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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第176回:ラグビーW杯まであと1年 (後)
更新日2010/10/28


前回、来年のラグビーW杯の決勝(10月23日、ニュージーランド、イーデン・パークにて開催)での対戦予想チームをオーストラリア(以下:豪州)対ニュージーランド(以下:NZ)とした。「このカードであって欲しい」という希望が多分に盛り込まれた予想だが、今回は予選プール、決勝トーナメントを双方のチームが着実に勝ち進めば、ちょうど決勝で対戦するスケジュールにもなっているのだ。

さて、現在IRB世界ランキングで1位のNZと、2位の豪州。最近の対戦成績はNZが10連勝中と豪州を圧倒している。ただ、今までそれなりの点差がついていたのだが、直近のトライ・ネーションズの最終戦は22-23と豪州がかなり肉薄している。

昨年の同じ時期に東京の国立競技場で行なわれた、豪州対NZの定期戦ブレディスロー・カップ最終戦、今年は再び香港スタジアムに舞台を移し10月30日に開催されるが、豪州としては負け癖を払拭しておきたいところだ。

次に、個人の選手に目を移してみよう。他のスポーツにもあるのだろうが、ラグビーの場合は殊に「トイメンには絶対に負けるな」という格言がある。トイメンとは麻雀用語の対面(といめん)から来ているのだが、自分の相対するポジションの選手のことを指す。

一つしかないポジション、例えばスクラム・ハーフならば相手スクラム・ハーフということになるが、左右双方あるポジションであれば、例えば左ロックならば相手の右ロックということになる。

最近は、日本で使われてきている左、右ということとは違うポジション解釈が主流で、ポジション名も国や地域によって呼称が異なっているが、ここでは日本での使い方で話を進めていきたい。

豪州対NZ、魅力的なトイメン対決を紹介してみよう。現在圧倒しているNZに敬意を表して、選手紹介はNZ対豪州の順とする。( )内は年齢。

まずはフォワードの華、フランカー(以下:FL)対決。これはFL対決ということのみならず、そのまま両チームのキャプテン対決でもある。右FLのNZリチャード・マコウ(29)対左FLの豪州ロッキー・エルソム(27)。

世界一のオープン・サイドFLとして、抜群の運動量、スピード、スキルを併せ持つマコウ。NZで初のW杯2大会連続のキャプテンという偉業を成し遂げるスーパースター、試合後のインタビューでも田舎訛りながら能弁にポンポンと会話が飛び出す。

一方のエルソムは寡黙な仕事人タイプ。勝利試合のインタビューでさえ、敗戦の将のごとくボソボソとつぶやく程度。しかし、そのプレーの激しさはNZのディフェンスの壁を何度となくこじ開け、自軍を、身体を張って引っ張ってきた。突進させたら、二人三人の選手を引きずりながらも前進する驚異的なパワーを持つ。

ただ今年のトライ・ネーションズを観ていて感じたのが、ナーバスなゲームになったときに、冷静さを保っていたマコウと、イライラを募らせ自滅してしまったエルソム。エルソムが来年までの間に、精神的に成長することが豪州勝利への条件だとも言える。

司令塔スタンド・オフ(以下:SO)対決。NZダニエル・カーター(28)対豪州クウェイド・クーパー(22)。

カーターは、SOとしてだけではなく歴代のNZの得点記録などを次々に塗り替えていく、NZ国内でマコウと人気を二分するほどのスーパースターである。定評ある確実なキックはもとより、アタックの時の間合いのすばらしさ、意外なほど、堅実でしつこいディフェンスの能力はずば抜けている。前回のW杯では絶不調でNZ国民を落胆させたが、完全な巻き返しをねらっている。

クーパーの予想のつかないトリッキーな動きは、相手を翻弄させてゲインを切り、その後にスピードあるバックスへ滑らかにボールを供給し、豪州ラグビーのアタックに多様性を持たせている。実に魅力的なプレーヤーだ。

リーグ・ラグビー(13人制のもうひとつのスタイルのラグビー組織)からの熱心な復帰オファーがあったが、取りあえず来年のW杯まではユニオン・ラグビー(私たちが日頃から観て知っているラグビー組織)でプレーをするそうで、豪州ファンはホッとしている。

ただ、前々回のW杯で活躍したマット・ロジャーズもそうだったが、なぜか豪州リーグ出身の選手はスキャンダル禍が多い。とにかく女性にもてるのだ。「あと1年、おとなしくしていなさいね」というのが豪州ファンの本音である。それだけ彼の存在は大きい。

最後はフル・バック(以下:FB)対決。NZミルス・ムリアイナ(30)対豪州カートリー・ビール(21)。

ムリアイナは、NZラグビー史上、最高のFBと呼ばれても何ら遜色のない選手。さらに三十路を迎えて絶好調を保っている。FBに要求されるキック、ディフェンス、ラン、アタックすべての要素について完璧にこなし、ゲインを突破する力はメンバー1と言えるのではないか。

一方のビールも、天性のラグビー・センスを持ち、あっと言う間に相手ディフェンスを抜き去るスピードは、こちらも豪州ラグビー史上例を見ない選手といえる。イケメン・バックスの多い豪州の中で、極道顔の面構え、頼もしいのである。但し、この人もスキャンダラスな話題には事欠かず、「おとなしくしていなさい」と諭さなければならないお人柄なのだ。

お気づきかと思うが、豪州には若い選手が多い。最近頭角を現し、キャプテン、エルソムとコンビを組む右FLのデビット・ポーコックは22歳、少年の面影を残す天才バックス、ジェームズ・オコナーは先日20歳になったばかりである。

円熟期を迎えた選手で固め、揺るぎない力を持つNZと、日本で言えばまだ学生である年齢の選手が鍵を握る、伸び盛りの豪州。対照的なチームが世界の覇者を決する日の到来まで、すでに1年を切っている。

-…つづく

 

 

第177回:若き二人のワラビー

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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