第300回:流行り歌に寄せて No.105 「恋の山手線」~昭和39年(1964年)
山手線(やまのてせん)の新駅設置、その品川駅、田町間にできる30番目の駅名が何になるのか、鉄道ファンならずとも関心を持つ人は少なくない。
2020年度までに設置が予定されているが、昭和46年(1971年)4月20日、日暮里駅、田端駅間に29番目の山手線駅として西日暮里駅が誕生して以来のことであるから半世紀ぶりの話である。また、その年の3月7日には、「やまてせん」などとも呼ばれていた路線名を「やまのてせん」に統一している(今回の曲のタイトルは、発表されたのが統一の7年前のことでもあり『こいのやまてせん』になっている)。
私が上京したのは昭和49年、その時はすでに西日暮里駅は存在していたので、上京以来初の新駅誕生はやはり何となく心躍る出来事である。その駅名は公募されるとのことだが、現在のところアンケート調査では『高輪駅』というのが最も人気があるようである。以下、『新品川駅』『港南駅』と続いている。
上京したての頃は、お上りさんの嗜みとして、意味もなく山手線をぐるりと一周したものだが、新駅が設置されたら、もう一度そんなことをしてみたい気もする。
「恋の山手線」 小島貞二:作詞 浜口庫之助:作曲 小林旭:歌
上野オフィスのかわいい娘 声は鴬 谷わたり
日暮里笑ったあのエクボ 田端ないなア好きだなア
駒込したことアぬきにして グッと巣鴨がイカすなア
始め大塚びっくりに デートさそいに池袋
ところが男が目白押し そこを何とか連れ出して
高田のバーで酔ったとき 胸の新宿うちあけた
あぁ ああ恋の山手線
代々木泣くのはおよしなさい 原宿ならば食べなさい
渋谷顏などいやですわ 顔は恵比寿にかぎります
目黒のさしみか天ぷらで あたし五反田いただくわ
〈女性コーラス〉
きょうはあなたの給料日 まず大崎は買いものよ
どの品川がいいかしら 田町が宙に浮くようね
無理な新橋かけないわ うんと有楽町だいな
あぁ ああ恋の山手線
素っ東京なことばかり 何だ神田のむだづかい
ボクはいささか秋葉原 御徒な恋だといわれても
山手花咲く日も近い 青くホームに灯がゆれる
あぁ ああ恋の山手線
この曲は、もともとは柳亭痴楽のネタ『痴楽綴方狂室』の中の『恋の山手線』(こちらは『こいのやまのてせん』)のオマージュとして、痴楽と親しい小島貞二が詞を書いている。但し、痴楽のクレジットがどこにもないことの経緯は不明である。
有名な痴楽の作品は最後に記すが、そのまま転用したもの、かなり形を変えたものの両方がある。一番の大きな違いは痴楽の方が失恋で終わるのとは逆に、小林旭の方は恋の成就を予感させる終わり方になっている点である。
作詞家の小島貞二は、名門旧姓豊橋中学校を卒業してから上京、最初、漫画家を目指していたがその身体の大きさから出羽海部屋に入門し、戦前のある時期力士であったという珍しい経歴を持つ。
終戦後はスポーツ・芸能の新聞記者となり、噺家などの芸人や、角界、プロレス業界に多くの知己を得ている。私たちの世代には、女子プロレスの解説のおじさんとして親しまれていた。
さて、駄洒落で山手線を一回りしていくこの曲、できた時は西日暮里駅が存在しなかったため登場しないのは当然だが、歌詞に乗せにくかったのか、新大久保駅と浜松町駅も除かれている。痴楽の方は全駅が紹介され、西日暮里が設置された後は、下に示す通り律儀にも( )内の言葉を加筆している。
何とかこの曲の駄洒落を読み解くことができたが、どうしてもわからない箇所はネット上のアンチョコを参照にしてみながら考えてみた。以下、何箇所か。
胸の新宿→胸の心中
代々木なく→よよと泣く
田町が宙に浮く→魂が宙に浮く
有楽町だいな→遊楽頂戴な(遊んで楽しんで頂戴な)
小林旭は、この後『自動車ショー歌』も歌い、今度は駅名ではなく車の名前を駄洒落でつなぎ合わせている。こちらは車好きな方ならほとんど理解できるのではないか。
最後に、参照のためにご本家、痴楽の方を載せておきたいと思う。これは、私が敬愛する会社時代の上司の方が、酔って興が乗るとよく披露してくださった。実に楽しそうに語ってくれたあの独特の節回しを、ぜひまた聴いてみたいものである。
『痴楽綴方狂室・恋の山手線』
上野を後に池袋 走る電車は内回り 私は近頃外回り
彼女は奇麗な鶯芸者 日暮里笑ったあの笑窪
(西日暮里と濡れてみたいが人の常)
田端を売っても命がけ 思うはあの娘のことばかり
わが胸の内駒込と 愛の巣鴨へ伝えたい
大塚なびっくり度胸を定め 彼女に逢いに池袋
行けば男が目白押し
そんな女は駄目だよと 高田馬場や 新大久保のおじさんの意見でも
新宿聞いては居られません
代々木なったら家を出て 原宿へったと渋谷顏
彼女に逢えれば恵比須顔
親父が生きてて目黒い内は 私も幾らか五反田
大崎真っ暗恋の鳥
彼女に贈るプレゼント どんな品川良いのやら
田町も宙に踊るよな 色よい返事を浜松町
その事ばかりが新橋で 誰に悩みを有楽町
思った私が素っ東京
何だ神田の行き違い 彼女はとうに秋葉原
本当に御徒な事ばかり 山手は消えゆく恋でした
-…つづく
第301回:流行り歌に寄せて No.106
「新妻に捧げる歌」~昭和39年(1964年)
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