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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第271回:流行り歌に寄せて No.81 「スーダラ節」~昭和36年(1961年)

更新日2014/12/04

もう何十年も前のことで、詳しい年代はよく覚えていないが、確か私が二十歳前後だったので、昭和50年の初頭の頃の話である。

デパートの食堂だったと記憶しているが、休日だったのかその店は大変混み合っていた。4人テーブルしか空いていなかったのだが、私が座ったすぐ後に、店員の方が相席を依頼してきた。状況上いたしかたないので快諾すると、当時の私より少し年齢が上だと思われる小柄な男性が席に着いた。

運ばれるものを待っている間に、先方から少しずつ話しかけてきたのだが、そのうちにふと、「植木等って人知ってますよね?」と言い出した。その時代、クレージーキャッツを知らない人は世の中にいない。「もちろんです」と答えると、彼は語り出した。

「実は、僕は以前、植木さんの付き人をしていたんですがね。以前から見た目のようなC調の雰囲気の人でないことは聞いていたんですが、もう大真面目で几帳面で、それは厳しい人でした。大変だったですよ。僕なんか2ヵ月で馘になってしまって。決して悪い方でなく、意地悪をされたなんてことはなかったけれど、とにかく難しい人でした。付き人止めて良かったと思っています」。

そのうちに食べ物が運ばれてきて、お互いに黙々とそれを平らげ、先に食べ終わった方が、「それでは、お先に」と席を外した。わずか十数分の時間だったが、植木等という名前を聞くと、遠い昔に会った彼のことを真っ先に思い出す。

植木の付き人といえば、小松政夫が有名だが、その頃はもう芸能界にデビューしていたから、件の彼の先輩に当たる。今、資料など見ながら思い起こすと、その時代はちょうど、元ヒップアップの島崎敏郎が付き人をしていた頃だという気がする。

「スーダラ節」 青島幸男:作詞 萩原哲昌:作曲 ハナ肇とクレージーキャッツ:歌

1.
チョイト一杯の つもりで飲んで

いつの間にやら ハシゴ酒

気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝

これじゃ身体(からだ)に いいわきゃないよ

分かっちゃいるけど やめられねえ

※ア ホレ

スイスイ スーダラッタ スラスラ スイスイスイ

スイスイ スーダラッタ スラスラ スイスイスイ

スイスイ スーダラッタ スラスラ スイスイスイ

スイスイ スーダラッタ スーララッタ スイスイ

2.
ねらった大穴 見事にはずれ

頭かっときて 最終レース

気がつきゃ ボーナスァすっからかんのカラカラ

馬で金もうけ した奴ぁないよ

分かっちゃいるけど やめられねえ

(※ 繰り返し)

3.
一目見た娘(こ)に たちまちホレて

よせばいいのに すぐ手を出して

ダマしたつもりが チョイとだまされた

俺がそんなに もてる訳ゃないよ

分かっちゃいるけど やめられねえ

(※ 繰り返し)


件の付き人の話で私は初めて知ったのだが、とにかく植木等という人は真面目な人だったと聞く。この青島幸男作詞の『スーダラ節』を与えられたときも、これを歌えば己というものが変わってしまうのではないかと悩み、歌うことを躊躇して、浄土真宗の僧侶である実父にも相談したらしい。

それを受けて返ってきた父親の言葉が、「『わかっちゃいるけどやめられない』は、人類が生きている上で抜けられない概念で、親鸞の教えに通じる言葉である。迷わずに歌いなさい」と諭すものであり、植木が歌手として生きていく上での指針となったことは、今では多くの人が知るところである。

そして、この歌をきっかけに作られたクレージーキャッツの映画『ニッポン無責任時代』『日本無責任野郎』の「無責任シリーズ」に始まり、『日本一の色男』からの数多くの「日本一シリーズ」は、映画界の歴史に残る大ヒットになった。

少し寂しい話を書けば、その植木等が亡くなってすでに7年が経つ。リーダーのハナ肇は21年前、石橋エータローは20年前、安田伸は18年前、谷啓は4年前、桜井センリも一昨年この世を去っている。

『スーダラ節』、作詞家の青島幸男は8年前、クレージーキャッツの元メンバーでもあった、作曲家の萩原哲晶(こちらの方が正しく『スーダラ節』などに書かれた哲昌は誤表記であるという)に到ってはすでに30年前に故人になっていた。

私たちの少年時代から青年時代にかけて、コメディー界を牽引してきた『ハナ肇とクレージーキャッツ』のメンバーは、今は犬塚弘さんしかいなくなった。私は以前、ウッド・ベースを少しだけかじっていたことも手伝い、その飄々としてどこか品性のある風貌の犬塚さんが、実はメンバーの中で一番好きな人である。

現在85歳、精力的にお仕事をされているようである。まわりに誰もいなくなった途方もない寂しさを感じていらっしゃると思うが、これからもずっと健やかな日々をお過ごしいただきたいと、心から願っている。

-…つづく

 

 

第272回:流行り歌に寄せて No.82 「王将」~昭和36年(1961年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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