第692回:ホルモン屋で聞く汽笛 - 秩父鉄道 -
2017年5月28日日曜日。上野発09時ちょうどの特急「草津」に乗った。今回はイラストレーターのBさんが同行する。Bさんは若い人風に言うと「Twitterでときどき絡んでいる友達」である。私が攻略本を書いているゲーム『A列車で行こう』のヘビープレイヤーで、タイムラインにかわいい女の子のイラストや美しい風景写真を上げていた。3月のある日、Bさんが「品川に行くからお茶でも」となって、男同士ならメイド服のファミレスだなと嗜好が一致。そこで初めて会ったら、イラストの雰囲気とは違う、武闘派風の大男だった。出会いって本当におもしろい。
651系"草津"で熊谷へ
話してみると優しい実業家でもある。そして鉄道好き。意気投合して、どこか電車に乗りに行こうとなった。当時、首都圏で気になる列車といえば西武鉄道にふたつ。1年前から走り始めた『西武 旅するレストラン 52席の至福』と、もうすぐ運行開始となるS-TRAINだ。「52の至福で秩父へ行き、S-TRAINで戻って横浜ってどうですか」という提案は良かった。食事付き列車にひとりで乗りたくないし、いい話だと思った。しかし帰宅して調べてみると、52席の至福の食事メニューは基本的に魚介メインだった。これは勘弁してくれと伝えたところ、高崎線で熊谷に行き、秩父鉄道のSLに乗ってS-TRAINで帰るプランにしてくれた。
日程は任せると言ったら、特急草津になった。東京から熊谷までの距離は約61km。所要時間52分。特急に乗るほどでもないと思うけれど、Bさんは特急に乗りたいらしい。この区間、各駅停車はロングシートになってしまって旅の気分が盛り上がらない。クロスシートに乗りたいなら、各駅停車の先頭車かグリーン車、特急になる。上野東京ラインが開通してから、上野は始発駅ではなく、各駅停車に座れる保証はなくなった。グリーン料金と特急料金の差は小さい。ならば特急という考え方はよくわかる。上越新幹線ではないところも私の気分に近い。あっという間に到着したらつまらない。快適に移動したいだけで、スピードは求めていない。
特急草津の車両は常磐線から転籍した651系だ。ズーパーひたちで仙台から上野まで乗り通した車両だ。さて、いつだったか。少なくとも東日本大震災前。10年くらい経っているかしれない。上野駅地平プラットホームの出発も久しぶり。最後に北斗星に乗って以来だ。行き止まり式のプラットホームが櫛形に並ぶ。暗い空間から地上に出て、線路の大河を北上する。特急電車の車内は静かだ。各駅停車とは景色も違って見える。私たちの旅が始まった。
私たちは言葉も少なく座っている。馬鹿話で盛り上がるほど親しくないから、というだけではない。座席に身体を預けて、景色を見て、レールとモーターの響きを聞き、651系電車を楽しんでいる。乗り鉄同士の旅はこんなもの。マンガ好き同士が集まって、黙々とマンガを読む様子に通じる。私はテーブルを使い、Bさんからもらったきっぷを並べてみた。特急草津の購入は7日前の日暮里駅、SLパレオエクスプレスは先月末の新宿駅。S-TRAINは11日前の池袋駅だ。Bさん、きっぷの入手に東奔西走のようすである。ありがたい。そしてデキる男だ。
パレオエクスプレスが入線。電気機関車もカッコいい
熊谷駅に定刻09時52分で到着。SLパレオエスプレスの発車時刻は10時10分。私たちは少し急ぎ足で秩父鉄道の改札口へ向かった。ちょうど列車が入線する頃合いだ。茶色の電気機関車が茶色の客車を連れてやってきた。後ろ向きに回送されるから電気機関車が先頭に立つ。これはこれでカッコいいけれど、SLは最後尾にちゃんとつながれている。機関車を撮影して席に着く。写真を撮る順序など、出発前の立ち回りパターンもBさんと私では異なる。
SL列車はたのしい
SLパレオエスプレスも久しぶりだ。熊谷駅を出るとしばらくは住宅地。やがて貨物列車や貨車群があらわれて、寄居駅を過ぎると荒川の渓谷に沿って走る。秩父鉄道は何度も乗っているけれど、長瀞や秩父をしっかり観光していない。そんな話を向けると、SLに乗ったら終点まで乗り通したいですもんね、と返ってくる。そうだよ、俺たちは乗り鉄だ。観光客とは違うんだ。山賊のように肩を組んで歌いたくなる。鉄道好きは鉄道の旅しかできないぜ。
市街地を脱出すると荒川、長瀞へさしかかる
ボックスシートの相席は幼児、乳児、その父母だった。中国か台湾か、観光客か日本在住か。男の子に年を聞くと親指を曲げた手のひらを見せてくれる。この仕草は日本の習慣かもしれない。父母とは言葉が通じないけれど、子どもと遊ぶなら言葉は入らない。男の子と遊んでいたからおもしろかった。ほとんど景色を見ていない。荒川を渡る景色がハイライト。そこだけは男の子と父母に「ココを見て」と手振りで知らせた。同じ路線を乗るよりも、未乗路線を優先してきたけれど、再訪もまた楽しい。新路線に乗るときのような緊張感がない。
荒川鉄橋越え、窓にSLの煙が被る
秩父鉄道は貨物列車も運行する働き者
終点の三峰口駅到着は12時50分。SLパレオエクスプレスは約2時間半の旅だった。さて、腹が減ったぞ。駅そばもあるけれど、飯を食いたい。秩父ではホルモン焼が名物と聞いている。ホルモンはどこだ。三峰口前に並ぶ店を検分したら、通りの端に焼き肉屋を見つけた。元は商店だろうか、サッシの引き戸が全開で客はいない。昼飯時が過ぎているからかもしれない。テーブルの上に家庭用サイズの焼き肉用コンロ。ガス管がつながっている。奥で無愛想なオヤジさんが座っている。ちょっと不安だけど、ホルモンを食すと決めた。
三峰口に到着
古い車両を展示している
一人だったら避けたかもしれないけれど、今日は相棒と二人だ。しかも一人は武闘派の見かけである。顔つきが優しい武闘派。得体が知れないから怖い。本人には言えないけれど用心棒向き。私たちは入り口に近いテーブルに座った。オヤジは言葉少なく、コンロに着火し、肉と飯を持ってくる。なんだか安心した。そして美味い。私たちはチラチラとオヤジの様子をうかがいながら肉をつついた。
さて、飯を探そう
その時、汽笛が聞こえた。フォォォッ。ポッ。私たちが乗ってきたパレオエクスプレスが、機関車を切り離し、転車台で向きを変え、再び客車に連結される。一連の作業で合図の汽笛を鳴らしている。
「なんだか、いいなあ。飯を食っているときに汽笛だなんて。まるで日常のなかにSLがある感じ」
そんな話をしていたら、
「そうだろう、これがいいんだよ」とオヤジが話しかけてきた。なんだ。無愛想かと思ったら、いい人じゃないか。話が盛り上がる。
オヤジの父親は秩父鉄道建設関係者だった。線路が延伸するたびに、線路の少し先に引っ越してきたという。この店は三峰口の開業2年前からで、母親が蕎麦屋をやっていた。お客さんの多くは建設作業員で、父親乗り合いだ。弁当持参でお茶だけ飲んでいく人が多く苦労した。お茶だけの人にはお茶代を請求するほどだったという。蕎麦だけではなく、安い肉で飯をたらふく食べてもらおうとホルモン焼きを出すようになったそうだ。なるほど、秩父ホルモン発祥の店はここだったか。いや、安くてスタミナのあるものを、というアイデアは、労働者の多い街ではよくある話だったかもしれない。
ホルモン定食とモツ煮込み。汽笛を聞きながら味わう
壁は白い紙で埋め尽くされている。なるほど、そばやラーメンもある。隣の壁一面は食べ物ではなく、オヤジが選んだオモシロ川柳だ。夫婦の情、皮肉、泣き笑い。綾小路きみまろ風か。その一つひとつも親父と話すネタになる。「店に来て 注文前に すぐスマホ」ああ、やられた。ひとしきり笑い合うと、長い汽笛が聞こえた。パレオエクスプレスが発車するようだ。その音を潮時に店を出た。
-…つづく
|