第697回:錦の色の川に沿う - 錦川鉄道 清流新岩国~錦町 -
ワンマン運転士さんの言う通りで、車窓右側の見晴らしは良い。左側は山裾で草木の壁である。清流新岩国の次の駅は守内かさ神という。錦川鉄道が発足してから設置された駅だ。守内は地名で、かさ神は漢字で瘡神と書く。瘡はできもの。特効薬がない時代に治癒祈願として祀られた神社で、全国に見られるという。山裾と田畑に挟まれた駅。
第三セクター化以降に駅を増やす例は多い。国の鉄道から地域の鉄道になった。沿線の人々に便利にするためだ。ここは、さきほど通りがかった線路際の数軒のための駅か。スマホで地図を表示しても、北側に錦川、それを渡る道路だけ。航空写真に切り替えたら、錦川の対岸に集落があった。徒歩10分くらいだろうか。なるほど、まあまあ便利なところに駅ができた。瘡神の社は川とは反対側の山の中だ。
守内かさ神駅。寄せ植えが賑やか
守内かさ神駅の駅名標で、隣の駅名が「せいりゅうしんいわくに」と訂正されている。つまり、御庄駅が清流新岩国駅に改名される前に、守内かさ神駅ができた。名前の変更より輸送サービス改善を優先したとみえる。プラットホーム1本の無人駅だけど、プランターが並び花も咲いていた。駅の周辺の誰かが世話をしているようだ。鉄道は歓迎され、駅も親しまれているようだ。
錦川の谷に稲が育つ
乗降客はなく、列車は申し訳程度に停車して走り出す。青田が広がり、その奥に木立が壁のように並ぶ。そこが川岸との境界で、だんだん田んぼが狭くなり、ついに錦川が現れた。穏やかな流れ。川底に並ぶ石たちが見える。底が浅いか、透明度が高いか。きれいな川だと思う。きっと魚も棲んでいるだろう。しかし釣り人は見かけない。もっと上流に釣り場があるかもしれない。
錦川と併走
いったん川を離れて南河内駅、ふたたび川が現れ、川に沿って大きく曲がって行波駅。谷の奥へ進んで北河内駅。ならば行波駅は河内駅で良いのではないかと思うけれども、地名はそんなに単純なものではないらしい。この地域は行波というし、車窓に岩国行波の神舞という看板が見えた。7年に一度に奉納される神楽で、国の重要無形民俗文化財。錦川の河原に神殿を作り2日にかけて12演目を執り行う。豊作と川の安全祈願だろうか。大切に守られた伝統だ。
7年に一度の神事を示す看板
北河内駅はすれ違い可能な駅だ。発車時刻を過ぎて、運転士さんが車外に出て携帯電話で連絡を取っている。ちょっと慌てている様子だ。車内に戻って、対向列車が遅れていると放送した。ローカル線で多少の遅れはよくあることだ。ぼんやりと、プラットホームの待合ベンチに立てられた掲示板を眺める。錦帯橋へ行けるフリーきっぷのほかにも、2,000円の全線フリーきっぷがある。公式サイトにあったっけ。もっとも、片道960円だから、私のような単純往復だと80円高い。それを見越したか、ポストカード4枚または記念乗車証が付いている。
フリーきっぷとかクリ標語とか
岩国警察署の標語ポスターが2枚。「ゆっクリ走ろう岩国路」「騙されてがっクリするな特殊詐欺」。警察の制帽を被った栗のキャラクターだ。私も考えてみた。「エロサイト クリックするな 罠だらけ」どうだろうか。岩国は「岸根栗」の発祥の地。がんねぐり、と読み、和栗の仲ではもっとも粒が大きいという。栗のお菓子や栗ご飯を見つけたら食べてみよう。栗のブランドを意識したことはなかった。コンビニなどで売っている甘栗は輸入物だろうし。
遅れてきた岩国行き
対向列車が到着した。ヘルメット姿の保線員が同乗していた。こちらの運転士との話を盗み聞きすると、枝が線路に張り出していたため徐行したらしい。定刻より4分遅れで発車。大きな遅れや不通にならなくて良かった。
北河内を発車してしばらく走ると、線路と錦川は接近する。錦川清流線の名にふさわしいルート。その錦川の川面をは先ほどと変わらず美しい。川とずっと寄り添い、よくよく眺めてみれば、川底の石が金色に輝いている。それが鯉の鱗のようである。錦鯉のような派手な色ではないけれども、絹織物の錦の例えはその通り。いままで川の色といえば水の色、そこに映る空や森の色だった。しかしこの川は川底と水面の反射が作る。
鯉の鱗のような錦川
この川は良い眺めですね、と、隣の先生に話しかける。「ダム工事 自然を生かす堤防を作る」という標語を見かけた。ダムが水流を抑えているから、水深が浅くなり、この景観を保っている。
「ダムは批判されることも多いけど、治水や景観のためには必要なんでしょうね」
「私は和歌山にいたんですが、ダムのせいで水害があって、熊野のほうは大変でした」
そうは言っても、彼はダムに守られた川でカヌーを教えるわけだ。川と人の付き合いは難しい。そんな会話の中、子どもたちは誰ともなく「線路は続くよ」の合唱を始めた。楽しそうだ。
岩国発09時58分の列車は観光徐行対象列車として、景色の良いところでゆっくり走る。通勤通学時間帯を避けているから一般利用者に迷惑をかけないという判断だろう。そもそも急ぐ客はクルマを使うのだ。ときどき自動放送で観光案内が行われる。もうすぐ滝が見えるという。
かじかの滝
錦川清流線は「滝が見える鉄道」としても喧伝している。沿線の雑木を伐採しているときに見つけたそうで、車窓から見えるように、そこだけは広めに伐採し、滝に名前をつけて看板を掲げた。滝は二つあるというけれど、一つめは川を見ていて見逃した。川に注ぐ滝だから。川とは逆、車窓左側にある。左側の車窓に注目。二つ目は見えた。子どもたちが「ちっちゃいよナ」とはしゃぐ。名物と言うからには、もっと大きな名瀑を期待したのだろう。私もそうだ。子どもは正直に反応する。
元気な子どもたちは南条駅で降りて、車内が寂しくなった。錦川の景色は良い。良いけれども眠くなってきた。川の車窓は乗客を安静にする効果があるらしい。不眠で悩む人は訪れるべきだなと、下らぬことを思い始める。すこし車内を歩いてみようか。都会の電車なら広告を掲出する窓上に沿線マップがある。ひと駅ずつ眺めていく。車窓に戻ると、いくぶん川幅が小さくなった。川底は深く、川岸に大きな岩も目立つ。眺め続けていれば変化に気づかなかったかもしれない。車窓はときどき放置したほうがいい。
錦町駅に到着。キハ40形が出迎え
踏切を渡って柳瀬駅。踏切は錦川清流線に二つしかない。一つは川西と清流新岩国の間にある。山陽自動車道をくぐったところだ。なるべく踏切を作らない方針で建設されたけれど、この二つだけは踏切だ。柳瀬駅を出ると左へ曲がって長いトンネルに入り、トンネルを出て錦川を渡ると終点の錦町駅だ。車庫を併設した駅で、構内に国鉄型のキハ40形ディーゼルカーが停まっている。どこかで見た塗装だなと思ったら、正月に烏山線で見た車両だ。そういえばJR東日本から錦川鉄道へ譲渡されたというニュースがあった。遠目に覗くと、車内にテーブルが設置されているように見えた。近々、新たな観光列車が走りだすかもしれない。
錦町駅。観光施設を兼ねる
-…つづく
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