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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第294回:流行り歌に寄せて No.99 「こんにちは赤ちゃん」~昭和38年(1963年)

更新日2015/12/17

この曲のタイトルを聞くと、すぐに思い浮かべてしまう懐かしい思い出がある。
それは、私が愛知県の小さな町で高校生だった頃の家の近くでの風景である。毎日午後の4時頃になると、近くにやってくる移動食料品店があった。軽トラックにお米、野菜や肉、ラーメンやうどん・きしめん、パンやお菓子などかなりの数の食料品を積み込み、決まった場所に駐車して販売をしていた。

その移動食料品店の名前が「あかちゃん」と言い、毎回毎回その訪れを知らせるように、スピーカーからそれなりの大音量で、この『こんにちは赤ちゃん』を流し続けていたのだ。同じテープを何度となく掛けているので、音はすり減り、割れてしまっていて、すでに梓みちよの声かどうかさえ分りにくくなっているのだが、私の記憶の限りでは一度も新しいものに変えたことがなかった。

この時は、随分古い曲をかけていると思ったものだが、昭和47、48年頃の話だから、レコード発売からまだ10年が経過しているかどうかという時期だと改めて気づいた。同じ10年と言っても、自分の年齢によって感じる長さが大きく異なるものである。今10年前と言ったら、ついさっきの出来事のような気がする。

今回、この「あかちゃん」という店について詳しく思い出したかったので、郷里近くに住む妹に話を聞いてみたが、まもなくその店は移動店を止め、近くの場所を借りて食料品店を開いたのだと言う。「あかちゃん」という店名は変わらないが、そちらになってからは、あらゆる食料品を置くというよりも、どちらかと言えば八百屋さんの色彩が強くなったそうだ。いずれにしても、もう40年以上前の話である。


「こんにちは赤ちゃん」 永六輔:作詞  中村八大:作曲  梓みちよ:歌


こんにちは赤ちゃん あなたの笑顔

こんにちは赤ちゃん あなたの泣き声

この小さな手 つぶらな瞳

はじめまして わたしがママよ


こんにちは赤ちゃん あなたの生命(いのち)

こんにちは赤ちゃん あなたの未来に

この幸福(しあわせ)が パパの希望(のぞみ)よ

はじめまして わたしがママよ


ふたりだけの 愛のしるし

すこやかに美しく 育てといのる


こんにちは赤ちゃん お願いがあるの

こんにちは赤ちゃん ときどきはパパと

ホラふたりだけの 静かな夜を

つくってほしいの おやすみなさい


お願い赤ちゃん

おやすみ赤ちゃん わたしがママよ


この曲については、作曲者の中村八大の第一子誕生の際、作詞者の永六輔が「子どもを初めて持った父親の心情」をイメージして詞を書き上げ、中村にプレゼントしたということである。これは、かなり有名な話だ。

考えてみれば、10ヵ月に及び自分の胎内に宿らせ、ずっと一身同体の体験を続けてきた母親が「こんにちは赤ちゃん はじめまして わたしがママよ」という発想は、持たないだろう。何だか実のところ得体が知れないが、突然我が子として目の前に現れてきた赤ちゃんに、照れくさい思いをしながら「やあ、はじめまして」とあいさつなどするのは、間違いなく父親の方である。

それを、まだ未婚であり、20歳になるかならずの梓みちよが歌ったのには、それなりの背景があったのだろう。最初、永が作った父親心情版を母親に書き換え、NHKの人気バラエティー番組『夢であいましょう』の昭和38年7月の『今月のうた』で彼女の歌唱で発表したところ、大好評であった。

当時、視聴者へのサービスとして行なわれていた「譜面プレゼント」の、この曲への応募数が週に1万件を超えたという。(そう言えば、NHKはこの譜面を送るという方法をよく取っていた。『みんなのうた』のこのプレゼント、今でもあるのだろうか)。

そして、同年11月1日『こんにちは赤ちゃん』はキングレコードから発売されると、100万枚を超える、まさにミリオンセラーの大ヒットとなった。さらに、リリースから驚くほどの短期間で、いきなり第5回レコード大賞を受賞、そして第14回NHK紅白歌合戦にも出場を果たす。

大人気は翌年になっても加速され、昭和39年高校野球春のセンバツの開会式入場行進曲に使用される。さらに『上を向いて歩こう』(スキヤキ)のヒットに乗じて、英国のレコードメーカーを介して梓のオリジナルが世界で発売されることになった。

そして、同年5月に椿山荘で開かれた学習院初等科同窓会で、梓は当時63歳だった昭和天皇の前で『こんにちは赤ちゃん』を披露することになる。天皇が「第18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します」と宣言する7ヵ月前の出来事である。

そして同年、東宝、日活の2社がそれぞれ、曲と同タイトルで映画化する。東宝の方は松林宗恵監督。梓みちよが登場し、実際に劇中で彼女が主題曲を披露している。梓の所属する渡辺プロの後押しが反映された映画である。一方の日活版は井田探監督。永六輔、中村八大が原作者となり、主題曲はコーラスというスタイルをとっている。

さて、国民愛唱歌とも言える『こんにちは赤ちゃん』で華々しいヒットを飛ばした梓だが、その後はいわゆる波乱万丈の人生を経験し、この大ヒット曲を、「今の自分とは、あまりにかけ離れている」という理由でステージでは一切歌えなかった、かなり長い時期があったという。

けれども平成14年、自身の40周年記念コンサートでのアンコール曲を機に、再びこの曲の素晴らしさに心打たれ、何十年ぶりかに歌が口をついて出てきた。その後は、必ずすべてのステージで歌っている。

平成4年に中村八大が亡くなり、その年のNHK紅白歌合戦に久しぶりに梓は出場し、中村を偲びつつこの曲を歌った。しかし、それから数えてさえ10年のブランクがあったのだ。彼女は曲に対して、本当に真摯に向き合ってきた人なのだと、私は思っている。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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