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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第654回:木次線完走 - 奥出雲おろち号 2 -

更新日2018/02/01



中国山地の谷の奥へ、奥出雲おろち号は這い上がる。ヤマタノオロチはこの谷を降りてあばれ、気が済めばこの谷を上がってきた。ヤマタノオロチを暴れ川のたとえという説がある。しかし、いくら暴れ川といっても、谷を上れない。やはりオロチはいたのだ。人々の心の中だけの存在だとしても。つらい、悲しい災いの記憶は、恐ろしい怪物の姿になって語り継がれた。その感覚は、例え話で片付けてはいけない。

谷の空を灰色の雲が覆っている。涼しい風が、冷たくこすれていくように感じる。オロチの棲家はどこか知らない。しかし、そこはもしかしたら、私たちが立ち入ってはいけない領域かもしれない。トンネルに入ると、さらに畏れ多くなる。なにしろトンネルの中は霧が立ちこめ、冷凍庫に入ったように空気が冷たい。トロッコ車両は寒さに震えている。

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左から線路が現れる

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ダブルシーサスポイントの先は……

くねり。くねり。トンネルを抜けた奥出雲おろち号は、それでも力を振り絞って進んでいく。やがて車窓の左から、線路が降りてくる。これから私たちが進む線路だ。Ⅹの字の分岐器を通過すると出雲坂根駅。スイッチバックが始まる駅だ。今回は水汲みをしない。眺めの停車時間を、駅と車両の見物に費やした。スイッチバックのジオラマがある。精巧ではないけれど、この風景を愛する人の心がこもっている。

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出雲坂根駅に到着。つかの間の先頭機関車走行が始まる

スイッチバックは何度乗っても楽しい。分岐器を通って進路が変わる。これは鉄道好きの基本的な楽しみ。それがいくつもあって、景色の高さが変わっていく。木立の下を覗くと、出雲坂根駅の赤い屋根が見えた。ほんのちょっと前まであそこにいたのになあ。日頃から階段を考えた人は天才だと思うし、スイッチバックを考えた人には、列車に山を登らせるという執念を感じる。

04
スイッチバックのジオラマ模型

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スイッチバック三段目から出雲坂根駅を見降ろす

スイッチバックの次の風景は道路橋だ。奥出雲おろちループといって、コイルバネのような高架橋がある。鉄道はスイッチバック。クルマはぐるぐる回る坂を上る。上った先の大きな橋は赤く塗られている。奥出雲おろちループは、まさにヤマタノオロチの姿をモチーフとしており、ループ部分がとぐろを巻いた尻尾。赤い橋は火を噴く様子である。

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奥出雲おろちループ

木次線の最大の見せ場を通って、三井野原駅に着いた。ここまでが前回の木次線の旅のおさらい。ここからは今日の本番。未乗だった区間に入った。まだ上るかと思ったら、意外にも下り坂である。奥出雲おろち号の速度が上がる。雄叫びのような汽笛が聞こえた。

油木駅に停まった。ゆきと読む。あぶらきと読めばいくつかの植物の別名らしい。そのどれかがあったのだろう。でも"ゆき"だしな。このあたりの冬は雪深く、木次線の出雲横田から備後落合までが長期運休となる。意地でも除雪して列車を走らせるという時代は終わった。周囲に建物はあるけれども、1日平均乗車人員は一人らしい。そんな駅にも奥出雲おろち号は停まる。律儀だ。

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赤い橋はヤマタノオロチが火を噴くイメージ

この油木駅と終点の備後落合駅は広島県である。木次線の存続問題、木次線を盛り上げたいと考えるとき、広島県にも参加してもらわなくてはいけない。しかし車窓に人家は少なく、時々、よくみつけたなと思うような場所に畑と農家がある。山の神の化身、ヤマタノオロチの使いの子孫ではないかと思う。

国道とつかず離れず、小さな谷間を進んで備後落合に着いた。ここは芸備線も通っている。芸備線は安芸と備中を結ぶ路線だ。備後落合駅はすこし備中寄りの駅である。約160kmの長大な路線のなかで、別の路線と接続する備後落合駅はさぞや賑わっているだろうと思ったけれど、周囲は寂しい佇まいであった。

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下り坂を疾走する

駅の周辺を探索してみる。駅舎の前に工事の車。細い橋を渡って国道側に行ってみたけれど、簡易郵便局は閉まっていた。他に店はない。かつては立ち食い蕎麦屋があったそうだ。現在は乗り換え客も少なく、そもそも列車も少ない。一目で商売には向かない駅とわかる。

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備後落合駅に到着

奥出雲おろち号は折り返し運転の準備を始めた。機関車の付け替えの儀式はない。こんどは機関車側を先頭にして山を登り、スイッチバックを下り、木次へ降りていく。奥出雲おろち号の来襲である。私は乗らないけれども。機関車のそばで和服姿のおばさまたちが記念写真を撮り合っている。シャッター役を申し出て、少し話す。奥出雲おろち号で折り返さずに、三次経由で広島へ行くという。芸備線の上り列車は2時間後の発車だけど、女性3人なら退屈しないだろう。

私も三次へ行く予定だ。廃止が決まった三江線にもう一度乗りたい。前回は江津から三次へ。今回は三次から江津へ。列車は1日3本しかない。奥出雲おろち号に乗れば、三江線を経由して、その日のうちに出雲市に戻れる。明日は木次で会議だから、出雲市のホテルに連泊を予約した。プラットホームの待合室でポメラで仕事の続きでもやろうか。

いや、その前に飲み物を買おう。駅舎の向こう側に自販機があった。人里離れた駅でも、自販機で飲み物を買える。ロボットが意志と感情を得て反乱をというSFもあるようだけど、備後落合駅の自販機が意志を持ったら、孤独のあまり泣き出すと思う。そして慰める人はいない。あれ。買う人もいないのか。自販機は自信の存在を自問するだろうか。

10
備後落合駅 山に囲まれた分岐点

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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