のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第688回:蕨岱駅の最期 - 函館本線 蕨岱駅・長万部駅 -

更新日2019/06/20



2017年3月2日。インターネットテレビ放送のスタッフ2名と羽田空港で待ち合わせて、函館本線の蕨岱駅に向かった。スタッフの一人はディレクター、もうひとりはイケメンのレポーターだ。私の役割は鉄道に詳しい人。蕨岱駅は明日で廃止になる無人駅だ。ダイヤ改正の前日の夜、地元の鉄道ファンとともに最終列車をレポートする。仕事はそこで終わるけれども、帰れないから長万部に泊まる。翌朝からは自由行動、つまり解放されるわけだ。

01
3月の北海道は雪景色

羽田空港から飛行機で新千歳空港へ。快速エアポートで南千歳、特急スーパー北斗に乗り継いで長万部へ。飛行機も、特急も、私は二人とは離れた席をいただいた。ビジネスマナーとして「同一行程でも外部の人とは席を離す」という習慣があるらしい。こちらは慣れない仕事だから不安だし、段取りについて聞きたいこともあるかもしれない。しかし「その必要は無くて、移動中は気を遣わないでくつろいでください」という心配りかもしれない。悪意がないことは間違いない。なにしろ初対面である。

02
室蘭本線の車窓、ネピアアパート

そういえば、最近始まった雑誌の連載も、編集者さんは飛行機も列車も離れた席を手配してくれる。これはかなり残念だ。聡明で美人で会話も上手だから、私はできるだけそばにいたい。もっとも、彼女からしたら、父親ほどの男性の相手などしたくないだろうな。彼女の話では、地方取材でも、たいていは現地集合、現地解散で、行きも帰りも一緒という取材は珍しいそうだ。気楽なような、寂しいような。

03
軽食のつもりが夕食になった

長万部駅に18時頃に到着した。ここからミニバンタイプのタクシーを貸し切っている。函館本線の長万部~小樽間は利用客が少ないから、ちょうどいい列車がない。クルマの中で、ようやく撮影の段取りについて話を聞く。3月といえども北海道は真冬である。撮影が終わったらどうするか、飯はどこで、などと会話が弾む。よかった。嫌われていないようだ。蕨岱駅に着き、撮影の準備を手伝いたいけれど、機械を壊していけないから見ているだけ。

04
長万部到着、これから仕事

貨物列車用の車掌車を改造した駅舎を見物する。車輪と台車は取り外され、コンクリートの基礎の上に車体だけ乗っている。足がないからダルマ駅舎と呼ばれている。車掌車の形式と製造番号を確認し、どこで使われていたか、持参した文献とスマホで確認する。質問されそうなことは調べてきた。しかし生放送だ。突然、想定外の質問が来る場合もある。

05
蕨岱駅。このままでは暗いのでタクシーのヘッドライトを浴びて撮影

やがて東京のスタジオから指示があり、イケメン氏の現場レポートが始まった。私は彼について歩き、質問に応えつつ、駅舎の魅力を紹介する。ほぼ打ち合わせの通りに歩いて話して、私とイケメン氏が最終列車に乗り込み、ディレクター氏がプラットホームから撮影しつつ見送る。これで蕨岱駅の生中継が終わった。

06
車掌車改造駅舎の中

私たちは隣の二股駅で降りて、貸切タクシーの迎えを待つ。こちらも貨車を再利用した駅舎である。イケメン氏に車掌車の改造より珍しいというと、そうなんですかと真剣に眺めている。イケメン氏は鉄道に少しだけ興味があるようで、暇つぶしに鉄道ネタを紹介する。そうするしか時間の潰しようがない。

07
最終列車1本前。乗降客なし

タクシーで民宿へ。途中でコンビニに寄って、各自で軽食と飲み物を調達。夕食は特急の車内で駅弁を食べていた。二人は酒を買い込んでいる。打ち上げの宴か反省会という名目か。私は飲めないし、明日の朝は始発で出るからと、宿に入って礼を述べ別れの挨拶をした。付き合いが悪い人だと思われそうだ。しかし、出発前のやりとりで「私たちはすぐに帰りますが、杉山さんはごゆっくりどうぞ」と言われている。やんわりと同行を断られたような気もする。私としても、せっかく北海道に来たからには列車に乗りたいから、これはむしろ都合が良かった。

08
撮影終了後に待機した二股駅

翌朝は5時起床。支度を調え静かに出て行こうとしたら、宿の主人が見送ってくれた。真っ暗な道を歩いて駅へ向かう。昨日はクルマで来たから、駅のある方角がわからない。スマホの地図と道案内機能があるから安心だ。もっとも、宿の主人が「二つ目の角を左に曲がれば駅の近道」と教えてくれて、その通りだった。これを伝えるために起きてくれたようだ。寒いけれど、ありがたさで心が温まる。

09
翌朝、ひとり長万部駅へ歩く

駅の近道とは跨線橋だった。宿は線路に近いところだった。階段を上って見渡せば、夜の底に光の筋が何本もある。長万部駅は函館本線と室蘭本線の分岐駅、車庫もあるから線路がたくさん並ぶ。これが構内照明に照らされて光る。この景色は情緒があって好きだけど、新幹線の駅ができると、どんな景色になるだろう。この時間に駅を歩いてみた限り、民家ばかりの小さな町だ。私が泊まった宿のそばにも新幹線の高架橋が通るようだ。このままでいてほしいような、このままじゃいけないような。この時間の街はまだ眠っていて、人々は夢の中だ。

10
跨線橋から長万部駅を眺める
新幹線はこの橋の上を通る

11
長万部駅。北海道新幹線のハリボテがある

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで
第501回~第550回まで
第551回~第600回まで
第601回~第650回まで

第651回:神話の里、ふたたび
- JAL285便 羽田~出雲 -

第652回:再訪は夏の景色
- 木次線 宍道駅~木次駅 -

第653回:満腹トロッコライン
- 奥出雲おろち号 1 -

第654回:木次線完走
- 奥出雲おろち号 2 -

第655回:乗り継ぎ遭難
- 芸備線 備後落合駅 -

第656回:谷間を東進
- 芸備線 備後落合~新見-

第657回:長距離鈍行と鬼伝説
- 伯備線・山陰本線 新見~西出雲 -
第658回:社殿駅の市民市場
- 一畑電車・大社駅 -

第659回:お上りさんが京を行く
-京都市営地下鉄東西線 六地蔵~御陵 -

第660回:スプリンクラーと併用軌道
- 京阪電鉄京津線 御陵~浜大津 -
第661回:石山寺ハイキング
- 京阪電鉄石山坂本線 浜大津駅~石山寺駅 -

第662回:隙間から琵琶湖
- 京阪電鉄石山坂本線 浜大津駅~坂本駅 -

第663回:婆さん、邪魔
- 坂本ケーブル-

第664回:比叡山横断
- 延暦寺~叡山ロープウェイ -

第665回:叡山と比叡山
- 叡山ケーブル-

第666回:長い寄り道の終わり
- 叡山電鉄叡山本線 八瀬比叡山口駅~出町柳 -

第667回:重い気分を軽くして
- 山陰本線・木次線 宍道~木次~出雲市~玉造温泉 -

第668回:レールとススキが光る道
- 芸備線 備後落合~三次 -

第669回:夜も閑散区間
- 芸備線 三次~備中神代~新見 -

第670回:朝の盆地
- 姫新線 新見~中国勝山 -

第671回:キリタロー、バイオマス、扇形機関庫
-姫新線 中国勝山~津山-

第672回:亀甲と美女
- 津山線 津山~岡山 -

第673回:川に沿い、山裾をなでる
- 姫新線 津山~佐用 -
第674回:智頭線の地図
- 智頭急行 佐用~智頭 -

第675回:3件目のスーパー
- 智頭急行 智頭~上郡 -
第676回:もうちょっと頑張ろうか
- 赤穂線 -

第677回:付け替え区間の旅
- 吾妻線 -

第678回:各駅停車で北上
- 東北本線 上野~仙台 -

第679回:短い新路線
- 仙石線・東北本線接続線 -

第680回:内陸移設区間
- 仙石線 高城町駅~石巻駅 -
第681回:復興の街
- 石巻線 石巻~女川 -

第682回:六丁の目のナゾ
- 仙台市営地下鉄東西線 仙台~荒井 -

第683回:日本一高い地下鉄駅
- 仙台市地下鉄東西線 仙台駅~八木山動物公園駅 -

第684回:地下鉄地上区間と駅前散歩
- 仙台市営地下鉄南北線 富沢~泉中央 -

第685回:新しいベルトと幸せな時間
- 東北本線 仙台~黒磯 -

第686回:電飾のオーケストラ
- 烏山線 宝積寺駅 -

第687回:七福神の道
- 烏山線 -


■更新予定日:毎週木曜日