第581回:夕暮れの海 - 八戸線 侍浜~鮫 -
陸中中野駅の手前で海が見えた。線路は高いところに敷かれている。切り立った海岸段丘の上だ。高波を避けるためもあっただろう。しかし、この陸中中野から二つ先の宿戸駅までが被災の大きい区間だった。大津波で崖が崩され、線路の流出や水没に見舞われた。眼下を見ると、崖の法面が白いコンクリートで固められている。
海の景色が始まった
八戸線も東日本大震災で全線が運休となった。しかし、7日後には八戸と鮫の間で運行再開、さらに6日後に階上まで復旧。半年後には種市まで復旧した。久慈までの再開は約1年後の2012年3月17日。三陸地域の被災路線では最も早い全線再開となった。
水面がオレンジ色を映し出す
松林に遮られつつ、チラチラと海が見える。チラチラ現象が終わると線路の高度が下がり、有家駅に着いた。うげと読む。ありいえと読む地名が西日本に多く、入り江を指しているという説があるそうだ。八戸線の有家駅付近にも有家漁港があるというけれど、駅周辺は砂浜。町の中心はもっと内陸である。有家は有毛を転じたという説もある。毛は作物を示す。
有家~陸中八木間 小子内浜付近
海沿いを進むと民家が増えてきた。新しい建物ばかりではないから、津波の被害はやや小さかったかもしれない。遠くの白い家の壁がオレンジ色に輝く。車窓左手を振り返ると、太陽が西の稜線に落ちていくところだった。日差しがなくなり、車内がひんやりとしたように感じる。
左手の車窓は日没になった
陸中八木駅は漁港に横付けされた駅だ。ホームの一部が新しい。列車交換可能な駅だ。車内放送があり、下り列車が3分ほど遅れているという。3分遅れのままだと八戸着は18時59分、乗り継ぎの列車はやぶさ36号は19時06分発。7分しかない。時刻表に示された“新幹線からの乗り継ぎ標準時分”の八戸駅は7分である。ギリギリだ。回復運転を頑張ってほしいけれど、単線区間はさらに遅れる場合が多い。
陸中八木、ホームの一部が新しい
はやぶさ36号の1時間後にはやぶさ38号もある。これが東京行きの最終列車だ。乗車券の変更は一度だけ可能で、その権利ははやぶさ32号からはやぶさ36号の変更で使ってしまった。新幹線で指定席に乗り遅れた場合、後続列車の自由席に乗れる。しかし、はやぶさは全車指定席であった。時刻表の運賃案内を調べると、立ち席特急券扱いになるようだ。なんだか落ち着かない。まあ、なるようになれだ。
3分遅れの対向列車
列車は海沿いを走りづける。白波が夕陽を受けてオレンジ色に光る。車内では学生服を着た女の子たちの会話が盛り上がっている。エンジン音で聞き取りにくいけれど、男の子の話題のようだ。
「もう、認めちゃいなさいよ」と言われた女の子が席を立ち、顔を真っ赤にして通路を行ったり来たりしている。こんな語らいや仕草は列車ならではの風景だろう。バスでは席を立てないし、周りと近すぎる。女子グループのひとりがアメを配ってその場を納めた。真っ赤な女の子が落ち着いたようだ。
内陸部の夕景を眺める
玉川という駅がある。大阪にも玉川駅がある。東京でも多摩川付近に玉川地名があるし、三陸鉄道にも野田玉川という駅があった。どこにでもある地名なのだろう。きっときれいな石が出てくる川だ。ここから列車は速度を上げた。
種市駅。大きな町だ。現在は大野村と合併して洋野町になっている。種市町のころは人口1万数千人の規模だった。岩手県ではあるけれど、青森県八戸市の経済圏といえそうだ。ここで高校生のほとんどが降りた。代わりにおじさんおばさん合わせて数名が乗車する。17時55分発。3分遅れのままである。
平内駅から高校生が10人ほど乗ってきた。近くに種市高校がある。4分遅れになった。ネットの時刻表を見ると、階上駅と陸奥湊駅の停車時間が長いようだ。そこに期待しよう。対向列車が先にホームに入ってくれたら、停車時間を短縮できる。
階上駅でタラコ色のキハ40系と交換
角の浜駅を18時02分に発車する。3分遅れに戻った。列車は青い煙に包まれた。野焼きか焚き火か判らない。車内が焦げ臭くなった。しかしすぐ匂いが消える。慣れたのかすきま風が逃がしたかは判らない。長時間停車予定の階上駅に到着。対向列車はすぐにやってきた。赤いキハ40系。18時07分に定刻発車となった。ほっとする。
海沿いの町に明かりが灯る
車窓の景色は薄暮。空の青色が濃くなってきた。水平線がにじんでいる。道路には街灯が点っている。こんなところをひとりで歩いたら、切なくて泣きそうだ。大蛇という駅がある。恐ろしい伝説がありそうだ。カメラのGPSが八戸市に入ったと知らせている。
だんだん民家が増えてくる。八戸の影響圏は強いのだ。大久喜駅のそばに住宅が集まっている。種差海岸も民家が多い。遠くの家の明かりが判る。しかし手前の家は暗い。カーテンで閉じているのだろう。暗い林の向こう、紺色の海に奇岩が並んでいるようだ。しまった、良い景色である。やっぱり昼間に乗るべきであった。陸奥白浜駅で女子高生たちが降りた。
もういちど、昼間に見たい景色
車窓はさらに暗くなった。林の木々が黒く流れて影絵のようである。その影絵のなかに無精ヒゲの中年男が浮かび上がる。ガラスに映った私であった。47歳の誕生日を三陸で迎えた中年男は、どこか満足げな顔をしていた。
-…つづく
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