のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第169回:私の蘇格蘭紀行(30)
更新日2010/07/01


■パリの迷える日本人

4月27日(火)の続き…
圧倒的な落陽を見た後、私はこの日二日酔いのために、ほとんど何も口にしていないことに気がついた。本来は通りのカフェでワインを飲みながらゆっくりと夕食をしたいところだが、とにかく予算がない。

私はホテルの程近くにある「マクドナルド」に入る。心の隅から聞こえる、「パリに来てまでマックはないだろう」と囁いている声と戦いながら。注文は、日本にいるときとまったく変わらない「ダブル・チーズ・バーガーとコーラ」にした。

さすがに充実していて、種類の豊富な「サラダもご一緒に」(こう言われたのだと思う、多分)と勧められたが、お断りした。そちらで補いなさい、というわけでもないだろうが、ダブル・チーズ・バーガーにレタスがほとんど入っていないのには閉口した。

沿道で楽しげに酒を飲み、語り合っている人々の姿を横目に見ながら「自分は意外とストイックな生活が性に合っているかも知れない」と負け惜しみ的な自己弁護をしてホテルへと歩き、部屋に着いてからはそそくさと眠ってしまった。

4月28日(水)快晴。朝目覚めると、まだ若干頭痛がして、「えっ、三日酔いか」と危惧したが、清潔でシンプルな食堂でコンチネンタル・スタイルの朝食、クロワッサン、オレンジ・ジュース、そしてカフェ・オレを摂ることで、体調が戻ってきたようだ。殊にカフェ・オレは本当に旨く、元気がでた。

宿を9時過ぎに出て道を歩いていると、どうやらルーヴル美術館が近いらしいことがわかる。標識に沿って10分もしないうちに、絵地図にある建物が見えてきた。私はとにかく慎重だった。昨日降りた地下鉄の駅を見失うとシャルル・ドゴール空港に行くのはやっかいなことになる。道を、振り返り振り返り進んだ。

ルーヴル美術館は、建物そのものが美術品だった。とにかくその広さに驚いた。入場料は45.00FRF(約900円)。やはり、安いと思う。ニケが、ミロのヴィーナスが、自由の女神が、モナ=リザが当たり前のように展示されている。日本でこの中の一作品でも持ってきて美術展を開けば、ここの倍近くの入場料は取られることだろう。

入場客は美術品に向かってカメラを向けたり、空いているところに座ってスケッチをしたり、自由にゆっくりと美術品とコミュニケーションをとっている(但しモナ=リザだけはかなり厳重に管理されている)。急ぎ足で歩いて、本当にもったいないことをしていることを痛感した。

ここはまる一日、いやたっぷり二日はかけて観に来るところなのだろう。いつかまた余裕ができたら、再び訪れてみたいと思った。

飛行機の出発時刻までには余裕がありすぎるくらいあるのだが、とにかく格安航空券で来たために、これを乗り過ごすと本当に大変なことになる。その発想から電車の乗り方だけは確認しておこうと、沿道のカフェのマスターらしい人に聞いて駅を確認し、切符を買いに窓口に行った。

「シャルル・ドゴール空港まで行きたいんですけど」と英語で訊ねると、係のお兄さんは首を振る。また私が訊ねようとすると "Can you speak English? Listen to me, Listen to me. It is not possible. It is not possible"と言われる。

「どうしてなんだろう、ああ、ここは担当の窓口ではないのかな」と解釈し "Thank you"と告げて、「この東洋人、わかってないんだな」という顔で私を見つめる係員と別れた。

私は一旦表に出て、別の入り口から再び入り、今度はシャルル・ドゴール空港方面RER-Bの表示のある窓口であることを確認し、担当の女性に、にこやかに、「シャルル・ドゴール空港までお願いいたします」と告げると、また、「残念ですが、空港までは行けません」と答えられてしまった。

私は何が何だかわからず、またかなり焦ってしまい、たどたどしい英語を使って、「どうしてなんですか、昨日、私は高速地下鉄でここまで来たのですよ、なぜ?」と訊ねる。

明確な答が、聞き取りやすい英語で返ってきた。「昨日は来られたでしょう、でも今日は行くことはできません。ビコーズ・・・、今日はストライキを決行していますから」。そして彼女の最終通告は、「行く方法は、タクシーだけですね」。私は思わず、「いくらかかりますか?」と聞いたが、「さあ、直接タクシー・ドライバーに聞いてみてください」と返された。

高速地下鉄で30分以上もする距離、電車賃が48FRFもする距離にタクシーを使う。所持金は200FRFと少し、状況は大ピンチである。ない知恵を絞っていると、「最近、日本でカードが使えるタクシーが増えている。こちらにもそう言うタクシーが必ずあるはずだ」という考えが漸く浮かんできた。

さっそくタクシー乗り場で待機している運転手さんに聞いたが、キャッシュのみであるらしい。「他の車はどうですか?」と食い下がったが、「カードを使える車はないと思うよ」という(ような)答えである。見渡してみても、カード会社のシールは貼ってあるタクシーは見当たらない。

ほとほと参った。絶望的な気持ちで最後に一応聞いてみた。「シャルル・ドゴール空港まではいくらくらいかかりますか」すると運転手さんは、ペンで紙に書いた数字を提示してくれたが、その紙には「180~200」と書いてある。それならと100FRF紙幣2枚を見せると、「何だ、持ってるんじゃない」という表情を浮かべて 、"Of course, OK!"とのこと。

これは命拾いとばかりに、心底ホッとしてタクシーに乗り込んだ。

-…つづく

 

 

第170回:私の蘇格蘭紀行(31)

このコラムの感想を書く


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)

第152回:私の蘇格蘭紀行(13)
第153回:私の蘇格蘭紀行(14)
第154回:私の蘇格蘭紀行(15)
第155回:私の蘇格蘭紀行(16)
第156回:私の蘇格蘭紀行(17)
第157回:私の蘇格蘭紀行(18)
第158回:私の蘇格蘭紀行(19)
第159回:私の蘇格蘭紀行(20)
第160回:私の蘇格蘭紀行(21)
第161回:私の蘇格蘭紀行(22)
第162回:私の蘇格蘭紀行(23)

第163回:私の蘇格蘭紀行(24)
第164回:私の蘇格蘭紀行(25)
第165回:私の蘇格蘭紀行(26)
第166回:私の蘇格蘭紀行(27)
第167回:私の蘇格蘭紀行(28)
第168回:私の蘇格蘭紀行(29)

■更新予定日:隔週木曜日