第44回:犬にかじられてもニュースになる話
更新日2008/01/24
人間が犬にかじられてもニューズにならないけど、人間が犬をかじったらニューズになるのはジャーナリズムの第一歩だそうです。
ところが、人をかじっても当たり前のはずの犬が人をかじり、大きなニューズになっています。
ニュージャージー州のお金持ち地区に住むジェームスさんの犬、大型のシェパードで、体重が85ポンド(40キロ以上)ある"コンゴ"が庭師のリビエラさんに噛み付き重症を負わせたのです。写真で見ると全身ひどい噛み傷だらけでリビエラさんは殺されかねないところでした。
アメリカの家の保険は、盗難、火災は当然のことですが、その敷地内で起こったすべての出来事は持ち主に責任があり、その責任をカバーするようにできています。トランポリンが庭に置いてあり、近所の子供が無断でそのトランポリンで遊んで怪我をした場合、その土地の所有者に責任がかかってきます。子供たちが"不法侵入"で庭に入り込みトランポリンで遊んだにしろ、裁判に持ち込まれれば莫大な賠償金を支払わなければなりません。
ですから、敷地にフェンスがしてあるかどうか、池やプールがあるか、トランポリンやブランコがあるかなどなどで微妙に保険の掛け金が違ってきます。極端な例ですが、敷地内に無断で入ったら撃ち殺すと看板を出している家もあるくらいです。
数年前、日本人の留学生服部さんは道に迷い、ある家を訪れ、道を尋ねようとしたところ、その家の主に撃ち殺されてしまいました。このケースでは殺人者は無罪になりました。
シェパードの"コンゴ"が、リビエラさんをかじったのは今年の夏のことです。保険会社がリビエラさんに25万ドル(2,800万円くらい)支払い、この件は落着したと思われていました。ところが、裁判所は"コンゴ"に死刑の判決を下し、死刑執行の日が近づくにしたがって、話題が再燃してきたのです。
というのは、リビエラさんがホンジュラスからの不法外人労働者だったからです。"コンゴ"を救えと、お金持ち団地の近所の人々がプラカードを掲げてデモをする段階から、一挙に人種問題、不法外人労働者の問題に発展したのです。
可能なら何でも人種問題にするのがアメリカの特徴ですが、この単純な、犬が人間をかじっただけの事件も大きな人種問題になり、外人労働者に対する強行派と人権擁護派、ヒスパニック系の市民団体がキャンペーンを繰り広げるほどになったのです。
不法労働者に対する強行派は、アメリカ国内で不法滞在者にいかなる権利もない、保険金さえ受け取る権利はない、犬の"コンゴ"は当然の勤めを果たしただけだ。コンゴのような犬をたくさん国境に解き放し、不法侵入者を取り締まるべきだと極論し、ヒスパニック系の市民団体はこの事件が、もし郵便配達や電気ガスのメーターを検針にきた白人に(そのような職業には退役軍人が多い)起こったのなら、"コンゴ"は裁判所の裁定どおり、すぐに死刑になっていたはずだ、ヒスパニック系を準市民と見るのは非常に危険なことだ、と反論しています。
"コンゴ"の死刑判決の取り消しを求め、ニュージャージー州の最高裁まで待ち込まれました(とてもお金がかかるでしょうね)。ニュージャージー州の知事は、"コンゴ"に恩許を与える権限を持っていますが、それを追行する意思はなく、裁判所の決定に従うと言明しています。
"コンゴ"の持ち主のジェームス夫妻は、いささかニュースの焦点になるのにうんざりしたのでしょうか、「この事件は、不法労働者とか人種問題とは全く無関係だ。リビエラさんが先にコンゴを叩いたので、コンゴがリビエラさんを攻撃した」とコンゴの防衛権を主張しています。
実際にリビエラさんが"コンゴ"を叩いたのかどうか、リビエラさんは否定しているので、"コンゴ"に聞いてみなければ分かりませんし、それで犬に防衛権を認めることになれば、終いには「ガンをつけた」と犬が噛み付く理由になりかねません。
リビエラさんは、「確かに私はアメリカで不法労働者だが、それ以前に人間なのです」と述べています。
もちろん"コンゴ"は、"ウンともワンとも"言わずに判決が出るのを待っています。
第45回:犬にかじられてもニュースになる話~続編~