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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第660回:スプリンクラーと併用軌道 - 京阪電鉄京津線 御陵~浜大津 -

更新日2018/04/26


御陵駅は3層構造で、地下1階がコンコース、地下2階が京都中心部方面、地下3階が地下鉄の六地蔵方面と、京阪電鉄京津線方面だ。私は地下2階で降りて、さらに階段を下り、京阪京津線ホームに立った。ほどなく浜大津駅行きの電車がやってきた。地下鉄からの直通電車で、運転士が交代するためちょっと長く停まっていた。先ほどの地下鉄に続いて車内は閑散としていたけれど、私は運転台の後ろに立つ。左側、運転席の後ろの窓だけ遮光スクリーンが降りていて、右側の運転室扉の窓は前方が見える。ここに立てば、地上に降りた瞬間が見られる。

01
地下区間だけどこっちの窓は開いていた

京阪電鉄京津線は、ここ御陵駅と琵琶湖畔の浜大津駅を結ぶ。距離は7.5km。駅の数は七つ。山科盆地と琵琶湖の間にある門のような谷を通り抜ける路線だ。琵琶湖までたどり着いたという感じたけど、御陵駅という起点は半端な位置だ。もともと京津線は御陵駅の西の山を越えて、京阪電鉄三条駅に達していたという。京阪本線と直通し、大阪の天満橋から浜大津まで直通する急行列車もあった。

02
地上に出た。右側に東海道本線

しかし1997年にこの区間を通る地下鉄東西線が開通したため、京阪電鉄は京津線の地下鉄直通運転を選択し、地上の線路を廃止した。1997年といえば、私が会社を辞めてフリーランスになった時期だ。知っていれば乗りに行きたかった。もっとも、当時は無職の不安で、旅に出るゆとりはなかっただろう。

03
京阪山科駅

京津線自体の歴史は古く、開業は大正元年だ。軌道免許で建設され一部は併用軌道だった。つまり路面電車の規格だったから、いまでも軌間は標準軌で車体は細い。ただし車長は長いからスリムな電車に見える。長いと言っても16メートルだから、路面電車より長いとは言え、私鉄の電車としては小さい。それが4両つながっている。大都市近郊用でもなければ、閑散区間用でもない。独特の雰囲気がある。

04
四宮に車庫がある。向こうに東海道本線

トンネルの中だから分岐の具合がよく分からないけれど、電車は私が来た道を逆にたどり、思った通り地上に出た。住宅街、正面に山。右隣に東海道宇本線の線路があって、私の電車はその線路の下を通って南側に出た。こちらの線路と東海道本線の間に墓地があり、さらに進めば駐車場、そして踏切。京阪山科駅に到着した。地下には地下鉄の駅がある。ひと駅戻ったわけだ。

05
道路と並んで太生を通り抜ける

京阪山科を出ると、複線の線路は住宅街に挟まれている。東海道本線の線路は少し遠ざかる。こちらは電車の車庫が現れて、四宮駅に停まった。プラットホームの隣に電車の留置線があり、その向こうに東海道本線が通っている。と、いうことは、東海道本線の車窓から京津線の車庫が見えていたはずだけど、なぜか記憶にない。トワイライトエクスプレスや寝台特急日本海で通ったはず。しかし気づかなかった。山科のサントリーの工場を見ようとしたか。

06
神頼み?

正面に山が現れて、こちらの線路は右へ逸れていく。東海道本線は左へ逸れた。あちらの線路には長大なトンネルがある。こちらは旧東海道に沿った山道である。追分駅を過ぎると、狭い谷に、ここしか通路がないという感じで、高速道路、線路、一般道路がひしめく。勾配がやや大きく、山岳路線のようだけれども、電車はスピードを落とさない。グイグイと気持ちよく登った。

07
急カープにスプリンクラーが設置されていた

左側の高速道路と別れ、こちらは東海道と寄せ合いつつ、カーブを曲がり、トンネルに入った。トンネル出口で東海道も頭上に横切り、線路の左側に降りてきた。細い谷で、道路と線路の位置関係を入れ替わる。このトンネルが分水嶺か、電車は下り坂にさしかかる。こちらの方が急カーブ、急勾配のような気がする。急カーブの場所にスプリンクラーが設置され水を撒いている。カーブで車輪のフランジがレールに擦られ、温度が上がっているのかもしれない。その摩擦を和らげるためのスプリンクラーである。

08
併用軌道を降りていく

道路が二つに分かれ、線路は片方を潜り、もう片方を踏みきりで渡った。先に潜った道路は東海道だ。右に逸れていった。線路は、踏切で渡った道路の西側に並んだ。山を抜けて住宅街。視野が広がる。琵琶湖畔、近江盆地に入った。上栄町の先で、複線の線路がそのまま道路上に続いていく。路面電車のような併用軌道区間だ。しかし、こちらは4両編成。トラックのトレーラーでも見かけない長編成で、それが併用軌道に進入した。どんな景色だろう。降りて眺めたい。しかし、まずは先へ急いでおこうか。

09
路面電車と同じような交差点

さすがに併用軌道で4両編成が停まるような駅はなかった。電車は交通信号にしたがって坂道を降りていき、交差点を右に曲がって、左から来た線路に合流した。ここが浜大津駅。京津線の終点だ。合流した線路は石坂山本線で、こういう形の線路なら直通運転しても良さそうだ。しかし時刻表を確認すると、京津線はすべて浜大津折り返しだった。私を降ろした電車は、いったん先へ進んで引き上げ線に入り、折り返して隣ののりばに入ってきた。

10
私を降ろして引き上げていく電車

※浜大津駅はこの旅の1年半後に「びわ湖浜大津駅」に改称された。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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