第42回:師走の寒い空の下
更新日2007/12/27
私が通う曲がりくねった丘陵の狭い道で、いつもタンマン(日焼けした男)と私が勝手に名づけた細身の男の人と出会います。出会うといってもこっちは車で、タンマンは歩いたり、軽く走ったりしてるので、タンマンは私のことを知らないでしょうけど。
タンマンと名づけたのは、こんなに真茶色になれるものかというくらい、とてもよく日に焼けているからです。頭はツルリとハゲていて、もちろんそこも顔や体と同じように、暗い茶色です。春から夏、そして秋にかけて、タンマンは上半身裸で身を前にかがめるように歩いています。
何のためそんなところを行き来しているのか分かりませんが、彼がホームレスであることは確かなようです。お昼に町中の公園で教会が炊き出しをしているので、恐らくそれにありつくために町まで降り、夜はどこか丘の上か小さな谷の洞窟に寝ているのでしょう。
11月の第3週まで、ここは例年にない晴天で温暖な日が続きました。ところがそれから急に寒波が到来し、一挙に冬になってしまいました。ホームレスもゴロゴロと重ね着をし、スキー帽を冠ってうろつくようになりました。きっと夜の冷え込みは堪えることでしょう。
テレビのニュースによれば、この人口12万人ほどの町に、ホームレスが60~80人いるそうです。人口の比率にして、ホームレスが異常に多いのは、ここに退役軍人(アメリカではベテランと呼んでいます)のための病院があるからで、ホームレスの中に占める、退役軍人の割合は年々高くなる一方です。
現在、ホームレスの26パーセントは退役軍人、主にベトナム帰りです。2005年の統計では、19万4,313人の退役軍人が社会に適応できずにホームレスとなっています。
彼らの約半数はPTSD(心理的外傷ストレス障害)という、精神の病にかかっていると言われています。異常な戦争の体験は、衝撃が大きすぎて、アメリカに戻ってきてからも社会に順応できないのです。そのような戦争後ホームレスが増える現象は、ベトナム戦争の場合、戦争終結後10年経ってから顕著になりました。いわゆる「ベトナム崩れ」が大勢出現したのです。
ブッシュ大統領がアフガニスタン、イラクで戦争を始めてからもう6年になります。イラク、アフガン帰りの兵隊さんは、今まで以上の比率でPTSDに陥っていると報道されています。
現在、イラクに15万人、アフガニスタンに1万6,000人の兵隊がいます。すでに帰ってきた軍人は13万人いますが、その人たちの多くは心に深い傷を持ち、その中の何パーセントかはPTSDを抱えたままホームレスになることでしょう。
PTSDは、身体障害者のようには外見から全く区別がつきません。政府も戦争そのものには莫大なお金をつぎ込んでいますが、帰ってきた使用済みの兵隊さんは視野に入っていません。
イラク、アフガニスタンの派兵は、今までの歴史にないほど女性が多く、したがって女性の退役軍人が増え、それに連れて女性のPTSD患者、ホームレスが急増しています。
アメリカが戦争を始めるときは、幾つも立派な理由をつけ、外国に押しかけていきますが、戦争を止めるのは目的を達したからではなく、アメリカ国内の事情、侵略した相手の国の状況は無視して自分の都合だけで引き上げてしまう傾向があります。
イラク、アフガニスタンの戦争もアメリカ国内の社会問題が大きくなって政府に圧力をかける形で終わる可能性が強いでしょう。そうなると、戦争を早く終わらせるためには、退役軍人が皆ホームレスになって大きな社会問題になったほうがいいのかもしれませんが。
タンマンを寒くなってから見かけません。どこか暖かい南へ移ったのでしょうか、そうだといいんですが。
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