■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
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第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
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第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
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第151回:私の蘇格蘭紀行(12)

第152回:私の蘇格蘭紀行(13)
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第157回:私の蘇格蘭紀行(18)

■更新予定日:隔週木曜日

第158回:私の蘇格蘭紀行(19)

更新日2010/01/14


ダンカンズビー岬へ(前)
4月15日(木)快晴。朝食を提供してくれたB&Bの女主人、昨日よりは少しばかり警戒心が解けたらしく、「どうやらこの男、悪いことはしないらしい」という思いで接してくれているようだ。

今日はブリテン島の北の果てジョン・オ・グローツ(John O'Groats)に行くことに。これは、私としてはめずらしく、旅程の最初から計画していることだった。

ジョン・オ・グローツまではオンボロバス。本当に「田舎のバスはオンボロ車」というやつである。乗りながら、一体どこまで踏み行っていくのかと不安な気持ちになる。途中、少し人の住んでいそうな場所を通ったが、再びまた草原へ。右手に飛沫をあげながら光る、広い広い海を見ながら、ウイックの駅から1時間弱、ようやくジョン・オ・グローツに到着する。

スコットランドの最後の家(北端)と呼ばれる展示館の売店で、そのことが描かれている絵はがきを買う。こちらからは何も言わないためか、期待していた最北端の消印(「地球の歩き方」にはもれなく押印されると書いてあったが)は押してもらえなかった。

ここの店員の女性と、インフォメーション・センターの担当の女性それぞれに、北端の北端ダンカンズビー岬(Duncansby Head)への行き方を聞く。二人とも、「この道をまっすぐ行ってください。2マイル半(約4㎞、1里ということか)の道、簡単に行けますよ」と教えてくださった。

ところが、聞き間違ってはないとは思うものの、言われたとおりに行くと、牛や羊を飼っている牧場の柵にぶつかってしまうのである。四方を見渡してみたり、二度ほど引き返してみたりしたが、他の道はまったく見つからない。

「ちゃんと教えてくれなきゃわかんないだろう」。悪態をついても、言葉は虚しく消えてゆくだけである。

仕方がない。その柵を飛び越えていくことにした。芝のデコボコ道を150メートルほど歩く毎にある全部で五つの柵を、足を掛け跨いで越えていった。今度は少し直線、それが終わると二股に分かれる。

方角的に左のような気がするが、左に行くと、低い柵越しにひとっ飛びでその柵を越えそうな牛がいるのである。羊はたいへん温和しいので、その脇を通ることはどうと言うことはないが、牛には正直怖じ気づく。

「どこかでもう一度道を聞こう」と思い立ち、右前方を見るといくつかの人家があった。そのひとつの、住居に隣り合わせて農機具や車などを収納する小屋を持った、まさに農家の家屋まで300メートルの道を上っていく。

いきなり見知らぬ東洋人が訪ねるのである。警戒心で銃でも構えられないかと、内心緊張していたが、"Excuse me!"と声をかけた後、呼び鈴を鳴らすと、電話をかけている最中で、右手に受話器を持ったままの若奥さんが玄関に出てきてくださる。彼女の後ろには、とても小さな二人の子が、めずらしげにこちらを見ていた。

「ああ、ダンカンズビーでしたら、あのキャビンの見えるところを左に行って・・・だいたい15分くらい歩けば着けますよ」と優しく教えてくださった。ホールドアップが杞憂に終わって良かった。というか、可愛らしい人だったな。

・・・それから20分近く歩いても、それらしいものには辿り着けない。自分は足が遅いのだろうかとボンヤリ考えながら歩いていたら、難所に出会した。再び牛である。さっきは避けて迂回できたが、今回は彼らの真横を通るしか道がない。

さらにいけないことに、先ほどの牛にくらべてかなり大きい。何という種なのだろうか、日本の牛の倍ぐらいの大きさである。彼らにしてみればひと跨ぎの柵を挟んで、目を合わせないように急ぎ足で通っていく。あまりの大きさにぜひ写真をと思ったが、下手にカメラを向けて怒らせでもしたら大変なことになる。あきらめて、静かに静かに通り過ぎた。

一つ丘を越えると、またつづら折りになった登り道。途中家族連れの車とすれ違うたびに"Hi ya!"とあいさつする。まったく屈託がない。ズボンの下にタイツを穿いていたので寒さは凌げるが、風の強いのには少々まいった。幸いにも快晴で、その点は助かったが。

草原のあちこちに羊がいる。途中野うさぎも出てきたのでカメラに収めた。彼(彼女?)は写真を撮る間はじっとしていて、取り終わると飛んでいってしまった。

若奥さんに15分と言われた地点から30分近くは歩いただろう、漸く、その岬にたどり着いた。

-…つづく

 

 

第159回:私の蘇格蘭紀行(20)