第276回:流行り歌に寄せて No.86 「遠くへ行きたい」~昭和37年(1962年)
「遠くへ行きたい」と、ふと思うことがたびたびある。私のように、完全に定着型の仕事をしていると、どこかフラッと一人旅をしたいという衝動に駆られるのである。
一人旅、していないなあ。16年前に行ったスコットランド旅行以来、その機会はなかった。二泊三日でいい、人並みに命の洗濯というのに出掛けたいものである。どこか知らない地をゆっくりと歩く、そんな時間が欲しい。
さてこの曲は、昭和37年、NHK総合テレビ『夢であいましょう』の中の、5月の『今月のうた』として、当時21歳のジェリー藤尾が歌ったもので、同番組で紹介された『上を向いて歩こう』から半年後に発表されたものだ。レコードは翌月、東芝レコードから発売されている。
このシングル・レコードのジャケットが良い。モノクロ写真で、三日月の夜、どこかの波止場の埠頭に座りじっと水面を見つめるジェリーの姿が、浮かび上がるように映し出されている。
どこか寂しげで哀愁を誘うジェリーの歌い方は、彼が中学1年生の時に若い英国人の母親を自殺で失い、その後父親にも見放され、愚連隊に入るなど、荒んだ生活を余儀なくされた波乱に満ちた青年期の生き方が、影を落としているのかも知れない。
その後、昭和39年には歌手の渡辺トモコと結婚、可愛い二人の女の子をもうけ、家族で多くのテレビ番組にも出演して、お洒落で明るく暖かい家族像を私たちに披露し、憧れの対象となっていた。けれども、それはかなり凄惨な形で破局を迎える。
なぜか、この人からは寂しげな影が離れていかない気がしてならない。しかし74歳になった現在でも、精力的に音楽活動、福祉活動を行ない、毅然とした姿勢で生きていられるのは、その影を凌駕する、この人の旺盛な生活力によるものだろう。
「遠くへ行きたい」 永六輔:作詞 中村八代:作曲 ジェリー藤尾:歌
知らない街を 歩いてみたい
どこか遠くへ 行きたい
知らない海を ながめてみたい
どこか遠くへ 行きたい
遠い街 遠い海
夢はるか 一人旅
愛する人と めぐり逢いたい
どこか遠くへ 行きたい
愛し合い 信じ合い
いつの日か 幸せを
愛する人と めぐり逢いたい
どこか遠くへ 行きたい
ところでこの曲は、昭和45年10月4日(大阪万博閉幕直後)から始まった、読売テレビ制作のテレビ番組『遠くへ行きたい』のテーマ曲でもある。多くの人々は、こちらの方でこの曲を知ったことだろう。
このテーマ曲、実にいろいろな人が歌っている。さすがにWikipediaは事細かく紹介しているが、それを丸写しするのは、芸もなく気が引けるので、その人のヒット曲など短いコメントを付けて、ここにご紹介したいと思う。
昭和45年10月~ (初代)『いい湯だな』『鉄人28号』のデューク・エイセス。編曲は山本直純
46年4月~ 作詞をした永六輔
46年10月~ 『雨が空から降れば』の小室等率いる、伝説のフォーク・グループ、六文銭
及川恒平、四角佳子などが在籍していた
47年4月~ 『北帰行』『惜別の唄』の小林旭
47年10月~ 東京藝術大学声楽科の卒業生によるプロの合唱団、東京混声合唱団
48年4月~ 『翼をください』『竹田の子守唄』の赤い鳥
49年1月~ 六文銭と共演した『出発(たびだち)の歌』、『だれかが風の中で』の上条恒彦。編曲は前田憲男
49年4月~ ジャズ歌手で、西岡恭三の『プカプカ』のモデルとなったとされる安田南
49年10月~ 『星はなんでも知っている』などを歌い、後に作曲家になった平尾昌晃と、
彼の作曲による『旅愁』を歌った西崎みどりによるデュエット
50年4月~ 隠れたフォークの名曲『旅路』を歌ったグループ、風車(かざぐるま)
51年4月~ 早稲田大学グリークラブ出身のボーカル・グループ、ボニー・ジャックス
51年10月~ 『青春時代』の森田公一とトップギャラン。編曲も森田公一
56年4月~ 『とまどいトワイライト』の豊島たづみ
56年7月~ 日本テレビ『スター誕生!』出身のアイドル歌手、鯨井ゆかり
57年4月~ 金田一耕助がはまり役の俳優、古谷一行
57年10月~ 『迷い道』『かもめが翔んだ日』の渡辺真知子
60年10月~ 『結婚するって本当ですか』のダ・カーポ
平成2年10月~ 『ロマンス』『聖母たちのララバイ』の岩崎宏美
6年1月~ モンゴル出身の女性シンガー・ソングライター、オユンナ
原曲は4拍子だが、姫神により3拍子に編曲されて歌われた
10年5月~ 『津軽海峡冬景色』『天城越え』の石川さゆり
12年10月~ 『雨やどり』『関白宣言』のさだまさし
16年3月~ 『ワダツミの木』の元ちとせ
17年5月~ 『この広い野原いっぱい』『さとうきび畑』の森山良子
23年1月~ 『ひとり咲き』『SAY YES』を歌ったチャゲ&飛鳥のChage
24年12月~ 『ハナミズキ』の一青窈
後半はコメントの必要はまったくない感じだったが、とりあえず記してしまったが、シンガーを具に見ていくと、その時代時代の風を感じることのできる顔触れが多いことに気付く。この番組の他に石原裕次郎や尾崎紀世彦、ちあきなおみ、香西かおりなどのカヴァーがあることが、件のWikipediaには書かれてあった。
私自身は渥美清によるカヴァーが、大変に好きである。曲の冒頭、こんなつぶやきの台詞がある。
「どっか行きたい でも、どこ行っても すぐ飽きちゃうんだよな こんなこと言って 歳とっていっちゃうんだ」
すぐに飽きるほどどこにも行っていない自分にとっても、心に沁みる言葉である。
-…つづく
第277回:流行り歌に寄せて
No.87 「いつでも夢を」~昭和37年(1962年)
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