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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第256回:流行り歌に寄せて No.66 「潮来花嫁さん」~昭和35年(1960年)

更新日2014/04/24

私が小学生の頃、病院に診察に行ったときに見ていた『アサヒグラフ』や『毎日グラフ』に、よく"水郷"の写真が掲載されていた。

自分たちは普通に道路を歩いたり、バスに乗ったりして気楽に移動できる。けれども、水郷と呼ばれる土地に住む人々は、いちいち船で移動するのだから、それは大変なことだと思ってみたり、反面そんな生活も一度はしてみたいなと憧れたりしていたのである。

この歌が歌われていた頃は、利根川下流域から霞ヶ浦にかけて、千葉県香取市、茨城県潮来市あたりの低湿な地域では、江間(えんま)と呼ばれる水路が縦横に張り巡らされていて、水田や一般生活の用水路として利用されていたらしい。

また前述の人の移動や、荷物の運搬にはその江間の水上で"サッパ舟"と呼ばれる舟が使われていた。その名前の由来は、①舟の形が笹の葉の形に似ていることから、②田圃の端で作業する舟の田っ端(タッパ)舟が変化して、③作場田(サクバタ)舟が訛って、という三説があるらしい。

その後、長い年月をかけて大規模な土地改良工事が行なわれ、現在では道路がしっかりと敷設され、用水路も整理されて、整然とした水田地帯を形成している。

毎年5月下旬から6月下旬までの1ヵ月以上に亘って行なわれる『水郷潮来あやめまつり』の中の"水郷潮来花嫁さん(嫁入り舟)"は、当時の嫁入りと同じくサッパ舟を使って花嫁と嫁入り道具が運ばれている。祭りの中の一イベントとして形を変えつつも、その伝統は継承され、大きな人気を博しているようである。


「潮来花嫁さん」 柴田よしかず:作詞 水野富士夫:作曲 花村菊江:歌 
1.
潮来花嫁さんは 潮来花嫁さんは 舟でゆく

月の出潮を ギッチラ ギッチラ ギッチラコ

人のうわさに かくれて咲いた

花も十八 嫁御寮

2.
潮来花嫁さんは 潮来花嫁さんは 舟でゆく

夢をいだいて ギッチラ ギッチラ ギッチラコ

好きなあの人 東京育ち

私しゃ潮来の 水育ち

3.
潮来花嫁さんは 潮来花嫁さんは 舟でゆく

花の都へ ギッチラ ギッチラ ギッチラコ

別れ惜しむか よしきりさえも

泣いて見送る 葦のかげ


作詞の柴田よしかず、作曲の水野富士夫の両氏は、今回私が調べた限りでは、この作品以外に世に出た曲は見当たらない。この時代のヒット曲のほとんどは、名前の知れた作詞作曲家たちの手によるものであるだけに、これは極めて希なケースだと言える。

歌手の花村菊江は、昭和30年に行なわれた『第6回コロムビア全国歌謡コンクール』で入賞し、コロムビアの専属歌手となり、昭和31年に17歳にして『いつも貴方のことばかり』でデビューした。

翌昭和32年の『花の奴さん』でスマッシュ・ヒットするが、やはり彼女の名前を全国に知らしめたのは、昭和35年に出したこの『潮来花嫁さん』であろう。この曲で同年大晦日のNHK紅白歌合戦初出場を果たす(翌年も『木曽の花嫁さん』で連続出場)。

彼女自身は東京の生まれであるが、この歌から生涯に亘り、潮来との縁が続くことになる。その後も『潮来の雨』という曲を出したり、『潮来花嫁さん』発売から40年後の平成12年(2000年)には『潮来母情』をリリースしたりしていて、その結びつきの深さを感じさせる。

平成17年10月には、潮来市前川あやめ園にある三角ポケット公園に『潮来花嫁さん』の記念碑が建てられた。

また、震災からわずか3ヵ月後の平成23年6月12日、潮来市にて東日本大震災のチャリティーコンサートを開催した際、彼女は73歳にして前述の潮来シリーズなどを元気に披露して喝采を浴びた。

しかし、その年の秋の9月18日"水郷いたこ大使"としてイベントに出席する予定だったが、当日の朝自宅で倒れているのを家族に発見され世田谷区内の病院に緊急搬送されたが、その後一度の意識回復もないまま、9月29日に息を引き取った。くも膜下出血であった。

潮来市の?田千春市長は訃報に接し、「潮来を心から愛していた花村様を失い、市民にとっても大きな悲しみとなります」とコメントし、同年の12月11日には、市と水郷潮来観光協会が共催して、「ありがとう菊江さんーー花村菊江さん感謝の会」を開いている。

当日の祭壇には、彼女の遺影を包み込むように、多くの美しいあやめと野菊の花が飾られたという。

-…つづく

 

 

第257回:流行り歌に寄せて No.67 「雨に咲く花」~昭和35年(1960年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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