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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第166回:私の蘇格蘭紀行(27)
更新日2010/05/20


■オーバン最後の日(後)

パブでは、三日前に私が来たことを覚えていて、にこやかに迎えてくれた。店に入ってから、前回、「明日また来ます」と言って店を出たことを思い出す。不義理をしていたのだ。それを経営者父子の息子の方に告げ、詫びると、「とんでもない。今日来てくれてうれしいよ」と言ってくれた。

昼頃訪ねたオーバン蒸留所の「オーバン14年」が飲みたくて注文しようとしたが、店には置いていないようだ。スコッチのお膝元なのに、なぜかスコットランドのパブでウイスキーを飲んでいる人をあまり見掛けない。

ほとんどの人がパイントグラスでビールをチビチビと楽しんでいる。ワインファンもそれなりに多い。不思議なものだと思った。

「何かウイスキーをください」と声をかけると、「うちでは、もっぱらみんなこれを飲んでいるよ」と出してくれたのが、オールド・マル(OLD MULL)というブレンデッド・スコッチ。ボトルの感じもかなり素朴なもので、素人の私が見ても安ウイスキーなのが分かる。パブは庶民のものなのだ。

「そのまま飲みますか?・・・ああ、オン・ザ・ロックスだね。そう言えば、日本人は氷入れて飲むのが好きだって親父に聞いたよ」と言って出してくれた。私はそれをチビチビ飲み出した。

そのうち用が足したくなってトイレを借りていると、隣に立った、いかにも老紳士という方が話しかけてきた。トイレで話しかけてくるなんて、もしかしたらゲイなのかと緊張し少し身構えてしまう。

「お若い方、どこから来なさった?」。こんな古臭い訳語が似合いそうなニュアンスの、彼は穏やかなキングズ・イングリッシュを話した。「日本からです」と答えると、「そう、それは遠方からはるばるおいでくださった。私は今友人と飲んでいるけれど、よかったらご一緒しませんか?」

私はカウンターから彼らの座っているテーブルに移動することにした。テーブルには老紳士の他に二人の年輩者がのんびりと飲んでいた。「日本から来た人だそうだ。ずいぶん遠くからね。一緒に飲んでくれるらしい」。そう言いながら、彼は席を勧めてくれた。

話を伺ったところ、彼らはかつてBritish Railで働いていた、所謂国鉄マンの仕事仲間だったらしい。(1994年、英国も国鉄が民営化され、複数の民間会社がNational Railという統一ブランドで列車を運行している)。最初に会った老紳士は事務方の仕事をしていたが、他の二人は、運転士、機関士などの現場の仕事に携わっていたようだ。

二人の言葉は、スコットランド訛りが激しく、私にはほとんど聞き取れず、また、私の英語も彼らにはよく通じなかったようで、いつのまにかキングズ・イングリッシュの老紳士がお互いの通訳をしながら話を進めることになった。

まず、彼らにスコットランド式乾杯の言葉を教わる。「スランジバー!(Slainte mhor!)」。そう言うゲール語の発声の後、彼らは酒を飲み交わす。件の老紳士が、「EnglishではGood Healthと言った意味ですな」と教えてくれる。

老紳士は、私がウイスキーを飲んでいたことに興味を持って声をかけてくれたらしい。彼は小さなグラスにストレートのオールド・マル。最初の1、2杯はこちらの慣習通り、私と老紳士が交互に奢り合って飲んでいたが、そのうちに彼から、

「どう見ても私はあなたの倍近くの年齢だ。少しは格好をつけたいから、この後は全部私に支払わせて欲しい」と提案してきたので、私は遠慮なくそれを受けた。

グラスを何杯も何杯も重ね、実にいろいろな話をした。ショーン・コネりー、グラバー邸、カティー・サーク、マイ・フェア・レディ、ベイ・シティ・ローラーズ、SAKE・・・。英語にまったく自信のない私が、3時間以上彼らと、ひたすら話し続けた。

翌朝、けたたましい時計のベルで目を覚ます。「グワーン」という音を立てて頭痛が襲ってくる。とんでもなく楽しかったために、とんでもなく飲んだのだ。前の晩、限りなくお世話になった老紳士の名前を完全に失念している、情けないことだ。

しばらくグズグズしていたが、はっと我に返り、電車の出発時刻が迫っていることに気付いて食堂に駆け下りる。私の出発時刻が、宿の朝食の時間帯よりも早いため、おばさんがお弁当を用意してくれていた。おいしそうな(今はとても食べる気が起こらないが)サンドウィッチがきれいにラッピングされている。

「Mr.KANAI。あなたとお会いできて、とても楽しい時間を過ごすことができました。ほんとうにありがとう。お身体に気をつけて、よい旅を続けてください」。そんな内容の、丁寧なメモ書きが添えられていた。

「こちらこそ、本当にいろいろありがとうございました」。

オーバン08:40発グラスゴー行きに乗らなくては。私は、「何でこんな早い列車を選んでしまったんだろう、どうせ前の晩は飲むことは予想できていたのに、まったく・・・」と自分を罵り、重い肩掛けバッグを抱えながら、駅までの道をよろよろしながら走っていった。

-…つづく

 

 

第167回:私の蘇格蘭紀行(28

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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