廃止予定の区間を乗り終えて、今日の旅の目的はすべて叶った。このまま三河線で知立に戻り、豊橋から新幹線で帰る予定だったけれど、今朝の豊橋鉄道市内線以降、予定が繰り上がっている。まだ明るいので、梅坪駅から分岐する名鉄豊田線に乗ろうと思う。
相互乗り入れしている地下鉄鶴舞線で上小田井駅に行くと、そこから名鉄犬山線の新名古屋に出られる。新名古屋から豊橋へ向かうと予定通りの時刻に豊橋に着く。それだけ時間が余った。というより、駆け足で巡りすぎたのかもしれない。
名鉄豊田線は名古屋市街と豊田市を短絡する目的で作られた路線で、開業は1989年。豊田市駅から梅坪駅までは名鉄三河線に乗り入れ、そこから名古屋に向かって進み赤池駅までが名鉄の担当区間の豊田線だ。赤池駅から先は地下鉄鶴舞線が担当する。豊田市駅と名古屋駅は知立経由で約1時間かかっていたが、この路線の開通で名古屋市街地へのアクセスは20分程度短縮された。
名鉄豊田線は地下鉄鶴舞線と相互乗り入れしている駅。
豊田線は全線複線で、道路とはすべて立体交差だ。電車はすべて各駅停車だが、駅間が長いので速度が速い。先頭車両に乗って前を見ていると、びゅうびゅうと風を切る音がする。レールバス区間とは雲泥の差だ。駅間を直結するルートだから、山はトンネルで貫き、谷は高架区間で越えていく。歴史の古い路線は迂回して上下するが、言葉の通り"まっしぐら"に進んでいく。
赤池は地下駅で、ここから先が名古屋市営地下鉄鶴舞線だ。この電車は直通するからそのまま乗っていればいいけれど、ホームの柱に『名古屋市市電・地下鉄保存館』の文字を見つけたので降りてみた。改札を出て、壁に掲示された地図を確認し、地上へ出ようとしたところで、開館時間が気になった。まもなく16時50分。公営の博物館といえば17時閉館が通例だ。私はあきらめて切符を買った。あとで調べると、閉館時刻は16時であった。このとき、既に時間切れになっていたわけだ。
しかしこの下車は無駄ではない。地下鉄鶴舞線は両端駅で名鉄線に乗り入れる。私は名鉄のフリー切符を持っているけれど、地下鉄はフリー乗車の対象ではない。黙ってそのまま乗って行けば咎められないかもしれないが、なんとなく居心地が悪い。終点の上小田井までは320円。いずれまた名古屋の地下鉄に乗りに来たら、忘れずに『名古屋市市電・地下鉄保存館』を訪ねようと思う。
大都市名古屋とトヨタ自動車の豊田市は、もっと早くから鉄道が敷かれるべき路線だと思うが、自動車交通の発達が先行し都市化が進んだ名古屋側に、鉄道が割りこむ余地が無かったのだろう。地下鉄技術が発達したおかげで、やっと両市は短絡された。陽の当たらぬ道とはいえど、名古屋の繁華街をこまめに停まるから便利だ。
慣れぬ土地で地上の風景は想像しがたいけれど、乗客の様子から雰囲気が伝わる。植田あたりまでは私服の女性や子供連れが多いから、住宅街、もしくは郊外のベッドタウンなのだろう。お買い物風の人々は御器所駅まで増えていく。御器所、という名に惹かれる。確かゴキブリは"御器被り"が由来だったな、と連想するが、それはとんでもないほど失礼なことで、豊臣秀吉の生誕地である。
御器所は桜通線との乗換駅で、ビジネススーツの人々がかなり乗ってくる。路線名の由来となった鶴舞駅を過ぎ、上前津になると通勤路線の様子である。地上には灰色のビルが建ち並んでいるのだろうな、と思う。ここまでくると、地下鉄に乗っていても悔しくない。地上は恋しいけれど、上がったところでビルの谷間だ。空も季節もないだろう、と自分を納得させている。
上小田井は地上駅だ。外はまだ明るかった。新名古屋方面に向かう名鉄電車に乗り、運転台の真後ろに立つ。枇杷島信号所を見物したいからである。枇杷島信号所は名鉄本線と犬山線の分岐点で、この電車から見ると、こちらの複線区間とあちらの複線区間が合流して複線区間になる。4本の線路が2本になる。しかも立体交差ではなく平面交差だから、内側の2本は逆方向に走る線路が交差する。信号のお陰で正面衝突することはないけれど、これは都市の私鉄としては珍しい風景である。
ふたつの複線区間が合流してターミナルに到達するなら、複々線の形をとるか、立体交差させて線路の向きを揃えてから合流するか、分岐点に駅を設けて、列車の発車時間を調整する方式が通例だ。そのほうが安全だし、列車の発着回数を増やせるからである。
新名古屋駅の乗車目標。
行先ランプが扉の位置を示す。
名鉄がこのような分岐点を残す事情は、新名古屋駅が複線の途中駅となっていて、線路が2本しかないからだ。これは新名古屋の機能を考えると少なすぎる。前に説明したように、名鉄は支線の隅々に新名古屋からの直通列車を走らせている。つまり、北からは新岐阜、犬山、津島方面の列車が発着し、南からは豊橋、常滑、吉良吉田方面の列車が発着する。6つの方面の列車を、たった2本の線路で捌いていることになる。一日あたり1000本近い列車が発着し、朝のラッシュ時は2分おきで発着する。そのなかには有料座席の特急も混ざっている。線路が2本しかないのに。
パトカー塗装の特急電車が来た。
スピード違反の電車を追跡して捕まえる、のではなく、
愛知県警との防犯キャンペーンによるもの。
普通は方面別に線路もホームも独立させるものだが、新名古屋は地下駅ということもあり、拡張できないまま今日に至る。名鉄の策は豊臣秀吉ばりに奇想天外で、まずは6つの方面の列車を相互に直通運転させて3系統とした。さらに、行先別にホームの前半と後半を使い分ける。これで見かけ上は4本のホームになる。かつてはひとつのホームに2本の列車が停車したらしい。そして、さらに細かく分岐する列車の誤乗車を防ぐため、方面別に停車位置をずらして、扉の位置も変えている。これはホームに立つと、正面の壁にランプで示されている。
名古屋-岐阜、名古屋-豊橋だけでも専用の発着設備を与えたい輸送量だが、この状況を見る限り、新名古屋で折り返すなどとんでもない話だ。私は今回、初めて名鉄に乗ったように書いているけれど、実は会社員時代に出張する機会があり、ここから電車に乗っている。しかし、あまりの煩雑さに混乱し、駅員に行き先を告げて指示に従うしかなかった。今ではどの路線でどの駅に行ったかも覚えていない。だから乗車路線リストの名鉄部分は空白のままだ。
新型パノラマカーの空席を待つ。
線路は2本。乗降するホームはふたつ。ただし、線路の間にも3つ目のホームがある。短時間で乗客を捌くための降車専用ホームと、有料特別車専用のホームを兼ねている。私は有料特別車の豊橋行のホームに立った。フリー切符で特別車に乗れる時間を過ぎていたため、窓口で指定席を買う。350円の指定券は人気があり、次の列車はたちまち売り切れ。次の次の列車を希望すると、1号車1番だった。パノラマカーの先頭座席である。豊川稲荷にお参りした効果かもしれない。
新型のパノラマカーは、運転席が1階に戻り、展望席が2階になった。窓ガラスが大きくて見晴らしがいい。地上に出るとすでに暗くなっていたけれど、ガラスの傾斜が工夫されていて、視界に客室のようすが反射されない。車両の外観はアゲハ蝶の幼虫のようで、けしてスマートとは言いがたいけれど、この展望は旧型のパノラマカーより各段に優れている。豊橋までは約50分。街の明りが、星の海を貫くかのように後ろに散っていった。
新型パノラマカーの展望。
■第43回~49回
の行程図
(GIFファイル)
2004年2月7日の新規乗車線区
JR:0.0Km 私鉄:247.7km
累計乗車線区
JR:15,616.7Km 私鉄:2,678.5km
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