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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第694回:沿線文化圏をまたがる - S-TRAIN -

更新日2019/08/22



新緑の季節である。車窓いっぱいに山の緑。空の青。まるでS-TRAINの車体色の競演だ。その車窓に異様な灰色の山が現れる。石灰石の採掘で知られる武甲山だ。斜面に植林をして景観を回復させているというけれども、残念ながら成果が現れるまで時間がかかりそうだ。もっとも、もう長いことあの姿だから、この姿が名物でもある。

01
秩父のシンボル武甲山

S-TRAINは横瀬駅を通過した。横瀬は特急停車駅だけど、そこを通過するとは大胆なヤツだ。しかし特急が通過する西吾野で停車した。ドアは開かない。こちらも通過扱いで、各駅停車とすれ違うための停車だった。次の吾野ではプラットホームのない側線に停車してレッドアローとすれ違った。S-TRAINは飯能までノンストップと時刻表にあるけれども、実際はこうした運転停車がある。特急なら最優先の扱いになるところ、S-TRAINは定期列車に遠慮しながら走る。吾野からは西武池袋線になるけれども、高麗川渓谷を進む眺めは変わらず緑色で森林浴気分だ。

02
飯能まで後ろ向きで走る

飯能で座席を転換して、ここから先は市街地だ。意外なことに所沢で降りる客、乗る客も多い。所沢まで使われていた座席に、新たな客が座った。回転率が良いな、と思う。池袋までだと、レッドアローの特急券は200円。S-TRAINは510円でこちらの方が高い。S-TRAINに乗る人は地下鉄や東急に直通するつもりだろう。一方、西武秩父から所沢までは、レッドアローが500円、S-TRAINが200円でS-TRAINの方が安い。沿線の皆さんは賢いな。

03
車端部はロングシート

04
飯能駅に到着

18時31分、練馬駅に停車した。ここも客扱いはなし。ここから地下路線の西武有楽町線に進むため保安装置を切り替える。数分後の小竹向原駅では乗務員交代のため停車する。ここから東京メトロ副都心線に入る。池袋駅で降りる人がいた。特急レッドアローより高いのに。彼らにとってちょうど良い時間帯がS-TRAINだろうか。

05
西武池袋線の複々線区間を快走

ふだん乗らない西武線内の景色も興味深かった。地下鉄に入れば景色も見えず、つまらないと思っていたけれど、地下区間をクロスシートで通過運転するという場面も珍しい。明るいプラットホームに、これから夜遊びに行く人、疲れた表情で家路に向かう人がいる。そんな人々を座りながら眺める。申し訳ないけれど優越を感じる。もっとも、相手はこちらを羨望しているわけではないだろう。私が向こう側でも、たぶんなんとも思わない。ゆったり座席の特急列車ならともかく、通勤電車である。庶民感覚は僻まれない。


地下鉄線内は景色が見えないから、自然と車内に目が向く。S-TRAINは中吊り広告がない。デジタルサイネージが徹底しており、窓上の画面と、天井に設置されたモニターが広告や停車駅案内を映している。JR東日本の山手線の新車も中吊り広告を撤廃するというコンセプトだったけれど、中吊り広告を他の路線とセット販売している関係で、中吊り広告用の金具が追加された。だから中吊り広告撤廃の第一号はS-TRAINだ。西武鉄道は、それがちょっと得意気らしいと聞いた。しかし、その画面は西武秩父からこのかた、2、3種類の広告を繰り返している。飽きたし、くどい。走り始めたばかりで広告主も少ないとは思うけど、しつこいと感じさせたら逆効果だと思う。

06
つり手があって中吊り広告がない

新宿三丁目駅を発車したとき、車内放送があった。サービスマネージャーを呼び出している。何があったんだろう、とBさんと話していたけれど想像が付かない。とりあえずS-TRAINにはサービスマネージャーという乗務員がいるという知識を得た。ワンマン運転区間だから車掌はいない。サービスマネージャーは扉扱いなどはしないで、指定券をチェックしたり、停車駅で全車指定席と案内するような仕事だろう。

その放送からしばらくして、トイレに不具合があるため使用中止という放送があった。なるほど、サービスマネージャーの仕事はそこだったか。S-TRAINは平日は所沢と豊洲間を1時間で結ぶ。休日は西武秩父と元町・中華街を2時間以上かけて走る。指定席だから、途中駅で降りてあとから来る電車に乗るというわけにもいかない。そこで、S-TRAINはトイレを1編成あたり一つ、トイレを設置している。いや、それにしても、その一つが使えなくなってしまったら困る。トイレは二つ用意しておくべきだったねぇ、とBさんと笑った。しかし、笑い事ではすまない人もいるだろう。私も糖尿病にかかったときはトイレが近くて困った。

19時少し前に渋谷駅に到着。晩飯時だ。プラットホームは混雑している。しかし、S-TRAINに乗り込む人は数人のみ。渋谷駅は東急東横線の折り返し列車があるし、乗客の入れ替えも多いから、2本くらい待てば座れる。指定席料金を払うほどではない。ここから乗った人は、指定席料金を惜しまない人だろう。沿線の高級住宅地にお住まいだろうか。そういえば、渋谷駅の発車メロディは、いままで発車した駅より垢抜けているような気がする。私はそんな演出を気取りすぎだと思っているけれども、なんとなく、沿線の文化の違いが発車メロディに現れるかもしれない。車内放送があって、乗務員の交代の挨拶があった。トレインクルーと名乗っている。西武鉄道と東京メトロではサービスマネージャー、東急ではトレインクルー。やっぱり異文化にまたがる列車だと思う。

長い地下走行が終わって代官山駅を通過する。車窓は夜になっていた。西武秩父では夕刻を感じないほど明るかったから、時間の経過を感じさせる。地下鉄はこういうところがおもしろい。乗った時の時間帯の明るさがずっと続いていると錯覚しているから、降りたときにタイムスリップしたように感じる。車窓は夜景になり、窓ガラスに室内が映って景色は見づらい。しかし、東急東横線内でクロスシート、指定席の初体験だ。なんとなく嬉しい。

東急東横線に入ると、S-TRAINは自由が丘まで停まらない。しかし中目黒駅で一旦停車した。時間調整か、乗務員の交替か。プラットホームの向こうは地下鉄日比谷線の降車側。東横線が副都心線と直通運転を開始したとき、日比谷線との直通運転は解消された。日比谷線から到着した人々がすべて降りるから、プラットホームは混雑している。こちらに乗りたそうな人と目が合いそうになり、視線を避けた。祐天寺駅を通過するときは、対向式プラットホーム側の線路に挟まれた通過用線路を通った。あ、ここを通るんだ、とBさんと喜びを分かち合う。

自由が丘の次は横浜までノンストップ。しかしこれも乗客案内の話で、武蔵小杉の手前で一旦停車。前方の列車に詰まったようだ。そして武蔵小杉駅で運転停車。菊名でも運転停車。実はよく停まる列車だ。指定席券発行の都合で、乗客扱いだけを減らしたという事情だろう。

地下線路に潜って横浜駅。ここから終点の元町・中華街まで地下区間だ。みなとみらい線のプラットホームは明るくて、デザインが凝っている。短い路線だけど、独特の文化を主張するかのようだ。意外と天井が高いんだな、と気づく。これはクロスシートに座った発見だ。

07
元町・中華街駅に到着

08
座席の自動転換が行われた

元町・中華街駅まで乗り通し、Bさんと達成感を分かち合って地上へ出た。地下通路は中華料理定額食べ放題の店の広告が目立つ。中華街に上がってみると、たしかに食べ放題店が多い。しばらく来ないうちに様子が変わっていた。昔はもっと脂ぎった町で、丸焼きの鶏や赤い焼豚を吊した店が多かった。いまは食べ放題店と肉饅屋が多く、観光客で賑わっている。ちょっと落ち着いた場所があると、そこは高級中華料理店の前。賑わいにメリハリがある。

09
中華街へ繰り出そう

私たちは、私の知人が薦めてくれた店を探した。路地裏から路地裏へ渡り歩く。Bさんが大柄だし、私も目つきが悪いから、香港マフィアの兄弟に見えるかもしれない。なんとなく、人々が道を空けてくれているような気がした。

昼飯は秩父でホルモン焼き、晩飯は中華街。S-TRAINならではの旅だった。

10
路地裏の名店で中華の宴

-…つづく



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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