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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第266回:流行り歌に寄せて No.76 「銀座の恋の物語」~昭和36年(1961年)

更新日2014/09/25

「東京で一つ 小岩で一つ」「東京で一つ 練馬で一つ」「東京で一つ 蒲田で一つ」「東京で一つ 竹の塚で一つ」。

今夜も『パピヨン』という名のクラブで、または『人来夢』という名のスナックで、あるいは『男爵』という名のおかまバーで、必ずこうして歌われているであろう、デュエット曲の定番の中の定番である。

石原裕次郎という人については、私などには語る言葉を一切必要としない大スターであるから、おそらくこの後にも彼のことについて触れることはないと思う。

作詞家の大高ひさをのことは、以前このコラムのエト邦枝『カスバの女』の項で少しだけ書いたと思う。他にも淡谷のり子、田端義夫、菅原都々子などに詞を提供している。

「懐かしい 懐かしい あのリズム エキゾチックなあの調べ オリエンタルの謎を秘め 香るカレーよ 夢の味」という、まさに懐かしすぎるあの『オリエンタルカレーの歌』も大高の手による作品である。

作曲家の鏑木創(はじめ)は、主に映画音楽で活躍している人で、『悪名』シリーズや『必殺仕掛け人』などの作品の曲を書いている。歌謡曲の方も、裕次郎を始め、勝新太郎、渡哲也、小林旭、宍戸錠など、硬派なアクションスターたちに曲を提供しているようだ。

「銀座の恋の物語」 大高ひさを:作詞  鏑木創:作曲  石原裕次郎 牧村旬子:歌  
1.
(女)心の底まで しびれるような

(男)吐息が切ない ささやきだから
 
(女)泪が思わず わいてきて
 
(男)泣きたくなるのさ この俺も

(一緒)東京で一つ 銀座で一つ 若い二人が 始めて逢った
   
真実(ほんと)の恋の 物語

2.
(女)誰にも内緒で しまっておいた
 
(男)大事な女の 真心だけど
 
(女)貴男のためなら 何もかも
 
(男)くれると云う娘(こ)の いじらしさ

(一緒)東京で一つ 銀座で一つ 若い二人の 命をかけた
   
真実(ほんと)の恋の 物語

3.
(女)やさしく抱かれて 瞼をとじて
 
(男)サックスの嘆きを 聴こうじゃないか
 
(女)灯りが消えても このままで
 
(男)嵐が来たって 話さない

(一緒)東京で一つ 銀座で一つ 若い二人が 誓った夜の
   
真実(ほんと)の恋の 物


さて、裕次郎のデュエットのお相手、牧村旬子。あまりにも有名な『銀恋』なのにもかかわらず、意外にもこの女性歌手のことはあまり知られていないのではないか、私は前からそう思っていた。

彼女は昭和19年12月6日に大阪で生まれている。デビュー時は、牧村旬子と書いて、「まきむらみつこ」と読ませていた。その後は、牧村純子(まきむらじゅんこ)、そして再び牧村旬子に戻るが、今度は「まきむらじゅんこ」と読ませ、現在もこの芸名である。

『銀座の恋の物語』が世に出たのが昭和36年3月ということだから、彼女がまだ16歳と3ヶ月の時である。7歳の頃からジャズやシャンソンを歌って米軍キャンプ回りをしていたというが、それにしてもこのムード歌謡が16歳の女の子の声なのには、ただただ驚いてしまう。

同年、ピエトロ・ジェミニの映画『刑事』のテーマ曲『死ぬほど愛して』のカヴァーでテイチクレコードからデビューを果たして間もなく、大スターとのデュエット曲吹き込みのチャンスが訪れた。

ある日突然、日活のスタジオに呼ばれてレコーディングが行なわれたという。ちょうど10歳年上、当時26歳の裕次郎とはその時が初対面、2回ほどの練習で吹き込んでしまった。

洋楽ばかり聴いていて、日本の音楽や映画にまったく興味を持たなかった彼女にとって、裕次郎はそれ程関心を持つ存在でもなく、「この人が石原裕次郎か」と思っただけらしい。(以上のレコーディングの様子は『キタガワレコード』のインタビューを元に書かせていただいた)

そのレコーディングの日からすでに半世紀以上が経過しているが、彼女はいくつかレコード会社を変えつつも地道に歌い続け、今年古稀を迎える現在でも精力的に活動している。6年前の平成20年には自身のベスト・アルバム『振り向いてmy life』 をリリースした。

裕次郎がこの世を去って27年、永遠の銘デュエット曲を歌ったそのお相手は、地味ではあるがしっかりと自分の道を歩き続けているのである。

-…つづく

 

 

第267回:流行り歌に寄せて No.77 「北上夜曲」~昭和36年(1961年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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