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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第672回:亀甲と美女 - 津山線 津山~岡山 -

更新日2018/10/11



津山駅前の交番に大きな看板が立っている。女子児童殺害事件の情報を求めているという。帰宅したばかりの9歳の女の子が、15時15分頃から35分頃までの20分間のうちに殺害されたと言う。まったく物騒な世の中だ。事件は平成16年と言うから、2004年。もう12年も前の事件だ。

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洒落た建物の交番だと思ったら、悲しい事件の看板

商店がいくつかあるけれども、コンビニ以外の店は閉まっている。9時を過ぎたばかりだし、日曜だから休みかもしれない。タイマーを15分にセットして、なんとなく大通りを歩いてみる。タイマーが鳴ったら引き返せばいい。ほどなく川と橋を見つけた。橋があれば渡ってみたくなる。水面は穏やかだ。クルマの通りは多いけれど、渋滞するほどではない。

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徒歩で吉井川を渡ってみた

橋のいわれを書いた銘板を見つけた。今津屋橋という。津山は城下町で、城のまわり三方に川がある。お堀の代わりになってちょうど良いけれど、天下太平の世では不便というわけで橋を架けた。それが今津屋という店の前だから今津屋橋。さて、真相はどうだろう。橋が架かれば人通りが増えて商売は上向きになる。今津屋が出資したか、あるいは役人に袖の下を……。この橋ひとつで、なにか小話が作れそうだ。

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今津屋橋。今津屋はその後どうしたか?

駅に戻ると、津山線の快速「ことぶき」岡山行きが停まっている。タラコ色のキハ47、2両編成。あれ、もしかして、新見から乗ってきたディーゼルカーではないか。デジカメで今朝の画像を呼び出す。「キハ47 1004」まちがいない。どういうことだろう。津山は姫新線と津山線が分岐する駅だ。しかし列車の運行形態としては姫新線直通ではなく、新見、津山、岡山間を往復するらしい。少ない車両数を使い回そうとすれば、運行本数も少なくなるわけだ。

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タラコ色のキハ47。姫新線と共通運用らしい

岡山行き快速列車はボックス席も相席になるほどの混み方。これから大都市の岡山に向かって走るから、乗客はもっと増えるだろう。私は進行方向右側のボックス席に座り、横に置いていた重いカバンを網棚に載せた。発車間際になって、私の隣りに色白の美人が座った。私の配慮を神様は気に入ってくれたようだ。

快速列車は速い。下り坂が多いからかもしれない。線路の隣の国道を走るクルマをどんどん抜き去っていく。いいぞ、鉄道はこうでなくちゃと思う。専用の線路を走る列車は、一時停止や交通信号で停まるようなクルマに負けてはいけない。ドライバーがうらやむ速度で走れば、列車で出かけようとする人も増える。

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速度を上げてクルマを追い越していく

津山線は岡山と津山を結ぶ58.7kmの非電化単線だ。岡山と津山を入れて駅の数は17。快速列車は1日7往復で、ほぼ2時間おきに走っている。かつて急行「つやま」だった列車が各下げされて快速「ことぶき」になった、縁起の良い名前の列車は、途中の八つの駅を通過する。津山を発車して最初に停まる駅が亀甲駅。駅舎に亀の頭がくっついて、かわいいガメラである。駅舎が亀の甲。縄はないなと下衆の勘ぐり。駅名の由来は近くにある亀甲岩とのこと。

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亀甲駅。レトロカラーのディーゼルカーとすれ違う

次の停車駅は弓削。難しい読みだけどすぐわかった。小学校の頃、同じクラスに弓削さんという美少女がいた。お互いもう50代。元気かな。それはともかく、弓削駅のまわりは民家が多い。ちょっと離れたところに建売住宅風の区画も見える。弓削から岡山まで、快速列車で45分ほどだ。ここは岡山への通勤圏といえる。

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弓削駅周辺は新築住宅が多い

中国山地の鉄道の旅は、常に川と共にある。弓削駅を過ぎた車窓右手に見え隠れする川は誕生寺川だ。縁起の良い名前だ。実は弓削駅の手前に誕生寺という駅もある。快速列車は通過したので気づかなかった。誕生寺は浄土宗の開祖、法然の生誕の地に由来するそうだ。

中国山地から瀬戸内へ進むにつれて、山の稜線がしだいに低くなっていく。民家が増え、空が広い。盆地は薄暗かったけれど、このあたりは快晴だ。快速列車は民家の多い駅を選んで停車している。いや、快速が停まるから住む人が増える。新しい建物が多く、駅に停まるたびに乗客が増えていく。

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旭川と再会する

福渡で下り列車とすれ違う。ここは津山線の中央地点だ。乗客が多くなり、ローカル線から都市近郊路線へと変化している。2両編成のうち、前方の1両には立ち客がいる。私がいる後方車両は少し空席がある。その空席にうら若き美女きたる。大きなマスクをしている。大きな瞳。美女だと思われる。ふと、津山駅前の交番を思い出す。生きていればこのくらいの年頃ではないか。女の子のご両親は、ずっとそんな思いを抱えているだろう。許せない事件だ。

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金川駅。神奈川駅と同音だ

金川駅で後方車両も満席。立ち客が増えてきた。ワンマン運転だと思っていたけれど、いつのまにか車掌が乗っていて「席を譲り合って……」と放送している。牧山でまた列車交換。逆方向の列車も満席だった。車窓にはアパートが増えている。法界院駅あたりは完全に市街地だ。この次が岡山駅。10時53分着。終点である。隣のプラットホームにアンパンマンを描いた特急しおかぜが停まっていた。アンパンマン列車に乗ると四国へ行ける。そう思うとソワソワする。しかし、跨線橋の窓から眺めていたら、すぐに発車してしまった。

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さよならアンパンマン

-…つづく

 

※津山女子児童殺害事件は2018年5月に犯人が逮捕された。殺人未遂容疑で服役中の男が自供したという。事件発生から14年後の逮捕だった。



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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