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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第670回:朝の盆地 - 姫新線 新見~中国勝山 -

更新日2018/09/20



ベッドサイドに備え付けの目覚ましアラームが鳴る前に目覚めた。リモコンでテレビのスイッチを入れる。画面の隅に6:05と表示されていた。昨夜は23時ごろ横になったから、たっぷりと7時間ほど眠れたようだ。いつものニュース番組ではなく、ドキュメンタリー番組である。そうか。今日は日曜日だ。岩手県岩泉の台風被害の様子。しばらく見ていたらCMになった。NHKではなかった。ナレーションはNHKで聞く女性の声だと思う。名前は知らないが、フリーランスか、いや、そもそも人違いか。台風被害から4ヵ月になろうとしている。身支度しながら聞く。

01
朝の新見にトマト銀行

新見は山の中の街だ。中国山地だからわかっていたことだけれども、昨夜は駅からホテルまで暗い街を歩いた。明るい新見の街を初めて歩く。土地勘がないから、スマートホンの地図に道案内を頼む。小雨。アスファルトはしっかり濡れている。山の中腹から上は霞んで曇り空に溶け込んでしまう。建物はガッシリしたコンクリート製が多く、高い建物でも5階建てほど。昭和の雰囲気である。

02
高梁川河床甌穴群、思いがけず観光気分に

トマト銀行という看板があった。ああ、そうか。このあたりの地方銀行だったな。元は山陽相互銀行だ。バブル景気の頃に普通銀行になって、イメージチェンジをはかった。大胆な名前で全国的にも名前を知られるようになった。そして川を渡る。高梁川河床甌穴群という看板があった。砂礫が混じった水流が石の表面で渦を巻き、ドリルのように穴を開けた。天然の彫刻だ。しかし、橋から川を覗いても、それらしき穴はわからない。

03
この石たちの丸く削れた様子が甌穴かな

そういえば昨夜、川を渡った。でもこんな橋ではなかったような気がする。少し不安になったけれど、スマホの示す道を信じて歩く。新見駅は赤い瓦屋根の木造で2階建てだ。高さが異なる三つの棟を並べている。駅前ロータリーの真ん中にコインパーキングがある。それなりに往来があるようだ。寂れていたら無料駐車場になるところだ。

04
趣のある建物がいくつか。大正昭和の街並みも保存したい

05
新見駅の木造駅舎

07時13分発姫新線津山行きに乗った。中国山地の中央を、昨日から引き続き東へ進む。津山までは約70km。所要時間は1時間40分程度。空は明るいけれども、太陽は見えない。タラコ色のキハ47形の2両編成だ。前方車両は私と初老のおじさんが乗って、それぞれボックス席を占領する。後方は高校生だろう。そろいの白いジャージ。スポーツ部の朝練に出かけるようだ。

06
タラコ2両連結で出発

列車は新見駅を出発し、構内が終わるあたりで伯備線と離れて左へ曲がる。高梁川を渡り、静かな街並みをそっと通り抜けていく。高梁川の谷に沿い、少し高いところを維持しつつ、曲がりくねった川に寄り添っている。トンネルで直行しようという考えはなかったらしい。つまり、蒸気機関車時代の古い路線というわけだ。調べてみると、国有鉄道として大正時代に開業し、少しずつ延伸、合併された路線であった。姫新線の姫は姫路。新は新見である。長大な路線だけど、運行は姫路~作用、作用~津山、津山~新見に分割されている。

07
盆地の風景、空と地表のコントラスト

列車は谷を縫うように進む。次の岩山駅までは8km以上ある。谷間の少し開けたところに集落ができて、畑を作り、旅人をもてなす店ができる。そんな集落を線路が結んでいる。谷間に住む人はいないから、駅間距離は長い。谷の眺めに飽きて山を見上げると、空がすこしオレンジ色になっていた。盆地の日の出は遅い。そして、まだ暗い窓に蛍光灯と私の顔が映っている。

岩山の次の丹治部で初老の男が降りた。小さな集落である。彼はここに来たか、帰ってきたか。車内にはもう一人いる。白いジャージ姿だから、後ろのグループと同じ高校生だろう。景色は開けて田畑が増えてきた。このあたりは広い盆地になっている。田畑と民家の数を比較して、このくらいの耕作があれば自給自足できるのか。

09
すれ違う列車はすべて新型車両

刑部で対向列車の待ち合わせだ。すでに相手は到着している。銀色にオレンジの帯。キハ120形らしい。お互いにすぐには発車しない。こちらの車両に3人乗ってきた。津山へ向かって乗客が増えていくのだろう。平日なら通勤と通学で、もうすこし乗客が多いかもしれない。北向きだった進路を東に変えて、高梁川と別れ、トンネルに入った。今日、初めてのトンネルだ。おそらく、ここが備中国と美作国の境界であろう。トンネルを出ると谷になった。こんどは月田川である。

富原駅で女性と女生徒たちが乗る。空席は多いけれど、女生徒はドアのそばに立っている。座ったら眠ってしまうと思っているのか。私もまだぼんやりとしている。青空が見えているけれども、また山の中になった。辺りは暗いままだ。まるで壺の中から天を見上げるような、これが谷間の景色なのだろう。

08
岡山県の旭川を渡る

月田川の由来となった月田は人家の多い町だ。制服ではなく明るい色の上着を着た若い女性が4人、私の隣のボックスシートに収まった。岡山か姫路へ遊びに行くのかもしれない。出かけるにしては早い時間だけれど、列車の運行本数が少ないから、昼に出発すると現地で滞在できる時間が短くなる。早起きを苦にしたら遊べない土地柄である。

長いトンネルをゆっくりと通り抜けた。明るい区間に出ると、また高梁川が寄り添ってくれた。またトンネル。速度は遅い。直進して所要時間を短縮するためのトンネルだと思うけれど、上り勾配かもしれない。月田川が別の川に突き当たる。この川は旭川だ。列車が旭川をトラス橋で渡ると中国勝山駅である。この中国勝山駅でも列車のすれ違いを行う。運行本数が少ないとはいえ、長い路線だからすれ違い回数は多くなる。

中国勝山には大きな駅舎があるようだ。全体を見なくても、広めの改札口が乗降客数の多さを物語る。ジャージ姿の高校生が全員下車する。こちらの車両にいた女子高生たちも降りた。改札口に女性が立っていて、女生徒に声をかけている。母親かと思ったら駅員だ。切符を回収している。

10
中国勝山駅。改札口が立派

勝山という地名は武運にちなむ。当初は高田藩、後に勝山藩と改称された。勝山城址があり、城下町が残る。もともと出雲街道の宿場だったところ。古い町並みが保存され観光地にもなっている。商店に色彩豊かなのれんが掛かっているそうで、ただしそれはバブル景気のころに地元の染織家が立ち上げた新しい風習らしい。

昔ながらの景観を残し、新しい文化を創る。どんな街並みになっているだろう。降りてみたくなったけれど、日程が合わなくなる。宿題を増やした気分になるけれど、次に訪れるときの楽しみでもある。私はそんな旅ばかりしている。

-…つづく



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


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