第688回:蕨岱駅の最期 - 函館本線 蕨岱駅・長万部駅 -
2017年3月2日。インターネットテレビ放送のスタッフ2名と羽田空港で待ち合わせて、函館本線の蕨岱駅に向かった。スタッフの一人はディレクター、もうひとりはイケメンのレポーターだ。私の役割は鉄道に詳しい人。蕨岱駅は明日で廃止になる無人駅だ。ダイヤ改正の前日の夜、地元の鉄道ファンとともに最終列車をレポートする。仕事はそこで終わるけれども、帰れないから長万部に泊まる。翌朝からは自由行動、つまり解放されるわけだ。
3月の北海道は雪景色
羽田空港から飛行機で新千歳空港へ。快速エアポートで南千歳、特急スーパー北斗に乗り継いで長万部へ。飛行機も、特急も、私は二人とは離れた席をいただいた。ビジネスマナーとして「同一行程でも外部の人とは席を離す」という習慣があるらしい。こちらは慣れない仕事だから不安だし、段取りについて聞きたいこともあるかもしれない。しかし「その必要は無くて、移動中は気を遣わないでくつろいでください」という心配りかもしれない。悪意がないことは間違いない。なにしろ初対面である。
室蘭本線の車窓、ネピアアパート
そういえば、最近始まった雑誌の連載も、編集者さんは飛行機も列車も離れた席を手配してくれる。これはかなり残念だ。聡明で美人で会話も上手だから、私はできるだけそばにいたい。もっとも、彼女からしたら、父親ほどの男性の相手などしたくないだろうな。彼女の話では、地方取材でも、たいていは現地集合、現地解散で、行きも帰りも一緒という取材は珍しいそうだ。気楽なような、寂しいような。
軽食のつもりが夕食になった
長万部駅に18時頃に到着した。ここからミニバンタイプのタクシーを貸し切っている。函館本線の長万部~小樽間は利用客が少ないから、ちょうどいい列車がない。クルマの中で、ようやく撮影の段取りについて話を聞く。3月といえども北海道は真冬である。撮影が終わったらどうするか、飯はどこで、などと会話が弾む。よかった。嫌われていないようだ。蕨岱駅に着き、撮影の準備を手伝いたいけれど、機械を壊していけないから見ているだけ。
長万部到着、これから仕事
貨物列車用の車掌車を改造した駅舎を見物する。車輪と台車は取り外され、コンクリートの基礎の上に車体だけ乗っている。足がないからダルマ駅舎と呼ばれている。車掌車の形式と製造番号を確認し、どこで使われていたか、持参した文献とスマホで確認する。質問されそうなことは調べてきた。しかし生放送だ。突然、想定外の質問が来る場合もある。
蕨岱駅。このままでは暗いのでタクシーのヘッドライトを浴びて撮影
やがて東京のスタジオから指示があり、イケメン氏の現場レポートが始まった。私は彼について歩き、質問に応えつつ、駅舎の魅力を紹介する。ほぼ打ち合わせの通りに歩いて話して、私とイケメン氏が最終列車に乗り込み、ディレクター氏がプラットホームから撮影しつつ見送る。これで蕨岱駅の生中継が終わった。
車掌車改造駅舎の中
私たちは隣の二股駅で降りて、貸切タクシーの迎えを待つ。こちらも貨車を再利用した駅舎である。イケメン氏に車掌車の改造より珍しいというと、そうなんですかと真剣に眺めている。イケメン氏は鉄道に少しだけ興味があるようで、暇つぶしに鉄道ネタを紹介する。そうするしか時間の潰しようがない。
最終列車1本前。乗降客なし
タクシーで民宿へ。途中でコンビニに寄って、各自で軽食と飲み物を調達。夕食は特急の車内で駅弁を食べていた。二人は酒を買い込んでいる。打ち上げの宴か反省会という名目か。私は飲めないし、明日の朝は始発で出るからと、宿に入って礼を述べ別れの挨拶をした。付き合いが悪い人だと思われそうだ。しかし、出発前のやりとりで「私たちはすぐに帰りますが、杉山さんはごゆっくりどうぞ」と言われている。やんわりと同行を断られたような気もする。私としても、せっかく北海道に来たからには列車に乗りたいから、これはむしろ都合が良かった。
撮影終了後に待機した二股駅
翌朝は5時起床。支度を調え静かに出て行こうとしたら、宿の主人が見送ってくれた。真っ暗な道を歩いて駅へ向かう。昨日はクルマで来たから、駅のある方角がわからない。スマホの地図と道案内機能があるから安心だ。もっとも、宿の主人が「二つ目の角を左に曲がれば駅の近道」と教えてくれて、その通りだった。これを伝えるために起きてくれたようだ。寒いけれど、ありがたさで心が温まる。
翌朝、ひとり長万部駅へ歩く
駅の近道とは跨線橋だった。宿は線路に近いところだった。階段を上って見渡せば、夜の底に光の筋が何本もある。長万部駅は函館本線と室蘭本線の分岐駅、車庫もあるから線路がたくさん並ぶ。これが構内照明に照らされて光る。この景色は情緒があって好きだけど、新幹線の駅ができると、どんな景色になるだろう。この時間に駅を歩いてみた限り、民家ばかりの小さな町だ。私が泊まった宿のそばにも新幹線の高架橋が通るようだ。このままでいてほしいような、このままじゃいけないような。この時間の街はまだ眠っていて、人々は夢の中だ。
跨線橋から長万部駅を眺める
新幹線はこの橋の上を通る
長万部駅。北海道新幹線のハリボテがある
-…つづく
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