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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第674回:智頭線の地図 - 智頭急行 佐用~智頭 -

更新日2018/11/29



智頭急行の窓口で"智頭線1日フリーきっぷ"を買った。上郡~智頭間の56.1kmが乗り降り自由となる。大人1,200円。ちなみに全区間を乗り通す片道きっぷは1,300円だから、フリーきっぷの方が100円安い。嬉しいけれど、不思議でもある。しかし、智頭急行の成り立ちを考えると、片道きっぷで通過するだけの人からは正規運賃をいただき、地元の人、智頭線内を訪れる人には利益を還元する方針かもしれない。

01
佐用駅 駅舎側が智頭急行、奥がJR姫新線

智頭急行の成り立ちをさかのぼると明治時代、姫路と鳥取を結ぶ因幡街道の鉄道ルートだ。鳥取藩の参勤交代でも使われた経路を鉄道とし、陰陽連絡線にしようという構想である。しかし、あとから山陰本線の計画が進み白紙に戻される。計画を再起動した後も第二次大戦の影響で工事中断、戦後復興期からは自動車が普及したため、鉄道の必要度は低くなった。そこに国鉄の赤字問題、工事凍結と続く。明治時代に企画され、結局、建設されなかった未成線と同じ経緯をたどる。

02
智頭急行 HOT3500形 HOTは兵庫、岡山、鳥取の頭文字

しかし、地元自治体はあきらめなかった。線路を高規格化して近畿鳥取間に特急を運行すれば利益を出せるとして、第三セクターの智頭急行を設立。工事の再開し開通させた。狙いは当たり、近畿と鳥取を結ぶ「スーパーはくと」、岡山と鳥取を結ぶ「スーパーいなば」の運行によって運賃を稼ぐ。この二つの特急は智頭線内にも停まるけれども、乗客のほとんどは通過する。彼らのきっぷ代には智頭線の運賃の満額が含まれている。そのおかげで、智頭急行は第三セクターでもトップの収益になっている。だから地域内利用の運賃は安くして、地元に貢献しているわけだ。

その智頭線の全区間を初乗りする。佐用駅は中間駅だから、いったん13時32分発の各駅停車で智頭へ行き、折り返して上郡まで特急で乗り通そうと思う。頃合いをみて1面2線のプラットホームへ上がると、1両単行のディーゼルカーがやってきた。白い車体に窓まわりは青。乗降口付近は赤の差し色があって、窓下に細い帯が入る。古典的だけど手間のかかった塗り分けだ。最近は面倒がって1色塗り、またはステンレスの銀色のまま、という車両が流行り。それに比べると趣が良い。客室はボックスシートが並ぶ。モケットは青。この深い青色が智頭急行のシンボルだ。特急車両もこの色を使う。

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平福駅で対向列車2本を待つ。まずは各駅停車

月曜日の昼下がりの列車は空いている。進行方向右側の座席に座った。右側と左側、どちらの景色がいいだろう。とりあえず、行きも帰りも右側に座れば両方の景色を眺められる。国鉄智頭線とするため、鉄道建設公団が作った線路だ。立体交差が前提で、なるべく直線的に作られる。中国山地の風景としては代わり映えしないけれども、高架線からは見晴らしがいい。架線もないから低空飛行の遊覧のようだ。そして嬉しいことに、大きな窓は汚れていない。きちんとした会社だと思う。

04
続いて特急が去って行く

左へカーブして姫新線に別れを告げると、列車は伸びやかに加速する。車両のデザインは古典的だけど性能は良い。なにしろ特急を高速に走らせるために作った線路である。各駅停車用の車両も高性能にしないと特急の邪魔になる。だから速く走るけれども、停まると待ち時間が長い。次の平福駅で7分停車。下りの各駅停車と特急スーパーはくと8号とすれ違う。先にすれ違った各駅停車は、佐用で特急に追い越される。少ない設備を使いこなす器用なダイヤだ。

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なんだか強そうな駅

列車は盆地から谷間に入った。左右から山裾が張りだし、曲がりくねった谷である。川も国道も曲がっているけれど、線路はトンネルと鉄橋で串刺しにしていく。長いトンネルを抜けると宮本武蔵駅。このあたりが宮本武蔵の生誕の地だという。ただしこれは美作生誕説と呼ばれており、武蔵には播磨生誕説もある。これは武蔵自身が著した「五輪の書」に記載されている。本人が播磨と言うならその通りだろうと思う。武蔵の美作生誕説は江戸家中の兵学者、正木兵馬がこの地域の地誌「東作誌」に記しているそうだ。そして作家の吉川英治は小説『宮本武蔵』で美作説を採ったというからややこしい。

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高架からの眺め。盆地から谷へ向かう

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大原駅に車両基地がある

谷が狭くなるほどトンネルが長くなる。何度かあくびが出た後で山郷駅、そして次は恋山形駅。あ、ここか。何もかもピンク色に塗ったピンク駅として話題になった駅だ。写真を見て悪趣味だなと思っていたけれども、発車した後、列車の後方窓から遠ざかる駅を観ると、これはこれで悪くないような気がする。山の緑の中にあり、くどさが薄まった。むしろ、駅があると主張するなら、これくらいはやった方がいいかもしれない。

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ピンクの恋山形駅

09
意外にも山間の風景に似合う

次が智頭線の終点、智頭だ。駅間が長く、小さなトンネルを四つくぐる。このルートが興味深い。陰陽連絡線として因美線に合流するなら、千代川と国道に沿って、智頭駅の北側で接続すればトンネルはいらない。しかしわざわざお金のかかるトンネルを掘り、智頭駅の南側から合流する。建設中止となった智頭線計画を復活させ、智頭急行を設立させた鳥取県にとって、智頭駅はないがしろにできなかったか。

“地図をみて、トンネルで知る、智頭の意地”

お粗末。

10
智頭駅に到着。隣のホームは因美線

-…つづく



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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