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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第653回:満腹トロッコライン - 奥出雲おろち号 1 -

更新日2018/01/18



踏切の警報音が鳴り、側線にいた奥出雲おろち号が動き出した。凸型のディーゼル機関車が2両の客車を後押しして、備後落合方面に進む。青と白、裾が広がった斜め模様が機関車と客車を一体的に見せている。カッコいい。列車は本線上にいったん停まり、プラットホームのある2番線に入り直す。踏切の音が止んだ。

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木次線開業100年記念ヘッドマークで入線

機関車の横で女性の係員が記念写真用のプレートを立てた。しかし誰も来ないので暇そうにしている。お願いして写真を撮ってもらった。女性と並んで撮りたいと思ったけれど、そうするとシャッターを押してくれる人がいない。ひとり旅らしい写真が仕上がる。

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記念写真は私だけ

トロッコ車両の指定席に荷物を置いて、外から車両を見物。凸型機関車は最後尾で、客車を押して進む。機関車の隣は冷房車。12系客車だけど、座席は真四角ボックスシートではなく、リクライニングシートになっている。この車両の指定席は販売されない。雨が降ってトロッコ車両にいられないときのための控え車だ。

最前部がトロッコ車両で、最前部の半分が運転席になっている。ここから後ろの機関車を制御している。もう半分が展望スペースだ。列車全体の動きとしては逆向き推進運転に見えるけれど、前方の眺望に配慮したこちらが正方向になるわけだ。

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トロッコ客車が列車の先頭

振り返ればお客さんが集まっている。親子連れが2組。中年夫婦、私のようなオッサンが8人、和服の老婆4名グループ。乗車率は3割くらいだろう。夏休みが始まったとはいえ、平日だからこのくらいだろうか。採算が心配になるけれど、旅する者としては空いていた方が過ごしやすい。おかげでボックス座席を占領できる。景色に合わせて空席へ移動できる。

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控え車として使う座席車、冷房が効いている

飲み物の自動販売機が故障していた。これは直したほうがいいな、明日の会議で伝えよう。観光列車の物販はビジネスチャンスだ。お財布を持った人を閉じ込めていながら、お金の使い道を提供しないとはもったいない。そんなことを思っていたら、ワゴン販売が始まった。木次乳業という、地元の乳製品製造会社だ。喉が渇くだろうから助かった。低温殺菌牛乳とアイスクリームを買った。テーブルに飲み物と食べ物を揃えて、旅の気分が盛り上がってきた。

後ろのほうからエンジン音が聞こえて、列車がゆっくりと走り出した。プラットホームで手を振る駅員さんたちに、こちらも手を振ってあいさつする。そして別れの余韻を断ち切るようにトンネルに入った。木次線で最も長いトンネルだそうだ。真っ暗な車内は夜汽車の気分。開放的なトロッコ車両に走行音が響き渡る。これがオロチの雄叫びだろうか。

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木次乳業のアイスクリームと牛乳

日登という縁起の良さそうな駅に停まり、緑の深い風景を走る。風が気持ちいい 野焼きの香りも入ってくる。森を抜けるたびに線路の高度が上がっていく。線路は斐伊川の支流の谷を走っている。この小川もオロチの尻尾だ。アイスクリームを溶けないうちに。しかし風が涼しくなっており、温かい飲み物がほしい。

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トンネル内は夜行列車の雰囲気

出雲八代駅で長めの停車。木造の駅舎は良い雰囲気だ。ニコニコ顔のお姉さんが立ち売りしている。何かと問えばクリーム大福という。アイスクリームを食べたばかり。また甘いものではどうかと思うけれど、窓越しの買い物が珍しくて、つい手を出してしまった。飲み物はないようだ。コーヒーが欲しい。

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出雲八代駅。クリーム大福を窓で買う

列車はおろちの進軍のように、くねくねと上っていく。出雲三成駅は平面が多い近代的な駅舎で、ガラス張りの建物が二つ見える。周囲に建物も多く、地図を観ると奥出雲町役場仁多庁舎がある。奥出雲町は仁多町と横田町が合併したというから、ここは仁多町の中心らしい。

車内販売のオジサンが乗り込んで弁当を売っている。仁多牛弁当とある。これは前回、雲南市のN課長にいただいた弁当だ。うまいやつだ。買わねば。蓋を開ければすき焼き丼。肉が多く、煮汁に染まった玉ねぎが甘い。掛け紙に仁多米100パーセントとあった。仁多米はコシヒカリで、新潟の魚沼産に匹敵するブランドという。仁多牛による堆肥も生育に貢献しているそうだ。この地ならではの逸品だ。

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出雲三成駅から仁多牛弁当の販売が始まる

仁多牛オジサンが乗ったまま列車が走り出す。次は亀嵩。松本清張の『砂の器』を、いまはどれだけの人々が認知しているだろう。最後のドラマ化は2011年。主演は玉木宏さんだった。私は事件現場とされる蒲田電車区のそばに住んでいる。ちょっとした縁を感じる。

この亀嵩駅は、駅舎が蕎麦屋になっているとして旅人に知られている。予約すれば車内に届けてくれるという。私は予約を忘れていたけれど、仁多牛弁当とクリーム大福で満腹となっている。前回の木次線では、別の駅の出雲蕎麦をいただいた。木次線は腹空き線ではなく満腹線だ。

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亀嵩駅はミステリーと蕎麦のふるさと

列車は緑のなか、渓流と戯れるように進んでいく。ちらっと見えた倉庫のような箱形の建物は、国鉄の有蓋貨車ワキ10000形ではないか。銀色の車体に黄緑の屋根。どんな縁でここにきて、どのように運ばれたか。今どきの人はもう貨車とは知らず、洒落た物置と思っているかもしれない。宝物を発見したような気分になった。

出雲横田は2面3線の駅。この駅で折り返す列車もあるし、冬期はここから山間部まで積雪で運休となる。奥出雲町に合併される前の、横田町の中心だった駅である。駅舎の隣に雲州そろばんの博物館があり、すこし離れてたたら製鉄の刀剣館がある。たたら製鉄で栄えた当地で、その商いの道具としてそろばん作りも栄えたという。そんな話を伺ったまま、今回も立ち寄れない。3度目の再訪はあるだろうか。

10
ばいばーい!

このあたりは平地が多く、田畑も建物も多い。仁多米と仁多牛で潤う地域かもしれない。小さな丘を迂回してふたたび国道に沿い、しばらく走ると、子どもたちがこちらに手を振っていた。こちらも手を振り返す。照れくさいけれど、子どもたちをガッカリさせてはいけない。それに、先生たちが若くて美人だ。なんて幸せな風景だろう。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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