの箱に入っている。名産の水引をデザインしたグッズもある。眺めているだけでも楽しいけれど、眺めていれば欲しくなる。帽子とタルトなどを買う。
観光列車は食事の提供だけではなく、ここでしか買えないグッズもあると楽しい。景色に飽きて、なにかしようと思っても列車の中。受け身の姿勢から動き出すきっかけは買い物くらいだ。JR四国はなかなか商売上手である。

肱川を眺める
10時33分。伊予大洲着。伊予灘ものがたり大洲編の旅が終わった。期待した以上の楽しい旅だった。乗る前は「ローカル線の旅は、素っ気ない普通列車の雰囲気がいいのだ。観光列車などお客にすり寄った列車などあざとい」と思っていた。しかし乗れば楽しい。九州でいくつかの観光列車に乗ってから、私は観光列車ファンへなびいている。
車中で親しくなった鉄道ファンの男性は、10時36分発の松山行き特急、宇和海8号でとんぼ返り。伊予大洲駅の滞在時間はわずか3分だ。10時52分発の松山行き伊予灘ものがたりで戻る人も多い。
せっかく伊予大洲に来たからには、この町を観光しても良さそうなのものだ。観光列車の運行開始に期待した人々には少し気の毒。もっとも、ここで降りたらどれだけ楽しいか、きちんと伝えなくてはいけない。こういう私も10時48分発の特急宇和海9号で先を急ぐ。次のターゲットは未乗路線の予土線である。これに乗れば、JR四国は完全乗車となる。

伊予大洲駅到着 歓迎される
-…つづく
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