第595回:三兄弟に会いたい - 予讃線 伊予大洲~宇和島 -
車窓は初秋の晴天である。伊予大洲を出ると肱川を渡り、その鉄橋から大洲城がちらりと見えた。1331年の築城から680年の歴史があるという。江戸時代から城下町として発展し、大津藩の中心となった。大洲の名は、城主だった脇坂安治が淡路国洲本から着任したからという説もある。

静寂を取り戻した伊予大洲駅

特急宇和海9号。3両すべて普通車自由席
鉄橋を過ぎると肱川は南へ上り、線路は真西へ向かって上っていく。小さな谷へ。秋晴れの青空。山の緑はまだ深い。トンネルを抜けると線路が下り坂になった。エンジン音が穏やかになりスピードが上がる。

肱川を渡る。中央奥に大洲城
八幡浜駅のホームに別府連絡という文字を見つけた。宇和島運輸フェリーは1日6往復。所要時間は2時間50分。最短は少し北側、四国の佐多岬と九州の佐賀関半島を結ぶ国道九四フェリーという便があって、所要時間は1時間10分。南九州と近畿を結ぶルートとしては、関門トンネルよりこちらの方が速いのかもしれない。
八幡浜は海沿いの町だけど、車窓から海は見えない。線路は南の谷に向かった。いったん上がった速度が、また落ち着いてくる。高い山の頂上付近は紅葉が始まっている。山肌の斜面に低い木が整列する。蜜柑畑のようだ。オレンジ色の実がたくさんついていた。

斜面にミカン畑、山の上の木が色づく
ひと山越えたところに盆地があって田畑が広がっていた。町中に入り卯之町に停車。線路の近くの公園に赤く色づいた木もある。日当たりが良い方が広葉樹の色づきは早いかもしれない。この路線は8年前の春に乗っている。景色に既視感がない理由は、季節の違いか記憶力の乏しさか。いずれにしても飽きないことは良きことである。

遠くに漁村が見える。手前はミカン畑
また山の中を行く。標高は高く、トンネルを過ぎると遠くに海沿いの集落が見えた。駅のない小さな村である。魚は捕れるとして、どんな暮らしをしているかと思う。やがて下り坂となって町がある。伊予吉田駅に着いた。また山奥に分け入って、こんどはかなり大きな町に出くわした。宇和島市であった。11時31分宇和島駅着。定刻である。

宇和島駅。この風景は8年ぶり
昼飯時だし大きな街もある。しかし私は改札を出ない。予土線の次の列車は6分後の11時37分。これを逃すと、次の終点窪川行きは4時間後だ。運行本数が少ない上に、興味深い列車が3本もある。これから予土線を行ったり来たりして宇和島に戻ってくるつもりだ。
予土線はJR四国で最も乗客が少なく、県庁所在地駅から遠い。JR四国にとっては奥座敷というか離れというか、観光客としては乗りにくい路線である。しかし、江川崎から窪川までは四万十川に沿い、ここ宇和島から江川崎までの間も、ほぼ四万十川の支流に沿っている。つまり、予土線は日本の原風景のような景色を楽しめる路線として知られている。
その予土線に、JR四国は次々にユニークな列車を走らせた。まずはトロッコ列車だ。1984年から清流しまんと号として、貨車を改造したトロッコ客車と気動車の組み合わせで運行を開始した。昨年(2013年)から水戸岡英治氏によってデザインが一新されて、黄色の明るい色になった。

しまんトロッコ
伝統的なトロッコ号に加えて、2011年から海洋堂ホビートレインが走り始めた。普通列車として運行する気動車だけど、車内に大きな飾り棚を置いて、海洋堂のフィギュアを展示している。外装も特別な絵が描かれている。海洋堂の創業者が沿線の出身で、生地に海洋堂ホビー館四万十をオープンした。そのタイアップ列車である。
海洋堂といえば精巧なミニチュア人形で有名だ。それまでアニメや模型好きの趣味だったミニチュア人形のメーカーとして知る人ぞ知る会社だった。それをお菓子のオマケとしたところ、従来のオマケのおもちゃの常識を覆すほどの精巧さで大人気となった。ミニチュア人形ではなく、フィギュアという名前が定着し、コレクターもたくさんいる。予土線はフィギュアファンにとって巡礼先のひとつになった。

海洋堂ホビートレイン
もうひとつは鉄道ホビートレインだ。半年前から走り始めた。一般型の気動車に大きな飾りを取り付けて、新幹線のような表情とした。車内には鉄道模型を飾っている。新幹線開業50年と、新幹線に尽力した四国出身の十河信二を記念して運行を開始した。真四角な気動車をむりやり新幹線風の外装としたため、かなり違和感がある。ニセ新幹線にもほどがある。しかしこれは大きな話題になった。鉄道ファンのみならず、新幹線を知る多くの人に粋な冗談として受け入れられた。
JR四国は予土線に、黄色いしまんトロッコ、海洋堂ホビートレイン、鉄道ホビートレインを投入し、予土線三兄弟として宣伝している。今日はそのすべてに乗るつもりだ。だから予土線を行ったり来たりという行程を組んでいる。そして予土線に乗れば、私はJR四国の踏破となる。

鉄道ホビートレイン
……と、いうわけで、宇和島駅で食事も取らず、6分の乗り継ぎで予土線に乗車する。しかし、トロッコでもフィギュアでもニセ新幹線でもなく、国鉄時代に作られたキハ32形という気動車である。宇和島駅発のトロッコ列車は1時間ほど前に出発しており、伊予灘ものがたりに乗ってしまうと間に合わない。そこで、まずは普通の気動車で終点の窪川駅へ行き、折り返すトロッコ列車に乗る算段だ。
そのトロッコ列車は途中の駅の江川崎で降りて、こんどは鉄道ホビートレインで窪川に戻る。そのまま鉄道ホビートレインで折り返し、近永という駅で折り、逆方向の海洋堂ホビートレインに乗って江川崎。そこから普通列車で宇和島に戻ってくる。今日は宇和島に泊まる。それまで食事をする場所はない。なにかの修行のような行程になった。

改造されていないキハ32形
最初の列車は普通の気動車だけど、これはこれでいい。列車の内外装にとらわれず、景色に気持ちを向けられる。海洋堂ホビートレインと鉄道ホビートレインは、このキハ32形の改造車だ。改造される前の車両を見聞しておけば、改造車両と比較できる。
いずれにしても、今日は観光列車の日だ。伊予灘ものがたりと予土線三兄弟に乗ろうと欲張ったらこうなった。人生は行ったり来たりの繰り返し。予土線も行ったり来たりの繰り返し。
ちなみに、雪男、行ったまま帰らぬ、行き男、と言う言葉もある。これは所ジョージさんの名言だ。ふだんの私の旅はこちらに近い。

予土線を行ったり来たり。黄色い網掛けが乗車予定の列車、黒線が普通車両、
青線が鉄道ホビートレイン、紫線が海洋堂ホビートレイン、オレンジ線がトロッコ
-…つづく
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