第4回:名探偵の散歩道-営団南北線・埼玉高速鉄道-
更新日2003/05/01
目黒駅地下4階のホームから営団南北線の電車に乗る。走行中の地下鉄は景色が見えない。だからつまらないと思っていたけれど、実は景色以外の楽しみがある。例えば吊り広告だ。週刊誌の広告は話のタネを拾い出せるし、不動産や神社仏閣の広告で沿線の様子を想像できる。ほかに私のオススメする楽しみ方は、なるべく後ろの車両に乗り、先頭車両の方向を眺めることだ。空いているときに限るけれど、列車がくねくねと方向を変え、勾配を上下する様子がわかる。まるで蛇の体内にいるようで、手帳サイズの地図を見ながら、いまはどこかと予想するとなお楽しい。
しかし今日は快晴である。そんな日に地下に潜りっぱなしとはもったいない。私は陽光が恋しくなってきた。停車駅案内を見ると『西ヶ原』という駅がある。内田康夫さんのミステリー小説の愛読者なら、北区西ヶ原は探偵"浅見光彦"が住む街だと知っている。ここは小説に必ず登場するところだ。その西ヶ原を歩いてみたい。
改札を出ると周辺の案内地図がある。地下鉄駅のお約束である。残念ながら"浅見光彦の家"は描かれていない。小説に何度も登場する"平塚亭"という団子屋は実在するはずだが、それもどこかわからない。路線図を見た時に気づいていれば事前に調べられたはずと、私は少し後悔した。行き当たりばったりの旅をするとこういうことになる。しかしここは西ヶ原である。どこへ行こうと浅見光彦の歩いた道だ。それだけで充分だ。私は飛鳥山公園へ向かった。
歩行者は一里塚に近づけない。クルマかバイクなら傍を通れる。
|
地上に出ると正面に滝野川警察署があった。近代的なレンガ色の建物で、この警察署も小説によく登場する。浅見光彦の兄は警察官僚で、弟が事件に首を突っ込むたびに協力したり退けたりする。兄弟の母親は弟が兄の邪魔をしているようでよく思っていない。そんな家庭の事情を、滝野川署の人々は理解している、と書かれていた気がする。あるいは無関心を装っている、だったかもしれない。
滝野川署前の道路は本郷通りで、道の中央に"一里塚"がある。都内で唯一現存する一里塚で、ここは日本橋からちょうど二里の場所だ。国の指定文化財である。と、地下鉄のコンコースに説明書きがあった。一里塚のそばにも説明書きの看板があるようだが、横断歩道がないので道を渡れない。丁寧に"わたるな"という標識もある。再開した旅の初日に一里塚を見るとは縁起がいい。
警察署の隣に石造りの鳥居がある。中へ進むと七社神社がある。この神社も小説に良く登場する。八重桜が満開で、橙も大きな実を付けている。御神木の大銀杏は勢いよく茂り、幹の下はチューリップなどの花が咲き誇る。散歩には絶好の日である。いや、これはもう旅と言っていい。私にとっては非日常の世界だ。
道路から離れているだけに、境内は静かだ。しかし、私の耳はピョーという汽笛の音を捉えている。鉄道が近いらしい。音をたどって歩くと、いくつもの線路が並ぶ大幹線にたどりついた。東北本線である。地元の人しか渡らない歩道橋から眺めれば、貨物列車や京浜東北線や東北新幹線『はやて』が通過して飽きない。私は探偵ではないけれど、機会があればこの街に住みたいと思った。
住宅街の路地を巡り、飛鳥山公園に近づくところで立ち止まった。足元からガサゴソと音がする。見回すと、足元の段ボール箱に仔猫が4匹、私に向かって手を伸ばしていた。薄いブルーの8つの瞳と目が合ってしまった。おいどうした、そう話しかけながら、一匹を拾いあげてみる。私の手のひらよりも小さな体で、無邪気に足を動かしている。自分がどんな状況にあるか理解できていないのだろう。私も衝動的に触ってしまったが、この状況がようやく判った。私は生まれて初めて、本物の捨て猫を見た。段ボール箱、下に敷いたタオル、生まれたばかりの仔猫。見事な、ドラマやマンガに出てきそうな捨て猫の姿である。なんとかしてやりたいが、これから電車に乗る余所者には何もできない。そのふがいなさと同時に、捨て主に対して腹が立ってきた。事情はあるだろうが、こんな方法しかなかったのだろうか。インターネットで里親を探すなど、方法はいくらでもあるはずだ。それとも、西ヶ原は動物を安心して捨てられる街で、かならず親切な人が拾ってくれるという習慣があるのか。
情が移りそうになり、私は猫を戻して先を急いだ。飛鳥山公園は八重桜が満開で、幼稚園の帰りらしい親子連れが集まって弁当を開いている。公園内には博物館が三つあり、私はこのうちふたつに入ってみた。飛鳥山博物館ではこの地に出土した縄文式土器・弥生式土器を中心に、古代人の暮らしぶりを眺めた。紙の博物館では紙の作り方や世界の紙の知識を深め、特別展示の金唐草紙に目を見張った。広場には役目を終えた都電や蒸気機関車があり、こどもたちに混ざって運転台に昇ってみたりもした。西ヶ原から王子にかけては、飛鳥山遺跡だけではなく、王子製紙の創業の地や、東北本線の分岐点もある。散歩の種に欠かない土地であり、その情報量に圧倒されつつも、私の心に刻まれた残像は捨て猫たちの瞳であった。
私は来た時とは違う道を巡って西ヶ原駅に戻った。ここから南北線で先を目ざし、ついでに、相互乗り入れしている埼玉高速鉄道に乗って終点の浦和美園まで行く。南北線は赤羽岩淵で終わり、ここから埼玉高速鉄道である。地下鉄ではないからすぐに地上に出るかと思ったが、いつまでたっても暗い地下を走っている。終点の浦和美園に着く直前で、やっと地上に出た。まだまだ快晴、しかも陽が高い。明るい世界で気分も晴れて、私は深呼吸をしたくなった。
第5回:菜の花色のミニ列車-埼玉新都市交通ニューシャトル-