第659回:お上りさんが京を行く -京都市営地下鉄東西線 六地蔵~御陵 -
「杉山さん、では、のちほど!」
そう言って、重い機材を抱えたグループが去った。私は京都駅に一人残された。2016年10月21日09時20分。これから16時半まで、約7時間半の自由時間であった。大津のショッピングセンターで鉄道ゲーム『A列車で行こう』のイベントがあり、私も出演する。チケットは先方が手配してくれたわけだけど、経費節約のため安い団体ツアーを使ったら、指定された列車が早朝便ののぞみ7号だった。
「タイミングが悪くて……」と担当者が恐縮したけれども、私にとって早起きは苦ではないし、むしろ、現地で自由時間をいただけるとはありがたい。よし、電車に乗ろう。
この春に開館した京都鉄道博物館に行ってみたい。しかし、京都駅から離れている。バスか、徒歩か。めんどうだな。京都鉄道博物館のそばに山陰本線の新駅を作るという話がある。最寄り駅が開業してからでもいい。未乗区間に乗ろう。京都市営地下鉄と京阪電鉄のほとんどが未乗。叡山電鉄も未乗。私にとって近畿地方は未乗区間の宝庫だ。路線数が多くて手を付けられなかった、とも言える。さて、どこへ向かうべきか。

京都駅から奈良線へ
明るいうちから地下鉄ばかり乗ってはもったいない。7時間は長いようで短い。手頃な地域と言えば、京阪京津線あたりが良さそうだ。ケーブルカーを乗り継いで比叡山を越えれば、集合場所のホテルにたどり着ける。京阪京津線の起点は御陵駅。そこまでは地下鉄東西線で行ける。京都駅から地下鉄南北線に乗り、烏丸御池で東西線に乗り継ぐか、それとも……。
私は改札口を出ず、奈良線のプラットホームに向かった。手元のきっぷは「京都市内着」となっている。奈良線で六地蔵駅に行くと、そこが市営地下鉄東西線の東端の駅だ。東西線を端から乗り潰しておこう。下りの奈良線の電車は混んでいた。金曜日の朝、通勤時間帯は終わっているけれど、学生服か多数、外国人観光客も多い。京都観光の翌日は奈良へ。この短い区間でデンシャを体験してみよう、なんて、外国人向け旅行サイトにあるかもしれない。

六地蔵駅に到着
六地蔵駅の改札を出ようとしたら自動改札機が扉を閉めた。あれ。窓口に行くと、この駅は京都市内駅ではないそうだ。京都市はひとつ手前の桃山駅まで。六地蔵駅は宇治市だという。時刻表にも明記されていることではあるけれども、地理感覚も所在地も分からない。一駅分のきっぷ代で放免された。これがホントの“お上りさん”であった。駅前広場に出れば、地下鉄の入り口を探してキョロキョロしている。案内地図を見ると、駐輪場の建物に併設されているらしい。屋根付きの通路をたどると、駅入り口の看板があった。地元の人しか分からない。秘密基地のようだ。

ベッドタウンらしい
京都市営地下鉄は2本の路線があって、東西線は2番目に開通した。最初の区間が1997年に醍醐~二条間、2004年に醍醐からここ六地蔵まで延伸した。二条から向こうは2008年に太秦天神川に達し、さらに延伸する計画があるという。六地蔵から先の延伸予定はない。ここは京都市と宇治市の境界だからだ。ちなみに京都市営地下鉄の六地蔵駅は宇治市にある。JRの駅に隣接させたかったからだろう。京阪電鉄宇治線の六地蔵駅は宇治市側で、少し離れている。

地下鉄はどこだ……
六地蔵という地名、駅名の由来は、飛鳥時代に建立された大善寺だ。平安時代の、この寺の1本の桜の木から6体の地蔵菩薩像を掘り出したという故事に因む。いきなり京都らしいエピソードに出くわした。近代的な地下鉄に乗るけれど、駅名に歴史がつながっている。

あの建物か……。どうも裏口に出てしまったようだ
窓口に行き、一日乗車券を買った。“京都地下鉄、京阪大津線1Dayチケット”という。大津線は京阪電鉄の軌道線、京津線と石坂山本線をまとめた呼称だ。今回は、この2路線を踏破するくらいがちょうど良い時間であろう。

今回の旅にピッタリなきっぷ
プラットホームに降りると、天井まで届きそうなホームドアがあり、電車の前に壁を作っている。安全設備だから仕方ないけれど、電車の姿が見えなくてつまらない。ドアの隙間を覗けば、銀色の車体に赤い帯があるらしい。これでは地下鉄と言うより、エレベーターを横に動かすようなもの。まあ、たいていの地下鉄はこんな感じ。新交通システムなんて無人運転だから、なおさらエレベーター感がある。

ガッシリとしたホームドア
通勤時間帯も終わり、車内は他に客がいない。車窓もなければ人間観察もできないか。目指す駅は御陵駅。ごりょうではなく、みささぎと読む。地図を見ると、東西線という名に反して北へ向かって走っている。見知らぬ土地の地下を行く。駅名を見てもピンとこない。醍醐駅の醍醐は平安時代に仏教から伝わった乳製品、ヨーグルトの元祖という話は知っている。醍醐寺という寺があるそうだ。椥辻駅は難しい。なぎつじと読む。なぎという大樹があったらしい。平安時代というか、日本の伝統というか。現代に廃れた言葉を大切に残しているような地名だ。

点字ブロックはここだけでいいのか……
山科駅はわかる。東海道本線と湖西線が分岐する駅。サントリーのウイスキー工場がある街。東京から新幹線に乗り、大阪発の北陸方面の列車に乗り継ぐと、東京、山科、北陸の長距離きっぷと、山科駅と大阪駅の往復切符が作られる。列車の撮影名所もあるし、なにかと印象に残る駅である。もっとも今日は地下鉄だから、駅名を眺めるだけだ。

通勤時間帯の終わり、昼までの閑散時間帯か
この山科駅の次が御陵駅である。この駅に京阪京津線も乗り入れる。京津線もきょうづではなく、けいしんと読む。誰かに道を訪ねるときは、地名の基本を抑えなくてはいけない。間違って読めばお里が知れる。京都はお上りさんに対する罠が多い。

市営地下鉄のキャラクター、太秦萌(うずまさ もえ)さん
-…つづく
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