のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第581回:夕暮れの海 - 八戸線 侍浜~鮫 -

更新日2016/03/31


陸中中野駅の手前で海が見えた。線路は高いところに敷かれている。切り立った海岸段丘の上だ。高波を避けるためもあっただろう。しかし、この陸中中野から二つ先の宿戸駅までが被災の大きい区間だった。大津波で崖が崩され、線路の流出や水没に見舞われた。眼下を見ると、崖の法面が白いコンクリートで固められている。


海の景色が始まった

八戸線も東日本大震災で全線が運休となった。しかし、7日後には八戸と鮫の間で運行再開、さらに6日後に階上まで復旧。半年後には種市まで復旧した。久慈までの再開は約1年後の2012年3月17日。三陸地域の被災路線では最も早い全線再開となった。


水面がオレンジ色を映し出す

松林に遮られつつ、チラチラと海が見える。チラチラ現象が終わると線路の高度が下がり、有家駅に着いた。うげと読む。ありいえと読む地名が西日本に多く、入り江を指しているという説があるそうだ。八戸線の有家駅付近にも有家漁港があるというけれど、駅周辺は砂浜。町の中心はもっと内陸である。有家は有毛を転じたという説もある。毛は作物を示す。


有家~陸中八木間 小子内浜付近

海沿いを進むと民家が増えてきた。新しい建物ばかりではないから、津波の被害はやや小さかったかもしれない。遠くの白い家の壁がオレンジ色に輝く。車窓左手を振り返ると、太陽が西の稜線に落ちていくところだった。日差しがなくなり、車内がひんやりとしたように感じる。


左手の車窓は日没になった

陸中八木駅は漁港に横付けされた駅だ。ホームの一部が新しい。列車交換可能な駅だ。車内放送があり、下り列車が3分ほど遅れているという。3分遅れのままだと八戸着は18時59分、乗り継ぎの列車はやぶさ36号は19時06分発。7分しかない。時刻表に示された“新幹線からの乗り継ぎ標準時分”の八戸駅は7分である。ギリギリだ。回復運転を頑張ってほしいけれど、単線区間はさらに遅れる場合が多い。


陸中八木、ホームの一部が新しい

はやぶさ36号の1時間後にはやぶさ38号もある。これが東京行きの最終列車だ。乗車券の変更は一度だけ可能で、その権利ははやぶさ32号からはやぶさ36号の変更で使ってしまった。新幹線で指定席に乗り遅れた場合、後続列車の自由席に乗れる。しかし、はやぶさは全車指定席であった。時刻表の運賃案内を調べると、立ち席特急券扱いになるようだ。なんだか落ち着かない。まあ、なるようになれだ。


3分遅れの対向列車

列車は海沿いを走りづける。白波が夕陽を受けてオレンジ色に光る。車内では学生服を着た女の子たちの会話が盛り上がっている。エンジン音で聞き取りにくいけれど、男の子の話題のようだ。
「もう、認めちゃいなさいよ」と言われた女の子が席を立ち、顔を真っ赤にして通路を行ったり来たりしている。こんな語らいや仕草は列車ならではの風景だろう。バスでは席を立てないし、周りと近すぎる。女子グループのひとりがアメを配ってその場を納めた。真っ赤な女の子が落ち着いたようだ。


内陸部の夕景を眺める

玉川という駅がある。大阪にも玉川駅がある。東京でも多摩川付近に玉川地名があるし、三陸鉄道にも野田玉川という駅があった。どこにでもある地名なのだろう。きっときれいな石が出てくる川だ。ここから列車は速度を上げた。

種市駅。大きな町だ。現在は大野村と合併して洋野町になっている。種市町のころは人口1万数千人の規模だった。岩手県ではあるけれど、青森県八戸市の経済圏といえそうだ。ここで高校生のほとんどが降りた。代わりにおじさんおばさん合わせて数名が乗車する。17時55分発。3分遅れのままである。

平内駅から高校生が10人ほど乗ってきた。近くに種市高校がある。4分遅れになった。ネットの時刻表を見ると、階上駅と陸奥湊駅の停車時間が長いようだ。そこに期待しよう。対向列車が先にホームに入ってくれたら、停車時間を短縮できる。


階上駅でタラコ色のキハ40系と交換

角の浜駅を18時02分に発車する。3分遅れに戻った。列車は青い煙に包まれた。野焼きか焚き火か判らない。車内が焦げ臭くなった。しかしすぐ匂いが消える。慣れたのかすきま風が逃がしたかは判らない。長時間停車予定の階上駅に到着。対向列車はすぐにやってきた。赤いキハ40系。18時07分に定刻発車となった。ほっとする。


海沿いの町に明かりが灯る

車窓の景色は薄暮。空の青色が濃くなってきた。水平線がにじんでいる。道路には街灯が点っている。こんなところをひとりで歩いたら、切なくて泣きそうだ。大蛇という駅がある。恐ろしい伝説がありそうだ。カメラのGPSが八戸市に入ったと知らせている。

だんだん民家が増えてくる。八戸の影響圏は強いのだ。大久喜駅のそばに住宅が集まっている。種差海岸も民家が多い。遠くの家の明かりが判る。しかし手前の家は暗い。カーテンで閉じているのだろう。暗い林の向こう、紺色の海に奇岩が並んでいるようだ。しまった、良い景色である。やっぱり昼間に乗るべきであった。陸奥白浜駅で女子高生たちが降りた。


もういちど、昼間に見たい景色

車窓はさらに暗くなった。林の木々が黒く流れて影絵のようである。その影絵のなかに無精ヒゲの中年男が浮かび上がる。ガラスに映った私であった。47歳の誕生日を三陸で迎えた中年男は、どこか満足げな顔をしていた。

-…つづく

第581回の行程地図

 

 

このコラムの感想を書く

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著

バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで
第501回~第550回まで

第551回:要塞海峡
- 火の山ロープウェイ・サンデンバス・関門汽船 -

第552回:天井から水平線
- 帆柱ケーブル -

第553回:九州完乗~帰途へ
- 皿倉山スロープカー -

第554回:帰るには早すぎる
- 交通科学博物館 -

第555回:神木の駅
- 京阪電鉄 萱島 ~ 淀屋橋 -

第556回:きっかけはラジオ出演
- はやぶさ1号 東京~仙台 -

第557回:痛恨のフラッシュ
- 仙石線 仙台~松島海岸 -

第558回:線路がない
- 仙石線代行バス 松島海岸~矢本 -

第559回:落ち着いた被災地
- 仙石線 矢本~石巻 -

第560回:石巻線マンガッタンライナー
- 石巻線 石巻~浦宿 -

第561回:無慈悲な境界線
- 石巻線代行バス 浦宿~女川 -

第562回:喪失
- 女川港 -

第563回:希望
- 女川町 -

第564回:線路があるところまで
- 気仙沼線 前谷地~柳津 -

第565回:BRTバス複線区間
- 気仙沼線BRT 柳津~陸前戸倉 -

第566回:津波の境界線
- 気仙沼線BRT 陸前戸倉~気仙沼 -

第567回:気仙沼ホルモンと復興の宿
- 大船渡線BRT 気仙沼~鹿折唐桑 -

第568回:廃線とバス路線
- 大船渡線BRT 鹿折唐桑~小友 -

第569回:BRT専用道の景色
- 大船渡線BRT 小友~盛 -

第570回:きっと、ずっと
- 三陸鉄道南リアス線 盛駅 -

第571回:クウェート、ホタテ、白い築堤
- 三陸鉄道南リアス線 盛駅~三陸駅 -

第572回:SL銀河3日前
- 三陸鉄道南リアス線 三陸駅~釜石駅 -

第573回:空疎な陸と穏やかな海
- 岩手県交通バス 釜石駅~道の駅やまだ -

第574回:生せんべいの誘惑
- 道の駅やまだ -

第575回:無遠慮な提案
- 岩手県北バス 道の駅やまだ~宮古駅前 -

第576回:トンカツとスニーカー
- 三陸鉄道北リアス線 宮古駅 -

第577回:白い築堤
- 三陸鉄道北リアス線 宮古駅~田野畑駅 -

第578回:走る名脇役
- 三陸鉄道北リアス線 田野畑~陸中野田 -

第579回:Have Fun !
- 三陸鉄道北リアス線 陸中野田~久慈 -

第580回:街の味
- 八戸線 久慈~侍浜 -


■更新予定日:毎週木曜日