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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第199回:ラグビー・ワールド・カップ2011 そして閉幕

更新日2011/11/03


ニュージーランド、オール・ブラックス。まさに薄氷を踏む思いでの、フランスとの決勝戦勝利であった。

8-7という、野球であったなら、かつてフランクリン・ルーズベルトが最も面白いと言ったスコアだが、ラグビーとしてはかなりのロースコアである。

1トライ1ペナルティー・ゴール対1トライ1コンバージョン・ゴール。5+3対5+2。グラウンディングされたトライの数も、ゴールポスト内のバーを越えていったキックボールの数も、ともに一つずつ。けれども、ゴールキックの種類の違いだけが明暗を分けた。

これでオール・ブラックスは、常に世界で一番強いと言われていながらも、第1回大会から実に24年ぶりにようやく2度目のW杯覇者になることができた。1987年(というよりも昭和62年と書いた方が、我々としては実感が湧くだろう)6月20日以来である。

リッチー・マコウ、NZとしては初のW杯2大会連続のキャプテン。前回準々決勝で敗れたフランスに雪辱を果たし、第1回W杯のデヴィッド・カークが抱いて以来、ギャリー・ウェットン、ショーン・フィッツパトリック、タイン・ランデル、ルーベン・ソーンの4人のキャプテンたちが手にすることのできなかった優勝杯、ウェブ・エリス・カップ(Webb Ellis Cup)を、彼は両手で高々と掲げ、そして愛おしそうにキスをしたのである。

それにしてもタフなゲームだった。オール・ブラックスは前半15分で敵陣ゴール前、マイボールのラインアウトから、プロップのトニー・ウッドコクが抜けてトライを獲る(5-0)。

これで順調に波に乗るかと思ったが、フランスの執拗なディフェンスの前に自分たちのラグビーができない。

後半に入って45分(通し時間;以降も同様)、今W杯4人目のフライハーフ、スティーヴン・ドナルドが、NZサポーターが不安な目で見つめる中、ペナルティー・ゴールを何とか決める(8-0)。

しかし、その直後の47分、フランスの闘将ティエリー・デゥソトワールにゴールポスト・カバーのインゴール側へのトライを奪われ、フランソワ・トゥラン=デュックにコンバージョンも決められる(8-7)。

それからは、フランスがゲームを支配し、NZは完全に守勢に回ってしまう。経験豊かな選手たちが、プレッシャーのため緊張しきっているのが手に取るように分かる。そんなシーンが延々と続く。

しかし、再三のフランスの攻撃を受けながら、それでも再びゴールラインを越えさせないというディフェンスが、今回のオール・ブラックスの強みだったのかも知れない。全員が身を挺して守り切ったのだ。

勝利のノーサイドの笛を「あの日」以来、干支2回りと4ヵ月3日かけてニュージーランド国民は聞くことができた。この夜、この国では何ガロンのビールが彼らの胃袋に流し込まれたことか。

私などには想像ができないほどの長い道のりだっただろう。豪州に声援を送っていた私でも、心から「おめでとうございます」と言いたい。

ところで、今回のNZは大会が始まった後、大きな誤算が生じた。これだけフライハーフ(日本で言うスタンドオフ)が目まぐるしく変わることは、まったくの想定外だったのだ。

文字通りチームの司令塔であり、優勝するためにはその存在が不可欠と言われていたダン・カーターが、予選プールの途中でキックの練習中に足の内転筋を断裂してしまう。

続く控えのコリン・スレイドも、決勝トーナメントのアルゼンチン戦で、カーターと同じく足の内転筋を傷め、急遽呼ばれていたアーデン・クルーデンに交代する。

スレイドもクルーデンも、カーターとは比較にならないほど経験不足でスケールの小さなプレーヤー。W杯奪還に翳りが見え始めた。しかし、フォワードの強さと他のバックス・プレーヤーのスキルでそれをカバーし、オール・ブラックスは決勝まで駒を進めた。

一病息災というのは当たらないかも知れないが、要のフライハーフの不在がチームの良い意味の危機感を生み出し、結束力を高めたと言えるかもわからない。

その決勝では、クルーデンも膝を痛め、もう一人急遽呼ばれたスティーヴン・ドナルドの登場となるのである。先ほど、サポーターたちの不安な目と書いたが、それには理由がある。

彼は今までに出場した大事なテストマッチで、多くのキックミス、判断ミスをし、それが敗戦に繋がったケースが少なくなかった。「奴が出てくると負ける」。ニュージーランド人たちの、ほとんどがそう思っていた。

事実、今回のW杯に際してのNZ国内のアンケートで、「出場して欲しくない選手」の筆頭で、サポーターにとっては、まったく信用のできない疫病神的な存在だったのだ。

そんな衆目の中で、彼が決めたペナルティー・ゴールの3点が、24年ぶり優勝の決勝点になったのだから、世の中というのは分らない。

彼の出場を予想できず、用意していなかったのか、まったく合わないつんつるてんの短いジャージを、何回も引っ張り下ろしながら喜ぶドナルド選手の姿が、サポーターたちにどう映ったのだろうか。

ともかく、これでW杯は終わってしまった。「祭りのあと」の気分である。

次回は、2015年にイングランド開催。今回、ボールを大きく展開するとてもよいラグビーを見せて、「これならば3位決定戦の意味もある」と多くのファンを納得させた豪州とウエールズ。

両チームともたいへん若いチームで、このまま行けば、今度はこの2チームがファイナリストの可能性も高く、大変楽しみである。

スコットランドは初めてベスト8入りを逃し、ゼロからのスタートを期する。ジャパンは、今よりさらに強化に加速度を増さなければ世界について行けない。ファンとしては見守っていきたい。

さて、次回はどんなW杯になるのだろう。

最後に、NZの優勝を記念して、2、3の画像を紹介したい。どれもW杯前に録画されたものだが、ご興味があればぜひご覧ください。

まず、リッチー・マコウのちょっと良い画像。
http://youtu.be/OrzcMagsWUM

そして、オール・ブラックスのスーパー・スキルを二つ。
http://youtu.be/FjqqqcPAViQ

http://youtu.be/uZx7dxz2CUU

-…つづく

 

 

第200回:流行り歌に寄せてNo.12 「銀座カンカン娘」~昭和24年(1949年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


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