第5回:菜の花色のミニ列車-埼玉新都市交通ニューシャトル-
更新日2003/05/08
埼玉高速鉄道は開業から2年しか経っていない。1980年代のバブル景気らしい計画で、営団地下鉄南北線を埼玉方面へ延伸し、この路線を軸にして東京近郊のベッドタウンを開発しようと言う意図があった。しかし、2年経っても浦和美園駅付近の車窓は空き地が広がっている。乗客もひとつの車両にひとりかふたり。日中の近郊路線は乗客が少ないものだとはいえ、経営は厳しそうだ。先頭車両から降りると、線路が駅の先に延びており、車庫らしく線路がいくつも分岐している。その向こうに埼玉スタジアムが見える。もうひと駅ぶん、スタジアムの真横に終点を作れば良かったと思う。浦和美園は埼玉スタジアムに最も近い駅である。しかし、この距離を歩くなら浦和や川口からバスに乗ったほうがいいかもしれない。
ランチタイムを少し過ぎている。朝食を取らなかったので空腹だ。しかし、浦和美園駅の周辺にはなにもない。東口バスのロータリーにはニュータウン建設の派手なアーチが建っているだけ。西側には民家が見えるけれど、飲食店もコンビニもなさそうだ。新しい駅の清々しさと寂しさを楽しんで良しとする。
さて、まだ半日である。次にどの路線に乗ろうか。地下鉄の未乗区間に乗るなら飯田橋に戻って東西線を軸とし、千代田線や日比谷線を巡るべきだが、同じ電車で25kmも地下区間を引き返すなんて面白くない。天気もいいし、地上を走りたい。ここから大宮は近いはずだから、まだ乗っていないニューシャトルに乗りに行こう。
大宮は埼玉県の中心的都市であるから、たぶん浦和美園から大宮行きのバスが出ているだろう。ロータリーに戻ると確かに大宮行きの停留所があった。しかし、平日の日中は1時間に1本しか便がない。次のバスまで40分もある。飯田橋からたった25kmの距離の割には、のどかなものである。結局、埼玉高速鉄道をひと駅だけ戻って、東川口から武蔵野線に乗り、南浦和で京浜東北線に乗り換えて大宮へ向かった。武蔵野線とは24年ぶりの再会である。当時は貨物路線を旅客用に転用したばかりで、乗客は少なかった。今日はかなり混んでいる。埼玉高速鉄道もこうなることを祈りたい。
コンパクトな地下鉄を乗りついで来たせいか、大宮駅の大きさに圧倒された。京浜東北線から乗客が繰り出し、その流れに乗りながらコンコースを歩く。地元の名産品の露店が出ている。新幹線乗り場へ向かうほど団体旅行のポスターが増えていく。賑やかさから鉄道の活気を感じ、いい気分だ。ここは日常と旅情の分岐点である。
ニューシャトルの乗り場は新幹線乗り場の北側にある。案内表示をたどりつつ、大宮駅の端から端まで歩いた。コンコースの喧騒が届かない場所で、うらぶれた雰囲気である。どこかで昼食を済ませるべきだったと少し悔やんだ。キップを買い、改札を抜けてホームに上がり、振り返ると外にハンバーガーショップがあった。もう遅い。キップを買ったら早く乗りたくて仕方ない性分である。
ニューシャトルの大宮駅は薄暗い。新幹線の高架線の真下を右から左へ横切るようにホームがあって陽が射さないからだ。駅の真下に貨物の荷扱い場があるらしく、赤いディーゼル機関車がピョーという汽笛を鳴らして働いている。ニューシャトルはコンクリート製の軌道を走る新交通システムで、ここは始発駅だが折り返しはしない構造になっている。列車は上り線からやってきて迂回してホームに横付けし、また迂回して下り線に向かう。遊園地の汽車の乗り場に似ている。寂しい場所だけれど、楽しい。
ニューシャトル大宮駅。遊園地のアトラクション列車のようだ。
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10分ほど待つと黄色い列車が来た。なんともかわいらしい車輌だ。1両がマイクロバスのように小さく、扉がひとつしかない。それが6つ繋がっている。マッチ箱の行列のようでもある。お台場を走る"ゆりかもめ"よりも小さく、車内はなんとか立って歩ける程度の狭さだ。冷房装置は事務所のような縦型が各車輌についている。
観光地のトロッコ列車に乗った気分だが、れっきとした生活路線である。高校生や買い物帰りの婦人が乗っている。沿線の企業に用があるのか、スーツ姿の人もいる。昼下がりだがお客さんは多い。やはりここは大宮駅だ。小さな列車は意外にも力強く走り出した。
走り始めると、ビルの間をすり抜けて坂を上り、上越新幹線にぴったり寄り沿う。新幹線の路盤の両側をニューシャトルの軌道で挟んでいる。したがって、車窓の右側は新幹線の列車が勢いよく走りすぎていく。車窓の左側は大宮の街を展望できる。新幹線の高架線は高い所にあるから見晴らしがいい。春霞がなければ、かなり遠くまで見渡せるだろう。富士山も見えるかもしれない。
JRの大宮工場の真横を通った。これは鉄道好きにとって嬉しい車窓だ。電車の屋根の上に載せる部品がたくさん積んである。工場の車窓は次の大成駅まで続く。インターネットで調べると、工場の北端は解体場で、大成駅のホームからは古い車輌が切り刻まれていく様子も見えるという。見たい気持ちと、目を塞ぎたい気持ちで悩んでいる間にドアが閉まり、列車は先へ進んでいく。
ニューシャトルがなぜ新幹線に沿って走るかといえば、線路があるのに駅が無い、という地元への配慮で作られた経緯があるからだという。しかし、私は上尾市への配慮の産物ではないかと思う。地図を見ると、ニューシャトルの路線は上尾駅の周辺部を通っている。上尾駅は昔、駅からあふれるほど増えた乗客が暴徒と化した事件があった。昭和48年3月13日の"上尾事件"である。国鉄の順法闘争による列車の遅れに腹を立てた乗客が駅や列車を破壊した。上尾事件以降、ダイヤが混乱した場合の予備として、秋葉原駅の留置線に常に電車が留置されるようになった。そんな配慮が必要なほど、上尾市は鉄道の利用者が多いのだ。
ニューシャトルから見る限り、上尾市は緑が多く理想的な住宅地である。桜の花も多い。町の景色を眺めつつ、ときどき現れる新幹線列車に気を取られ、忙しく首を動かすあいだに丸山駅に着く。新幹線の高架下で、上り線の路盤も合流する大きな駅である。路盤が入り組んでいるので、車輌基地への分岐があるのだろう。ここから先は単線になって、さらに穏やかな風景になった。
のんびりと単線区間を走って終点の内宿に着く。古い民家が多いけれど、この駅の周りにも商店がない。整備された舗装路があるので、地元の足はクルマなのだろう。バスは内宿駅を基点に巡回する路線しかなく、来た道を引き返すしかない。しかし、新幹線の路盤の反対側は初めて見る景色で、飽きなかった。
第6回:ドーナツの外側-東武野田線-