第48回:臭いと香りの間
更新日2008/02/21
それぞれの国、地域には独特のニオイがあり、そんなニオイが記憶と結びつき、懐かしさがこみ上げてきたり、逆に思い出すだけでも嫌なニオイが鼻についてきたりします。
インドの下町やモロッコのメジナ(旧市街)などでは、特有のスパイスの香が漂っていますし、スペインでは昼食時にはどこの家庭からもニンニクをオリーブ油で炒める香ばしい、食欲をそそる香りが街角や裏小路に流れ出てくるのを懐かしく思い出します。
私のダンナさんの友人がスペイン女性と結婚しました。彼女は丁度妊娠しているとき、一番つわりの激しい時期に日本へ行きましたが、お醤油のニオイを嗅ぐと吐き気に襲われたそうです。無事に赤ちゃんを産んだ後、今でもお醤油のニオイを嗅ぐと胸がむかつくとこぼしています。そして、日本はどこに行っても、汽車の中でも、ビジネス街を歩いていてもお醤油のニオイが充満している、それさえなければよいのだけど…と愚痴っています。
幸い私の鼻は大きいだけで、それほど敏感にできていないようなので、日本のニオイでガマンができない状況に出会ったことがありません。でも、成田や羽田から都心へ向かうとき、関西空港から大阪市内へ向かうとき、あのムッとした空気には圧倒されます。飛行機の窓から汚れた空気の中へと突入するのを見ていた…という心理的要素が大きいのかもしれませんが、大都会特有のニオイが鼻を襲うのです。 しかしそれも都心や市内に入ってしまうと、直ぐに慢性化するのか、忘れてしまうものですが。
日本の食べ物でどうにも苦手なのは、"日本三大臭いモノ"納豆、塩辛、クサヤの三つです。もっとも関西の人はそんな臭いものは関東人だけが食べる悪趣味なゲテモノで、嫌いで当然、食べることができなくて当たり前と慰めてくれます。
納豆はやっと納豆巻きなら、口に入れることができるようになりましたが、塩辛の臭さ、いかにもドロドロしたスガタ、カタチは目でも鼻でも受け付けません。逆にスガタ、カタチは悪くないけど、絶対的に強烈な悪臭を放っているのがクサヤです。あれは、ドブ、下水を口に流し込むようなものです。
日本人がいくら魚の料理の粋を極めているからといって、魚をわざわざああまで臭くして食べることはない…と思うのですが。鼻を摘んで、舌だけに味覚を集中させて試してみろと言われましたが、いくら私の鼻が鈍感とはいえ、嗅覚は味の大切な一部ですから、ドブのニオイを無視することはできません。
確かに、果物の王様といわれているドリアンの臭さといったらアメリカ人のワキガですらほのかな香りに感じられるほど強烈です。それでも身上をドリアンで潰すほどのめり込む人が後を絶たないと言います。
パルメザンチーズのようにヤギのミルクを混合したチーズもかなり臭います。こちらはデオドラントを付け忘れた地中海の女性の体臭くらいかしら。
東京の赤坂見附にあるホテルニューオータニの裏にブルガリ、ヴェルサーチ、グッチなどのいわゆるブランドブッティクが軒を並べている通りがあるのをご存知でしょうか。清水谷公園に面している通りです。有名なブランド店に挟まれるようにして一見フランス風のカフェテラスがあります。舗道に大きく張り出した洒落たテーブルでファッショナブルなお客さんが優雅にワイン付きの昼食を摂っているレストランです。
仕事の都合で赤坂見附の地下鉄駅までそこを毎日のように通りましたが、そのハイファッションであるはずの通りがドブ臭いのです。夏の蒸す日には下水道の中を歩いているのではないかと思うほど臭います。
そんな高級でいかにも値の張りそうなレストランにファッショナブルでない私が入れないからといってひがんでいるわけではありません。ただ臭気ムンムンとしたカフェで食事をする人がいるのが信じられないだけです。
嗅覚は一番疲れやすく、直ぐに慣れてしまう五感だそうです。短時間で麻痺してしまうと言うのです。大都会、東京、大阪の人は嗅覚が麻痺しているのか、ドブ臭さを感じなくなっているのでしょうね。
私の場合、タクワンの臭さが気にならなくなり、歯ごたえを味わえるようになるまで5、6年かかったでしょうか。今ではパブロフの犬のように、タクワンのニオイが漂ってくると生唾がでてきます。
私の嗅覚もかなり日本化して(退化かな)きたので、ドブ臭い高級レストランでワインの香りを楽しむことができるようになったのかもしれません。もともと臭いと香りの間にそんなに差がないのかもしれませんね。
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