日立電鉄の常北太田とJR水郡線の常陸太田駅は近い。改札口同士を直線で結ぶと100メートルほどだ。両駅の間には国道349号線が横たわっている。両駅の間に立ち両方の駅舎を眺めると、やはり官営鉄道として君臨した水郡線のほうが立派で、日立電鉄は地味だ。玄関と勝手口が向かい合っているようだ。ここまでくると日立電鉄を贔屓したくなる。このまま日立電鉄で戻ってもいいくらいだ。
常北太田駅前から常陸太田駅を眺める。
そう思うには理由があって、実は水郡線の水戸から常陸太田までの区間は乗車済みで、途中の上菅谷から分岐して郡山までが未乗区間になっているからだ。ただし、水戸に戻ると乗り継ぎがよくない。今回の旅程でもっとも苦心した部分が常陸太田での乗り継ぎで、これ以外の時間帯だと、どこかで1時間以上も待つ必要があるのだ。
だから水郡線に乗りたい。しかし、駅は見えているけれど、国道の交通量が多く、渡るには横断歩道で待つか、歩道橋を使わなくてはいけない。さて、どちらにしようか。横断歩道の待ち時間が長そうで、気が進まないが歩道橋の階段を上ろうとしたとき、常陸太田駅から発車の案内放送が聞こえた。しまった、と思っても後の祭り。乗ろうとしていた列車が、歩道橋の横を通り過ぎていく。徹夜明けのせいで行動力が低下しているようだ。乗り継ぎ時間は4分。ギリギリとはいえ、よそ見をしなければ間に合うはずだった。
行っちゃった……。
次の列車までは約1時間待ち。それに乗っても上菅谷駅の乗換えでまた1時間待ちになり、2時間も遅れてしまう。1時間くらいは散歩で時間を潰せるし、むしろそれは楽しいことと思うけれど、そうすると水郡線で郡山に着く前に日が暮れてしまう。初乗り路線で景色が見えないと寂しいから、ここは別の手段で上菅谷へ向かうしかない。駅前で停車中のタクシーに聞くと、15分から20分ほどで行けると言う。それなら上菅谷で乗り換える予定の列車に間に合う。タクシーの出費は痛いが仕方がない。
気さくな運転手さんが土地の話をしてくれた。このあたりの主要産業は林業で、全国に苗木を出荷しているそうだ。苗木は一度出荷すると倉庫に積んでおくわけにはいかないので、拠点に集積するたびに植え替えるという。気など放っておいても育つものだと思っていたが、商品にするとなると手間がかかるようだ。
「ちょうどこの当たりに杉を取引する場所があって、杉分(すぎわけ)という地名もありました」
乗用車の視点は道路に近いけれど、沿道には柵がないので見晴らしはいい。もったいないと思っていたタクシー代も、この景色と知識の代金としては悪くないな、と思い直した。もっとも、フリー切符のおかげで、鉄道の運賃はだいぶ得をしている。先の2日間で元を取ったはずだから、今日のJRの運賃などダダ同然だ。
上菅谷は小さな駅だが職員がいる。駅員がいる駅なのに駅前は寂しい。早めの昼飯にしようと思ったけれど、2件ほどの飲食店は準備中だった。そういえばタクシーの車窓からコンビニが見えたと思い出し、車で通った道を戻って握り飯を買う。私の旅は、食に関しては地方色がない。これは反省しなければいけない。
水郡線は水戸と郡山近くの安積永盛(あさかながもり)を結ぶ142.2kmの路線で、水戸と郡山から字を取って水郡線と名づけられた。水郡線には、旧水戸鉄道だった上菅谷から常陸太田までの支線がある。私がなぜ支線にだけ乗っているかというと、国鉄時代に赤字ローカル線廃止論議が高まっており、この支線が廃止されるかもしれないと危惧したからだ。実際には路線名単位で廃止が検討されたため、支線部分も残った。この区間だけが別の路線名なら廃止されたかもしれない。あの頃、路線名が違うだけで廃止された不運な路線がいくつもあった。もっとも、存続された路線も結局廃止されているか、廃止が噂されているようだ。
上菅谷から郡山行きの列車は小海線や八高線と同じ新型のディーゼルカーである。JR東日本の車両の近代化が順調に進んでいるようだ。列車の本数についても見直しを進めているらしく、駅に停まるたびに若い職員が車内の人数を数えている。この列車は本来、途中の常陸大子止まりだが、今年の10月と11月は不定期に郡山まで延長している。時刻表を見て、この時期に何があるのかと思っていたが、増発需要を調査するためらしい。
久慈川と離合を繰り返す。
列車は久慈川に沿って山地へ入っていく。久慈川は茨城県の最高峰で福島県境でもある八溝山が源流で、ひとまず福島県側に流れていき、水郡線の磐城棚倉駅付近でUターンして茨城に戻り、日立市久慈町で太平洋に注ぐ。河口は日立電鉄の久慈浜駅のそばだから、今日はちょうど久慈川を遡るルートを辿っている。久慈川は鮎や鮭が溯上する清流だという。車窓からも見え隠れするが、山と緑に大切に抱かれているようだ。車窓右手は阿武隈高地である。
どこかで紅葉に出会えるかと思ったけれど、山肌は緑色。しかも、夏ような勢いのある緑ではなく、やや褪せかけた緑だ。半端な時期を選んでしまったけれど、そのかわり空の青みが引き立っている。上空の気流が速いらしく、さまざまな形をした雲が現われては稜線に消えていく。これもまさしく旅の景色。カレンダーの景色ばかりではつまらない、と、誰にともなく意地を張っている。
郡山で東北本線に乗り換えて、各駅停車で帰途につく。新幹線開業以降、"本線"といえども地元密着型のローカル線になり、上野に直通する普通列車はない。車両はこの地方のみに投入された形式で、中核都市の通勤輸送に考慮して、座席が長椅子になっている。インターネットの掲示板では、旅の気分が出ないと不評のようだが、その長椅子の中央に座り、向かい側の窓を一連で眺めれば、大きなスクリーンのようである。郡山からの上り列車、進行方向左側の車窓は高台が続き、阿武隈川を見下ろす景色は雄大だ。その景色をパノラマ写真のように楽しめるなら、長椅子だって悪くないと思う。
長椅子ならではのパノラマ車窓。
■第31-33回
の行程図
(GIFファイル)
2003年10月15日の新規乗車線区
JR:127.4Km 私鉄:32.4km
累計乗車線区
JR:15,555.5Km 私鉄:2,316.8km
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